第2話



「ライル。ここはしんみり謝っておく方がいいですよ」


 シザはソファのひじ掛けに頬杖をつき、長くなりそうな説教に息をついた。


「僕の経験上、アイザックさんはこちらが反抗的な態度を取った方が、取らなかった時より七割増しくらいに説教時間が伸びます。

 自分が悪いと思ったら尚更ですが、ちっとも悪くないと思う時ほど表面上は神妙な顔をしつつ「はい」以外口にせず頷いておいた方が結局拘束時間が短くて済みます」

「なんだ。そういうこと? シザ大先生だってちっとも悪いと思ってねえはずなのになんで謝ってんだろと思ったよ」


「……シザお前いい子にしてると思ったらいきなり何を流暢に喋り始めた?」


「一番最善の道を選ぶんですよ。先輩だって僕たちの為にわざわざいらない時間費やしてくれちゃってるんだから。そのこと自体には敬意を払わないと。

 僕たちも全然悪くないんだから、こんなお互い不快な時間は短くするに限るでしょう」


「確かにそうだ」


 ふんぞり返っていたライルがふと身を起こす。


「だからそういう時は難しいことは特に考えず『ハイ』って言っておくんです。

 通りすがりに先輩がちょっと説教して来るくらいはいいですが、今日のポイントは家にまで押し掛けて来てソファに座ってハリセンという小道具まで所持して説教に臨んでる点です。

 これは長くなりそうだなって察した時は神妙にして、一秒でも早く説教タイムが終わるようこっちも賢くやらないと」


「あー。そっかそっか。警官時代ボスに怒られる時いつもは一発殴って怒鳴って終わりにする人なのに銃の手入れ中に『ライル呼べ』って言われるとすげー説教長くなったのと同じだな。あれって集中して時間ある時だから相手も考え事する時間あるから長くなんだよな」


「そうです。いつもと同じか同じじゃないかくらいは分からないと。

 僕の予想ではこの説教貴方がそんな調子じゃ『俺の新人時代は……』のルートに突入して心構えを一から確認させる作業を伴って数多の例え話が登場し『そうだろ?』『わかるだろ?』の点呼に『そうです』『分かります』で応じないと絶対口座から金が引き出せない暗証番号確認みたいな取り決めになり、三時間を確実に超えてくる長編映画になってきますよ」


「三時間⁉ マジで言ってんの⁉ 俺のボス長くても三十分だったよ⁉」


「僕の先輩長いと五時間行ったことありますよ。まあ最終的には飲みも混じって『俺は本当は説教なんかしたくないけど、ちゃんとした後輩指導しなきゃ減給されるからいい加減なこと出来ない』などと泣きながら話す時間が一時間四十分くらい入ってますけど」


「誰が三時間越えの感動巨編だシザ」


「五時間なんて行っちゃったら俺の今夜のデートどうなっちゃうのよ」

「あなた肋骨折れてるのに本当にデートなんてする気だったんですか?」

「当たり前じゃん」

「傷開きますよ」

「へーきへーき! 俺がそんな動かなくても相手にやってもらえば気持ちいいセックスは出来るから!」

「体力ありますね……さすがに呆れます。昨日の今日ですよ。今日も徹夜する気ですか?」

「んなこと言ってもあんたも体力あんじゃん。俺とあんな長時間打ち合える奴なんて、犯罪者が全種類集まってると言われたオルトロスの現場でもいなかったよ」


「……前から少し気になってたんですが、貴方そんな感じでオルトロス時代の上司はよく持て余しませんでしたね? 治安が悪いとは聞いていましたけど、そこの警官ってそんなに強いんですか? 周囲アポクリファ全くいないって言ってませんでした?」


「何言ってんのシザ大先生。強いなんてもんじゃねーよあいつら。あいつらは怪獣。いつも暴れたくてウズウズしてっから俺オルトロス時代はクールな止め役だったもん。

 犯罪者や事件発生と見るやあんたでいう能力発動! みたいな速さで襲い掛かって行くから俺の方が若干あいつらの凶暴性に引いちゃってたよ。

 あいつらあれで非アポクリファだぜ。

 目の前のおっさんは厚紙で叩いて来るけど、俺の元上司本当に拳で来るから手に負えねえんだよ。

 反抗するとその倍攻撃力増して来るから絶対怒って来たら逆らわなかった。

 別に怖くはねえけど面倒くせぇんだよな。あいつら敵を打ち負かすことしか頭にねえから、出だしは『ちゃんと挨拶しろ』程度の話だったのにこっちが反抗的に行くと死んでもいいからお前を殺すまでとことんやるぞみたいなモードに突入するんだもん」


