第8話:企画力のその先

 藤堂部長の「ただ…」を再び聞いて天童子は緊張する。


「君は、重森さんや絹谷さん、鞠川さんから、彼らの『アイデア』を聞き出した。

 それは良いことよ。でも、君は彼らが『なぜ』そのアイデアを出したのか、彼らがこのゲームに対して『何を』感じているのか、彼らの『情熱』の源泉まで、ちゃんと感じ取れた?」


 天童寺の表情が固まる。


 アイデアは聞いた。それをどう実装するか、どうビジュアルにするか、どう音にするか、という話もした。

 でも、彼らがそのアイデアにどんな思いを込めているのか、

 そのゲームの完成にどんな期待を抱いているのか、そこまで深くは考えていなかったかもしれない。


「重森さんが、あの技術的なひらめきについて話しているとき、どんな顔をしていた?

 絹谷さんが、キャラクターの背景について語っているとき、その瞳にはどんな光が宿っていた?

 鞠川さんが、音の持つ力について語る声には、どんな感情が乗っていた?」


 部長は、静かだが鋭い視線で天童寺を見つめた。


「最高のゲームはね、優れたアイデアの集合体だけじゃ生まれないの。

 それは、ゲームを作る人間一人ひとりの、このプロジェクトにかける『想い』が重なり合った時に生まれるものなのよ。


 プログラマーは、自分の技術でプレイヤーを驚かせたい、感動させたいと感じているかもしれない。

 アーティストは、自分の絵で世界に命を吹き込みたい、キャラクターに感情移入してほしいと願っているかもしれない。

 サウンドクリエイターは、音の力でプレイヤーの感情を揺さぶりたい、忘れられない体験を届けたいと思っているかもしれない。」


 部長は、AIには決して理解できない、人間の仕事の根源にある「感情」と「情熱」について語った。


「君が彼らと『すり合わせ』るべきだったのは、アイデアだけじゃない。


 彼らがこのゲームに何を期待し、何を感じ、何を成し遂げたいと思っているのか。その『感情』や『ビジョン』の部分を、君自身の『プレイヤーにこんな体験を届けたい』という想いとぶつけ合い、溶け合わせ、一つの大きな『魂』として束ねていくことなのよ。」


 それは、AIがデータ分析で最大公約数を導き出すのとは真逆の行為だ。

 個々の、かけがえのない、熱い感情やビジョンを、ぶつけ合い、共鳴させ、増幅させていく作業。


「AIは、論理的な最適解をくれる。

 チームは、それを実現するための多様な可能性と専門性、そしてアイデアをくれる。

 でも、そこに『魂』を吹き込み、プレイヤーの心を震わせる『熱』を生み出すのは、君自身が彼らの情熱を感じ取り、自分の情熱と重ね合わせ、チーム全体の感情を一つの方向へ導いていく、その『感情のすり合わせ』のプロセスなのよ。」


 藤堂部長は、再び和也の顔を見た。


「君の成長は、AIをどう使うか、でも、チームからアイデアをどう引き出すかだけでもない。

 チームメンバー一人ひとりが、このゲームにどんな想いを乗せているのかを感じ取り、彼らがこのプロジェクトに取り組む『感情』を理解し、そこに君自身の熱意を乗せて、皆で一つの『プレイヤーを感動させたい』という感情の塊を作り上げていく。

 そのリーダーシップと共感力こそが、これからの君にとって、最も大切なクリエイティブに向き合う力になる。」


 天童寺は、稲妻に打たれたような衝撃を受けていた。

 アイデアを取り入れただけでは、まだ足りなかったのだ。


 仲間たちがそのアイデアに込めた「想い」、ゲーム作りにかける「感情」そのものに、彼は向き合えていなかった。


 そして、彼自身のデザイナーとしての「熱い想い」も、まだ十分に燃え上がらせていなかった。


 データは頭で理解するもの。

 アイデアは論理や経験から生まれるもの。

 だが、ゲームの「魂」は、人間の心が生み出し、共鳴させるものなのだ。


「部長…ありがとうございます。私は…まだ本当に大切なことを見落としていました。」


 天童寺は、深々と頭を下げた。

 彼の顔は、もはや最初のような浅薄な自信ではなく、深い理解と、新たな情熱の炎が灯り始めたような輝きを帯びていた。


 彼の成長は、AIという強力なツールを学ぶことから始まった。


 しかし、本当のゲームデザイナーへの道は、AIにもチームの個々のスキルにも代替できない、「人」の心と心、感情と感情を重ね合わせる「魂のすり合わせ」という、果てなき旅の中で続いていくのだと、彼はこの時、確かに理解したのだった。

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ハッピーAIコンタクト~愛でゲームは出来ている 黒船雷光 @kurofuneraikou

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