第3話 コスモカリバー ②
宇宙船はメトロポリス郊外の、宇宙港ドッグの中にあるみたいだった。中で働いている整備士達から奇異の目で見られながら、すすを払いながらタクトは外に出る。
外に出ると、屋外整備場だった。そこには先ほどの巨大輸送船が鎮座している。自分たちのおかげでほとんど無傷だったみたいだった。
ここでようやく、タクトは重要なことを思い出す。
「そうだ、バースとケインを!」
タクトは宇宙船の入り口まで駆け寄り、やっとこさ中の整備士に尋ねる。しかし、すでに中の人員は降りきっており、整備士達も2人身元を知らないみたいだった。大きな船だから当然か・・・。無事なのは聞いているので、タクトはまた会えると信じ、宇宙港を後にする。その際整備士から、メトロポリスの紙マップをもらい、中心街の場所を教えてもらった。
紙幣の金額はちょうど、最寄りまでの交通費分だった。タクトは宇宙港の敷地から出ると、近くの地下鉄駅に入る。ハイテクな、ホームドアまでついたメトロに乗り込み、さらにもう1つほど電車乗り継ぐと、ようやく「メトロポリス中心街駅」にたどり着いた。
出口から地上に出ると、ビルとビルの間に挟まれた路地だった。人通りも多い。エアカーが何台も、道路でゆっくりと走っていることに対し、空中のハイウェイではでは車がビュンビュン走っている。すでに夕暮れとあって、若干暗さが差し込んでいた。
正面にあった小さい電光掲示板は、どうやら歩行者案内のものらしい。「スメイル」の名前を入力すると、いとも簡単に場所がわかった。
場所は路地から裏路地には入り、その奥のようであった。
「こんなところに秘密基地が・・・? まあ、『秘密』だから目立つ場所にはないだろう、とはいえ・・・」
タクトは暗く、人通りも全くなくなったその道を、恐る恐るたどっていく。
そして、目的地は見つけやすかった。黄色い、脚丈程度の立て看板に、太い眉の顔がコーヒーの匂いを楽しんでいる表情のイラスト。その下に、「スメイル」の文字があった。昼間はカフェだが、夜にはバーに変形するタイプの店らしい。
プッシュボタン式の自動ドアを開けると、チリンチリン、とベルの音がした。目の前には、さらにまっくらな階段が続いていた。恐る恐る地下に降りていく。
その先には、淡いろうそくのような光の中、確かにバーがそこにあった。いくつものテーブルに、ドリンクが並べられたカウンター。そしてマスターらしい初老と呼べる男性がグラスを拭いているのも、バーのイメージ通りだった。
「いらっしゃいませ。どうぞお入りください」
鼻に抜けるような声を持つマスターは、タクトを一瞥し、温和な顔で言った。
「ええと・・・」
スコルトから言われてきたんだが・・・、とタクトは言おうとして躊躇した。向こうは秘密基地だと名乗っている。やたらと「ヒーロー機関」とか「スコルト」とか口にしていいのだろうか・・・?
「あ、タクト、来た来た。こっちこっち~」
聞き慣れた声が、カウンター奥から聞こえてくる。
そこには、あのマユカが座っていた。とは言っても、先ほどの宇宙軍の制服ではない。
まさしくバーに相応しい、薄いピンクのドレス。肩の辺りがシースルーで、腰にはリボン。スカートは膝丈よりも短く、広がっている裾からもまた薄いレースが出ている、まさに可愛いさを求めた、マユカらしいスタイルだった。
「ずいぶん訓練が長引いたみたいね」
そしてそのとなりには、静かにドリンクをたしなむクリシアの姿があった。
こちらのドレスは緑色で、完全に肩紐一つないストラップレスの細身のものだった。マーメイド型のロングスカートの切れ目から、細い脚が覗く。