「なんだ。ちゃんとそういうこと分かってるんじゃないですか」

「そうだよ。俺ちゃんとそこで六年務めたもん」

「じゃあ怒らせると面倒な相手の対処は分かるでしょう」

「んでもこのおっさんは全然怖くねえし」

「ライル。人を指差さない」


「俺の経験上このおっさん俺がヘイヘイって適当にしてると確かにぎゅーん! って一回ボルテージあがるけどそこも無視すると段々疲れて来て、最終的には『もういいよ……』って諦めるからそういう対処法でいいのかと」


「そうですか? 僕が新人時代はアイザック先輩はもっと『俺は絶対諦めない!』って鬱陶しい感じありましたけど……」


「いや。おっさん途中でよく諦めるぜ。あんたが連邦捜査局のことで謹慎してる間、おっさんと二人で現場出てたけど、俺が自由に仕事してるの最初は注意してたけど、途中でもう手に負えない……って涙目で注意しなくなったもん」


「……ライル……アイザック先輩を諦めさせるなんて貴方の自分勝手凄まじい威力ですね……」


「そーかぁ? オルトロスじゃあのくらいじゃ全然先輩達へこたれなかったぜ。

 俺が勝手な行動すると激怒してバイクで追いかけて来るしバイクもぶつけて来るし『ごめんなさい』って言わない限り地獄の底まで追って来たぞあいつら」


「僕の新人時代より時間が過ぎて先輩も疲れて来たんですかね……。

 前は説教を諦める人じゃなかったんですが……」


「なんつー悲しい目で俺を見てんだシザ」


「なんか聞いてて俺も可哀想になって来ちゃったよ」

「……あんまりおじさん苛めないであげてくれますか。僕たちより身体にガタは来てるのは絶対確かなんですし」


「おいシザ。まだガタは来てねえよ。さりげなく失礼なこと言うな」


「うん分かった。俺も悪かったよ。ついオルトロスのノリでおっさんの説教全然怖くねえなとか思っちゃってたけど、俺が説教慣れし過ぎてんだな。鉄拳制裁も受けすぎて今更ちっとも怖くねえし。俺の感覚が麻痺してんだわ」

「確かに貴方の耐久力は通常の人の七十倍くらい麻痺してる感じありますよね」

「オルトロスじゃこのくらい耐久力ねえと務まんなかったからさ~」

「そうなんですね。貴方の警官時代の話はあまり聞いてなかったから、オルトロス警察の特殊な事情もっと把握しておくべきでしたよ。そうしたら貴方が不満を抱える理由とか、もう少し分かったかもしれない。

 その点は僕も悪かったですライル。

 基本人の過去とかには興味ないんでついついそのままにしてしまった」

「いいんだよ。俺も人の過去とかなんも興味ねえもん」


「おー。そうだ。話脱線してクソほど忘れてたが結局お前ら何が原因であんなにきゃっきゃ殴りあってたんだよ」


 シザとライルが顔を見合わせる。


「それが」


「昨日から何度も思い出してるんですけど」


「全く分かんねえんだよなあ……」


「ほう。」


 アイザックが腕を組んで仁王立ちをする。


「うん」

「はい」


 パーン! とハリセンが途端に火を噴く。しかも二発だ。

 パン、パーン! と小気味よく鳴った。



「人が特に訳もなくあんなにすげー殴り合うかああああああ!」



「いてーな! 実際殴り合ってんだろうが」

「そういうこともあるんですよ。不思議ですけども」

「お前ら、いつから殴り合うって決めてたんだよ。絶対あのインタビューの時には決めてただろ」


「せいかーい☆」

「おめでとうございますアイザック先輩。さすがです」


「何もめでたくねえよ……絶対あんなの分かるだろ。お前ら死ぬほど白々しかったもん」


「朝の十時に決定してましたけど」

「やっぱあの、ケンカしてた時だろ⁉」

「二十三時に闘技場に来い! ってお誘いいただいちゃって」

「違いますよ。闘技場に来いと言ったのは貴方ですライル。僕は二十三時以降ならいいですよと言っただけ」

「そうだったそうだった。殴り合い過ぎててすっかり記憶が飛んでる」


「なにお誘い受けてノコノコ闘技場に足を運んでんだシザ。お前がそこは先輩として誰が行くかバーカ! とビシッと断わってやればあんなことにそもそもならなかったんじゃねえのかよ」


