付喪神 湯呑

 彼が背負う薬箱には、多くの道具が収納されている。


 まずは名前の通り、薬。

 風邪薬、火傷薬、飲み薬に塗り薬、それは実体のある患者向け。

 空気に溶けたもの、光に乗せるもの、音を介するもの、それは実体のない患者向け。


 妖怪は千差万別だ。できれば多くの薬を揃えたいところだが、あいにく持ち歩ける量には限りがある。

 彼の体格は人間で、大きさはほんの十二歳程度。

 大きな箱は捌けない。


 この体で扱える最大の大きさとして、箱は頭から太ももまでの高さを見繕った。何をすし詰めにしたとしても、重さは問題ない。だが、咄嗟に走ることを考えると、脚にかかる大きさは避けなければいけない。

 この箱をおしりの高さで背負うと、頭ひとつぶん突き出る程度で収まる。

 これが、限界だ。


「もう数年、育てる予定だったんですけどねえ」


 彼は呟き、小柄な体格を掌でなぞった。

 この体躯は非常に使いづらい。

 庵が受け入れてくれるようになっても、届かない引き出しが多すぎる。


「過ぎたことを言っても、致し方ありませんね」


 呟き、歩き続ける。




 持ち物は薬だけ、というわけにはいかない。

 はさみやすり鉢、火起こし一式、使える材料を仕入れたときに加工できるよう様々な道具も薬箱に入れてある。

 持ち歩ける量が少ないからこそ、出先での対応力を上げる必要があるのだ。


 多くのものがぶつかり合わないよう、布で包んだりして安定させている。

 そのため、ゴトゴトと小さな振動が背中に伝わったことは、彼にとって予想外の事態だった。


 まずは周囲を見回し、悪戯好きなカマイタチの仕業でないか気配を探る。

 そうする間にもゴトゴト音が続いたため、すぐに薬箱を下ろし、中を検める。


 音の正体がすぐにわかり、彼は破顔した。


「待っていましたよ」


 小さな湯呑だった。

 薬箱に収めたときは確かにただの湯呑であったはずだが、今はとても短い手足が生えている。


「おやまあ、なんと可愛らしい」


 彼は嬉しそうに湯呑を持ち上げる。

 湯呑は慌てたように短い手足をばたばた揺らした。


「一緒に使っている急須は、どうも付喪神になる気配がありませんね。残念です。けど、あなただけでも私は嬉しい」


 湯呑には伝わっていないようで、ばたばたは収まらない。

 それでも彼は満足げに湯呑を置き、丁寧に収納し直した。


「一人旅の道中、寂しくなったら肩にでも乗せましょうかね」


 「さびしい」という感情は、未経験だ。感じる日が来るとは思えないが、それでも彼は至って真面目に考えている。


「出立早々、付喪神が生まれるなんて幸先が良い。まずは怪我をしている付喪神でも探してみましょう」


 瞳を閉じ、浅く呼吸する。

 背中に感じる僅かなゴトゴトは、彼を気分よく鼓舞した。


「……うん、こちらかな」


 足先の向くほうへ、ふらりと歩き出した。

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妖医は患者を選別する 山川 狐雨 @cohfoxrain

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