最終話 これからも愛してくれますか

 夕暮れ時、孤児院を後にした私は馬車の中で座っていました。


「ロア様。身重なのですから少しは自重してくださいませ。今までというわけにはいきませんよ」


 老齢の侍女からこのお忍びで孤児院に赴いていることに対しての小言が飛ぶ。


 私は微笑みで返します。


 できるだけ気分を害さないように。怒ると怖いのです。この人。


「大丈夫です。本当に駄目なときには遠慮はしませんから」

「是非、そのように」


 私は外の景色を眺めたり馬車に視線を戻したりしていると、コホンと侍女から咳払いが飛んだ。


「そわそわしない。これからはもっと礼儀作法を徹底してもらいますので。そのおつもりで」

「はい」


 仰るとおりで言い返す言葉も出ません。ですが、こうでもしていないと落ち着かないです。まだ着かないのですか……。


 そのとき、馬車がゆっくりと止まりました。


「如何しましたか?」


 侍女が御者に尋ねます。


 私はその返答を聞く前に馬車の外を覗きました。その先には馬に乗った御方が。


 反射的に私の身体は勝手に動き出して馬車から飛び出していました。


「ロア様‼」


 侍女が慌てたように叫びますが足は止まりません。


 走り出そうとしましたが自分の身体のことを思い出しました。


 もう私だけの身体ではありません。衝動的な行動は慎まないと。それでも、できるだけ速く足を出して歩きます。


 その瞬間、私の身体は包み込まれました。


 温かく、満たされていきます。


 私は溢れ出そうとする涙を耐えて心を込めて伝えます。


「フリード様……おめでとうございます」


 しかし、抱きしめてくるフリード様の身体は震えていました。


「俺に務まるだろうか。ユリウス兄の代わりが務まるだろうか」


 初めて見せてくれた弱気なお姿。それだけ不安なのでしょう。


 私はそのお体を抱きつき返します。強く。


「大丈夫です。あなたなら大丈夫。お義兄様も同じお気持ちです。そうでなければお義兄様が王位をお譲りになるわけがありません」


 さらに私は言葉を続けます。


「お義兄様が土台を作り直してくれました。その上に何を建てるのか。そこがあなたの腕の見せ所です。あなたなら大丈夫。一人ではありません。私が、私たちが支えていきます」

「……しばらくこうさせてくれ」


 私はいつものフリード様に戻るまで抱きしめ続けました。


 馬車には先に戻るようにと伝えた後、私たちは城下街を歩き始めました。


 舗装された煉瓦造りの細道を歩いて行きます。人通りが少なく周囲には私たちしかいません。


 肩を寄せ合い、フリード様は私の歩幅に合わせて歩いてくれます。


「ロア、本当に強くなった。本当に……俺の自慢の妻だ」

「気性が荒くなって扱いづらいですか?」

「ん? ハハハ」

「あっ、濁しましたね」


 私はそうだと小走りで前に進んで振り返ります。


「フリード様。私はあなたのことを愛しています」


 にこっと私ができる最大限の笑みを作ります。

 顔が真っ赤になっているフリード様。


「ふふ」


 フリード様はすぐ照れてしまって滅多に言葉で伝えてこようとはしませんので。こんな機会しかチャンスはありません。


 そして、私は心を込めて問いかけます。


「こんな、こんな私ですがこれからも愛してくれますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女ですが愛してくれますか 如月ゾナ @kisaragizona22

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