「お言葉ですが、僕は『生意気な後輩は一度痛い目見せるのも正しい年功序列を成立させるための手段』だと先輩に教えていただいたのを実践したつもりなんですが」


 シザが冷静に返すとアイザックはうっ、となる。


 確かに思い起こすと彼自身完璧だが生意気な後輩が来た時、あまりにも言うことを聞かないので戦闘服姿で殴り合ってアリア・グラーツにあんたたち見て子供が泣くでしょうが! と減点ポイントを食らった思い出がある。


「そ、それはあああ~~。でも、先輩俺もいんだから、俺とお前で注意すればこいつだって……」


「無駄ですよ。僕と貴方は確かに先輩後輩でもありますが、元パートナーでもあります。

 今のパートナーであるライルに、元パートナー同士で説教しても余計この人は二人が結託して攻撃して来たと感じてしまうでしょうから。それでは僕とこの人の関係が改善されません」

「それは……まあ……あるけど……」

 胸を張って仁王立ちし、ハリセンを肩に構えていたアイザックが、シザの説明を聞きながらおずおずとソファに座り直した。


「今回のことは、元々何か明確な衝突がライルとの間にあったわけじゃないんですよ。

 機嫌良く終わる日もありましたし」

「うん確かにそう」

「何か漠然とした不満――この人は『序列』とか言ってましたけど。

 要するに、一度はぶつかってみなければならなかったということでしょう」


「んでも個室にするっていったらこいつ上機嫌になってたし」


「それはまあ一過性のことですよ。根本的な解決にはなりませんし、問題を先延ばしにしています。

 僕は、それほどライルを自分の補佐役のように下に見ていたわけではないですが彼が、僕がそういう風に思っているんじゃないかとこの人が感じたことは僕にも責任はありますし、実際戦ってみて分かりましたけど、この人はあれだけ単独でも戦えるんですから、それは二番手などという見方をされて面白いはずがないですよ。

 ライルとしても、自分の戦闘能力を大衆に見せつけることでそういう暴言を払拭出来ますから、いい機会だったと僕は思っています」


「で、でもさぁ……なら、そういうデモンストレーションならお前だって闘技場でやってんだろ? ならライルだってキメラ種狩りでもすりゃいいじゃねーか。そうしたら単独でも戦えるんだって見せれるだろ?」


「無駄ですよ」

「なんでよ」

「キメラ種なんてライルの全力の重力波でそれこそ一秒で失神します。それじゃいつもと同じでしょう」

 聞いているライルは機嫌いい顔で頬杖をついている。

「そらそうだよねー」

「必要なのはライルの戦闘能力を存分に引き出せる敵ですよ」


「まあ限られて来るよね。俺アリアに引き抜かれて【アポクリファ・リーグ】見せられた時、こんなもんオルトロス警察の方が白熱した逮捕劇してるって一番最初歯牙にもかけなかったんだよねー。

 どいつもこいつもクソみたいな実力で面白くねえよってこき下ろしたら、いいから見ろ! って力でねじ伏せられた映像が二つ。あんたと、あの風のお兄さんの戦ってる映像。他は雑魚だけど、この二人だけは本当の実力あるのが分かった」


「おい。オルトロスの不良。今聞き間違いじゃなかったら本当の実力者の中にアイザック・ネレスさん入れなかったか?」


「かといってアレクシス・サルナートさんに夜二十三時にあの……うちの後輩が貴方と戦ってみたいと言ってるんで今から闘技場に来ていただけませんかなどと言えますか? 

