霊泉の真実

旅の終わりに近づくにつれ、卓也はついに目的の霊泉に向かう決意を固めた。

彼は、夢の湯での不気味な体験が頭から離れず、興味と恐怖が入り混じった感情を抱えていた。

霊泉は、「幽霊が出る」と噂される場所であり、彼の心の中ではその存在が次第に大きくなっていった。


霊泉に近づくにつれ、周囲の景色は美しく、山々に囲まれた静かな場所だった。

だが、何かが彼を警戒させる。

湧き上がる湯煙の中から、時折、かすかな声が聞こえるような気がした。

卓也はその声を無視し、前に進むことを決意した。


湯船に足を踏み入れると、温かいお湯が彼を包み込む。

心地良さを感じた瞬間、彼の耳元で再びあの囁きが聞こえた。

「こっちにおいで…」その声は、まるで水中から響いてくるようで、彼の心に冷たい恐怖を植え付けた。


湯の中で目を閉じると、卓也は不思議な感覚に襲われた。

周囲が暗くなり、彼の目の前に幻影が現れる。

それは、夢の湯で出会った年配の男性だった。

彼は微笑みながら、卓也に手を差し伸べていた。


「ここにいるんだ、卓也。

あなたも私の仲間になりなさい…」その言葉は、卓也の心に恐怖を与え、彼の思考を支配した。

卓也は必死に湯から出ようとしたが、足が動かない。

湯の底から冷たい手が伸びてきて、彼を引き留めているように感じた。


卓也はその瞬間、夢の湯での男性の言葉を思い出した。

「ここで過去を思い出すのは危険なんだ。」彼は、霊泉が彼に何をもたらそうとしているのかを理解し始めた。

湯には、行方不明になった人々の思いが宿っているのだ。


恐怖が彼を包み込み、卓也の頭の中には様々な思い出が浮かび上がる。

失った友人の笑顔、彼との楽しい時間、そして、彼の姿が見えなくなった日のこと。

卓也は、湯に浸かることで彼の思いが蘇るのを感じた。

彼はその思いに飲み込まれそうになりながら、心の中で叫んだ。「もう忘れたい!」


その瞬間、湯の水面が激しく波打ち、周囲が暗くなった。

卓也の目の前に現れたのは、彼の失った友人の姿だった。

友人は悲しげな表情で彼を見つめていた。「助けて…」その声は、まるで彼の心の奥深くに響いてくるようだった。


卓也は恐怖に駆られ、必死に湯から飛び出した。

脱衣所へと駆け込み、息を切らしながら振り返ると、湯の中は静まり返っていた。

彼はその瞬間、何かが彼を追いかけているような気配を感じたが、振り向くことができなかった。


湯から上がった卓也は、霊泉が彼に何をもたらそうとしていたのかを理解した。

彼には、過去を受け入れなければならないという試練が待っていたのだ。

霊泉は、彼の心の奥深くに眠る恐怖や悲しみを引き出す場所だった。


その後、卓也は宿に戻ったが、心には重たいものが残っていた。

夢の湯と霊泉での体験が、彼に何を教えようとしているのかを考え続けた。

彼は、この旅が終わることなく、彼自身の心の旅が始まったことを悟ったのだった。

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夢幻の温泉 reo @reo06

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