「どう? シア綺麗でしょ? やっぱり地上軍のイメージガールは違うよね~」
マユカが指さした先には、地上軍志願兵募集のポスターが壁に貼られていた。そこに大きく載っていたのは、紛れもなくクールビューティーを醸し出している、面の前の地上軍士官女だった。
マユカは調子に乗って、「そんなイメージガールは、どんなの履いているのかな?」と、クリシアのスカートの切れ目をめくろうとした。しかし、あっさりとクリシアにその手をはたかれる。
「あ痛!」
「やめなさい。・・・あと、そのじろじろ見る癖もいい加減やめたらどう?」
マユカに、ついでタクトに向け、クリシアは不機嫌にそう言った。
「・・・そちらもいい加減、俺が変態みたいな言いがかりは辞めてほしいが」
タクトはそう、受け流すことにした。
マユカが1席分ずれ、座っていた方の丸椅子を叩きながらタクトを誘う。女子2人の真ん中に座るのは気が気ではなかったが、右隣の頬杖をつくクリシアを刺激しないよう、ゆっくりとタクトは腰をかけた。
「では、1つお作りしましょう。あなたに見合ったカクテルを」
タクトの正面に例のマスターが来るやいなや、注文もないのにマスターはドリンクを作り始めるのだった。
まずはカクテルグラスを取り出し、そこに氷をいくつか乗せ、ステアスプーンでかき混ぜる。グラスが冷やされていくが、そのステアスプーン捌きに乱れはなく、マスターのベテランさが垣間見えるものであった。
そして次に取り出したのはシェイカー。中にいくつかのドリンクを入れると蓋を閉め、バーテンダーよろしくそれを振った。2段振りで、エレガントなその姿に、思わずタクトは無言で目を奪われてしまう。
マスターは振り終わった後、カクテルグラスの氷を除き、そこにシェイカーの中身を注ぎ込む。青緑色で映えるそのノンアルカクテルを、マスターは「どうぞ」と目の前に差し出した。
タクトはしばらく、目の前のカクテルに、見とれていた。というか、何かしら感じるものがあった。
「すごーい。さすがマスター」と言いながらマユカは自分のスマートフォンを取り出し、写真を取り出す。一方でクリシアの方は頬杖のまま、見抜くように言った。
「普段のマスターが作るものにしては、悲しさを感じる色ね」
タクトはクリシアを一瞥した後、正面のマスターを見た。
「あなたの奥底には、悲しみや悔しさがあるとお見受けしました」
「・・・まあな」初老のマスターに、何かを見透かされているような気がして、タクトはつい気のない返事をしてしまう。
「そんなあなたに必要なのは・・・」マスターはそう言うと、カウンター下の棚からタッパーを取り出す。そこから何か、透明なザラメ糖のようなものをひとつまみ。
タクトのカクテルに華麗にそれを振りかけると、手品だろうか、たちまち淡いオレンジ色に変化を果たした。
「今のあなたには、仲間の助力が必要です。仲間を信じればあなたの心も立ち直ることでしょう」
魔法のように変化したその色はタクトに、なにか暖かいものを感じさせた。
「え~言ってよマスター! 今の録りたかったのに!」
マユカが動画チャンスを逃し、身振り全開で悔しがっている。その間に、タクトはカクテルグラスに手をかけ、無作法ながらも一気に飲み干した。
空になったカクテルグラスを置く。正面のマスターは温和な表情のままだった。
クリシアが何かを言いたげに、目だけをマスターに向けているのを、タクトは感じ取った。続けて見たマユカの方は、ウィンクを決めている。
これは…ドリンクの感想を言えということだろうか?