 何言ってんだよと思われますよ」


「そうかなー。アレクシスなら案外『そうなのかい。そういうことなら勿論今から行くよ!』などと気軽に笑って来てくれそうだが……それにアレクシスとならライルだってあんな無法地帯みたいな殴り合いには発展しなかったはずだぞ……ほらシザ先生殴られると三倍で殴り返すっていう行動がシステム化されちゃってる悲しき機械人間だから……」


「誰が悲しき機械人間ですか」


「ん~~~でもいつかあの風のお兄さんとも戦ってみてぇな~♪ あいつの飛行能力と俺の重力波戦ったらどっち勝つと思う? 俺ならあいつ撃ち落とせるかな?」

「ちょっと分かりませんね……貴方の重力波の威力はよく理解しましたけど、それで言うと僕はまだアレクシス・サルナートが全力で戦ってるところを見たことがないので」


「アレクシスはいつも全力だろ」


「それは理性的な範囲ではね。要するに、昨日のライルとか僕とかみたいな状態に陥ったことはないでしょうあの人は。天性の才能で追い詰められること自体がないから、追い詰めた時にどこまでの戦闘能力を発揮するかは未知数ですよ」


「興味あるな~。あんただって俺とあれだけ打ち合えるんだから絶対好戦的な魂持ってるはずだぜ。実は結構、風のお兄さんとサシで戦ってみたいって思ってるんじゃねえの?」


 シザは足を組み替えた。


「……。それは興味がないと言ったら嘘になりますが」


「でしょーっ⁉ 俺アリア・グラーツに提案してみようかなぁ~。トップ3の男たちによる真剣勝負の闘技場マッチ! きっと視聴率爆発すんぞぉ~~~~っ」


「ちょっ、ライルやめて! お前らが三つ巴で闘技場で殴り合うなんてそんなアリア・グラーツを魅了してたまらないだろう企画絶対出さないで! 即日開催されそうで先輩怖いから!」


「とにかくライルとは、どうしても一度ぶつからなきゃダメだったんですよ。

 確かに何を苛ついてたのかは全く思い出せないんですが、でも大分すっきりしたんじゃないですかライル」


「うん! した! なんかごめんね? 俺やっぱ一回あんたと戦ってみたかっただけなんだろうねぇ」


「いいんですよ。手は焼きましたが、貴方の気持ちもわかります。あれだけ戦える人なら、それは自分がどこまでやれるのか試したくなるのは当然です」


「でも俺もう十分拳振るわせてもらって満足したから! 俺だって別にシザ大先生が俺より弱いとは思ってなかったけど、実際戦ってやっぱすげー強ぇな~! って実感したから。あんたがパートナーなら俺全然これからも足止め役で構わねえわ。

 他の奴なら何でてめーの為に俺様が足止めしなきゃなんねーんだよと思ってたけどあんたならいいよ! マジで強いもんな! あんた相手なら俺が足止め役でも全然いい」


「そうですか。ありがとうございます。

 僕も貴方を自分の足止め役に過ぎないなどと思ってたつもりは全く無いんですが、最初から貴方とは上手く役決めが出来過ぎてて、それが当たり前みたいになってしまったのは僕も反省しています。

 なんせ前のパートナーとはそれこそ殴り合い掴み合って戦闘での役割分担決めたので。

 貴方は自然と自分の能力を発揮しやすい所に落ち着いてくれたので、ついなし崩しにここまで来てしまいました。

 貴方をちゃんと対等に見てると、もっと伝えるべきでしたね」


「アハハ! いいんだよ全然気にしてねーし! 

 俺もオルトロス時代色んなパートナーと組んだけど、絶対シザ大先生が最強だわ。

 自分のパートナーがクソ強くてすげー嬉しいもん! 

 俺とあんたなら絶対無敵だよな~! これからもよろしくね?」


「こちらこそよろしくお願いします」


 握手しようとして、殴り合い過ぎてボロボロになった包帯ぐるぐる巻きの手を見ると、軽く手を合わせるだけに留める。


「肋骨折って、悪かったですねライル」

「へーき。傷だらけのライルも男前度が上がるから。

 俺こそ重力波ブチ当てすぎてごめんね?

 なんか検査で血液に異常出たんだろ?」

「数日激しい動きをしなければ問題ないそうですから。平気です」

「そっか。んじゃ数日はセックスする時はユラ君にご奉仕してもらうといいよ」


「ご奉……、あのそういうこと言わないでもらっていいですか?」


「今なに想像しちゃったのよ」

「別に何もしてませんよ!」

「赤面しちゃって可愛い~ねぇ。あんたってあんなに鬼強いのにほんと恋愛面ユラ君に一途でブレなくて純情でそういうとこはホント尊敬するわ~ 女の子がキャーキャーそりゃ言うわな。こんなに強いのに本命以外に微塵も興味ねえ! っての最高」


「うるさいですよ。パートナーの恋愛をあんまりおちょくらないでください」


「まったく。とにかく――騒ぎを起こしたことは悪く思いますが、騒ぎにしたくなくて闘技場という空間を使おうとしたんです。いつもは無人ですが、運悪く人が居合わせてしまったんですよ」

「俺が思い付きで言っちゃったからなんだよね。ごめんなー」

「彼らがアリアに連絡を取って、結局あんな大騒ぎに」

「お祭り騒ぎ大好きだからなあ鬼軍曹」


「ったく~~~~~。俺に嘘つくんじゃねーよお前らは~~~!

 お前らの自分勝手な行動で監督が出来てねえとか説教されるの先輩の俺なんだからな。 

 まあ、ことの顛末は分かったが他になんか言うことあるか? シザ」


「いえ。特にありません」

「おう。ライルは」

「特にないねぇ。だって全然悪いと思ってないもん。 あ。」



「バカがあああああ~~~~~~~! 悪いと思ってなくても今は謝るとこだ!」



 パーン! とハリセンが鳴った。


「アハハ! そうだったそうだった! 悪い悪い! ついつい本音出たな。俺正直者だから」


 シザが溜息をついて、優雅に冷めた茶を飲んだ。


「一言多いですよライル。しんみりした顔適当にしときゃいいんですよこういう時は。

 アイザック先輩は逆らって来る人には攻撃力増しますけど無口に押し黙ってると勝手にこいつも今回は反省してるみたいだから……などと勘違いして、言葉尻弱くなるんですよ。

 この人特徴はっきりしてるんだから、対処方法もはっきりしてますよ。覚えないと」



「ん~~~~~~~! 言ってること正しいけどすっげぇ腹立つ!

 そういうことは俺の前じゃない所で後輩に言え! シザ!」



 パーン! と再びハリセンが炸裂し「叩かれてやんのー」とライルが指差して笑っている。

 指差さないでください。

 シザが差された指をやれやれとどかせる。


「お前らホントに反省の見えない奴らだな! ハリセンの音に一番ビビってんのユラだから! どうにかしてくれその先輩からの叱責も恐れない逞しい精神!

 普通は向こうの反応だから! 正しいのユラの感じ!」


 ハリセンが音を出すたび目を瞑って肩を跳ねさせてるユラを指差し、アイザック・ネレスが激怒する。

「分かってんならやめてあげてくださいよ……。ユラは繊細なピアニストなんですからそんな暴力的な音怖いに決まってるでしょう」

「だから俺は外で遊んで来なさい! って言ったの!」

「ユラが外で遊べるわけないでしょうが今や【グレーター・アルテミス】末端の市民まで彼を知ってますよ。外で遊んで攫われたら誰が責任取ってくれるんですかおじさん」

「末端の市民って末端の構成員みたいな言い方しちゃってるけど、ちょいちょいあんたってやっぱ言葉遣いおかしいことあるよな」

「ヘビにでも変化すりゃいいだろ。そうしたら攫われねえよあんなもん」


 バシッ! とシザがアイザックの手からハリセンを奪って立ち上がった。


「あ。」

「今、聞き間違いじゃなかったらユラにヘビに変化すりゃいいだろとか厚かましくも言いました?」

 ライルも立ち上がる。

「オイおっさん。今ヘビさり気なくバカにしただろ。ヘビなら攫われねえってどういう見下し方だよ。愛好家ならキュートな奴がうろついてたら攫うに決まってんだろ。ちなみに俺は攫う」


「お?」


「ユラの能力は自分を幸せにするためにあるんですよ。彼は彼の望むものにしかならないでいいんです。二度と上から目線で何に変化しろとか彼に言わないでもらっていいですか? 今度そんなことを言ってるとこ見つけたらぶん殴りますよ」

「おっさんもそろそろ序列決めるか?」

「あのな~~~! お前ら仲良しになったのはいいが、俺は一番年長の、」



「今はごめんなさいと謝罪するところです!」



 パーン! とシザの持つハリセンが火を噴いた。

 今日一番の音にユラが飛び上がる。

 あと今日一番の威力にハリセンが折れた。


「痛え! シザ! おまえなあ! ハリセンは音のわりに厚紙だから叩いてもそんな痛くねえってのが売りなの! お前のハリセン十分痛い! 使い方分かってない!