だとすれば、この答え次第でスコルトの言う「秘密基地」へ繋がる鍵になるだろうことも考えられた。
クリシアやマユカが合図を出している以上、単純に「美味しい」、「うまい」だけでは答えにならないだろう。さて、どのように言うべきか。正直にいうべきか? それとも多少は取り繕うべきか・・・。
・・・やはり、素直に、あやふやかもしれないけど、本当のことを言おう。カクテルで心を見透かすマスターに、嘘は簡単にばれるだろうし。
タクトは少し考えたあと、その心のまま、ようやく口を開くことにした。
「ああ…まあ、最初はハーブの刺激が強いのがわかったけど、最後にはほのかな甘みが残ったというか。ベリーのような酸っぱさも加わっていたのがいいな。一杯目にしちゃ、飲みやすかった。少なくとも俺は、好きな味だったかもしれない」
マスターは、その感想を聞いても表情は変わらなかった。失敗したか…? タクトは言い終わって若干冷や汗を感じる。
しかしその後、タクト達の背後にあった壁が重い音を立てながらスライドするのがわかった。
「あちらから、秘密基地へどうぞ。お代は大佐から予め頂いております。ご心配なく」
どこが合格点だったのかはわからないが、マスターはタクトを認めたようだった。
「おめでと、タクト、さあ行こう!」
マユカはなぜかテンション高めで、カウンターチェアから飛び降り、手招きしながら隠しドアの方にスキップした。
「やけにテンション高いな。お酒でも飲んだのか?」
「ノンアルコールだから大丈夫よ。マユカはこの3人が揃ったことで、いよいよ『アレ』に乗れるかも、って思っているだけだから」
そう言うクリシアは対照的に、優雅にチェアから立った。タクトは不思議そうな顔で彼女に問う。
「『アレ』って何だ?」
「来てみればわかるわ。さ、大佐が待ってるから遅れないで」
クリシアは見向きもせず、歩みを進める。
ここで、バー出入り口の階段の上から、チリンチリン、と鈴の音が響いた。誰か入店したみたいだ。
「おっと、別のお客様が来たみたいです。急いで」
マスターはカクテルグラスを洗いながら、そうタクトを急かした。
タクトは彼に軽く会釈をすると、2人に続いて、ドアの中に入った。
背中の隠しドアがゆっくり、完全に閉まる頃、通路は明るく照らされる。先ほどまでの雰囲気とは違い、白くハイテクなものとなった。
続く階段を降り、その先に現れたドアをくぐると・・・。
正面に、見慣れた顔の宇宙軍大佐が待っていた。宇宙軍の制帽も、暗い制服も、相変わらずであった。
「やっほー! スコルト」マユカが手を振り、一足先に彼の元へ駆け寄った。クリシアは変わらず敬礼をする。
「君たちはすぐ、制服に着替えて来てくれ。マユカ君の期待通り、今回が『アレ』のデビューだ」
「ほんと!? やったー!」
クリシアは聞くやいなや、すぐ近くにあった更衣室の中に駆け込んだ。クリシアもその後に続く。
「まったく、バーの裏がこんな秘密基地なんて面白いもんだな」
残されたタクトの感想にスコルトは頷いた。
そしてすぐ、右手で胸ポケットから小さな何かを取り出すと、タクトに手渡す。
「ようこそα(アルファー)機関へ。これを渡しておかないとな」
タクトは両手でそれを受け取る。それはどうやら、服に留めるバッジのようだった。
デザインは単純、白い円の中に、黄色い縁取りと赤い色で塗りつぶされた三角形があるだけのものだった。タクトはスコルトに尋ねる。
「やっぱり、いかにも秘密組織って感じのネーミングだな。これはバッジか?」
「ああ。α機関の正式なメンバー章だ。」
「じゃーん!」
制服姿で部屋から出てきたマユカは、そのやりとりを聞いていたかのように胸のバッジを見せつける。
「って、着替えるのはやっ!」
しかしタクトは、その着替えの早さにまず驚いた。
続いて出てきた制服のクリシア。その胸元をみても、同じマークが留められているのがわかる。タクトは改めて、手元のバッジを見つめた。
しかし、タクトは少し考えた後、そのバッジをズボンのポケットにしまった。
「ひとまず、仮入会って形でもいいか?」
「なにそれ?」と驚くマユカ。クリシアもそれを聞き、大きなため息をつく。
「そういうところは素直じゃないのね」
「いいだろ別に」
スコルトは少し目を閉じて考えた後、タクトに言った。
「わかった。君が決意できた時、つければいい。なくさないように頼むよ」
タクトはそのバッジを、ジャケットのポケットにしまった。入会したい気持ちはタクトにある。しかし、少なくとも生半可な気持ちで、このバッジをつけるわけにはいかなかった。
「それよりもスコルト、いこうよ早く、格納庫へ!」
マユカが間髪を容れず、スコルトに詰め寄った。マユカがここまで待ち望むものとは? タクトの方もここまで来れば正直興味がある。
「ああ、行こう。アルガ君もオルドス君も、首を長くして待っている」
「待ってました!」
「・・・あんまりはしゃぎすぎないで、マユカ。行くわよ、三等兵」
「・・・お前から三等兵といわれるのは、なんか嫌なんだが」
アースのメトロポリスの隠された一角、この秘密基地で、なにが起こるのだろう?
タクトはその興味のまま、3人の後に続くのだった。
次の更新予定
隔週 日曜日 18:00 予定は変更される可能性があります
クラナス・アーサー 〜三等兵、時空魔法で、宇宙の英雄となる〜 【始動編】 仲道竹太朗 @bf109ebf110c
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