 縦縦! 縦に使って! 柔らかいとこ! しならせて! 扇のとこなに側面使ってんの⁉ 逆さま! お前の使い方もはや単なる棒だから!」


「こんなもん壊れたからもういいです」


 ぽい、とハリセンに興味を失ってシザは投げ捨てた。

「先輩。十秒以内にユラに謝罪しないと僕の包帯でぐるぐる巻きのこの拳が火を噴きますよ」


「おまえそんなに手ボロボロなのにまだ人殴る気⁉

 一体どれだけ殴れば満足すんだよ! なんでそこまで凶暴なの⁉ こいつと遣り合ってよく死ななかったな! ライルおめー!」


「丁度いいからヘビにも謝罪しろよおっさん」


「お前ら結託すんなよ! シザ! お前ひとりの面倒も見切れないのにお前がそっちに肩入れするともう俺そこの不良まで立派な一人前に育てる自信ない!」


「いいんですよ。この人は。戦ってるの見て分かったでしょう。この人は周囲の人間から自分で色々吸収して成長していくタイプですよ。いちいち鉄拳制裁しないと分からないおじさんとは違うタイプなんですから。昨日のは一発暴発しただけですよ」


「そうなの。さすが相棒よく分かってくれてるよねぇ」


「先輩ごめんなさいは一体どうしましたか。あんたも闘技場に来ますか⁉

 あんたなんか僕は一秒でほんとに決着つけてやりますけど!」


「あ~~~~~! いたいいたいいたいいたい! 

 ユラ! ユラ・エンデ来て! 助けて! 

 スイッチ入っちゃったシザ・ファルネジア止められるのお前だけだから!

 直ちに来て俺を救出して!」


「ユラ君お部屋に戻っちゃったねえ」


「さっきまで廊下のそこにいたでしょ! なんでよりによって今戻った⁉ 間の悪い子だね! あ~~~~~~! 痛い痛い痛い痛い痛たたたたたたたたァァァァァ!」


「誰に向かって間が悪いとか言ってんですか! 

 あんたにだけは言われたくないですよ!」


「今夜のデートこの子にしようかなぁ~。蛇飼ってんだってよ~。蛇色白美人じゃねーかセンスいいな~」


「いいですよライル! 僕の説教長くなりそうですから先に帰って!

 二度と後輩に舐めた口を利かないように先輩躾けておきますから!」


「後輩に舐めた口を利かないように先輩躾けるって理論おかしいよね⁉ 肩外れる外れる! シザさん先輩の肩外れるから!」


「調教好きだなあシザ大先生はー。勤勉な相方で助かるよ。

 じゃあまあお言葉に甘えて! また明日ね~ おつかれさまぁ」


「お疲れさまです」


「お疲れさまですじゃねえよシザ! 今朝も俺何時間首脳部にお前らの監督が出来てねえって説教されて疲れてると思ってんの?」

「あの二人には必要なことだったんです、と揺るぎなく説明すればいいじゃないですか。

 首脳部の言うことだってそうやってペコペコ何でも聞いてるから言われっぱなしになるんですよ!」

「そりゃお前CEOの息子だから首脳部なんざ怖くねえかもしれんが……」

「ドノバンは今は全く関係ありません。権力には屈さないとか言ってたクセに全然戦ってないじゃないですか!」


「どあ~~~~~~~~っ! いてーってば! 俺は権力には屈さないけど痛みには屈するぞ! 痛い痛い! お前確か二週間絶対安静にしろって言われた人だよね⁉ 診断下されたんだよね⁉ 安静の意味分かってる⁉ 分かんないならちょっと辞書引こうか!」


「そんなクソみたいな診断もう忘れました。

 安静の意味は分かりますから辞書は引きません。」


「診断は忘れないでシザさん! ごめんなさい俺が悪かった!

 というかお前ら結局何が原因であんなに殴り合ったのよ⁉」


「特に意味なんかないって言ってるでしょ」

「意味もなく人があんなに殴り合うか、バカ!」

「『バカ』?」



「あ~! すいません! 賢いシザさんらしくないお言葉!」





【終】



 

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