ガタンゴトンと、ゆれるこころ

@tamanochibibi

ガタンゴトンと、ゆれるこころ

昼下がりの下り電車は、だいたいいつも同じ顔ぶれだ。

一番前の車両のいちばん端っこの席。そこが、わたしの"指定席"。

電車は車はガタンゴトン、と揺れながら走る。頭もつられて、コトンと前に傾いた。

右前のボックス席には同じ学校の制服を着た子が座っている...多分上級生だけど話したことはない。ちょっと怖いし。


しばらく電車は走り続けて、次の駅に到着するとその子はいつものように運転手さんに定期を見せていく...はずだった。

私はふいにその子の座っていた座席を見ると可愛らしい財布が落ちていることに気がついた。

私は慌ててその財布を拾って「あっ...あっ...ちょっと待って!」そう言って扉の方へ向かった。運転手さんは私の声に気がついていて、気を利かせてくれたのか電車を止めていてくれていた。私は慌てて電車を降りてホームでランドセルの中を慌てた様子で探していたその子にその財布を見せた。

その子はとてもホッとした顔を浮かべて「ありがと!ホントに!」「どういたしまして」それが4年も同じ電車に乗っていて初めて交わした言葉だった。

そして私は引き続き電車に乗ろうと後ろを振り向くと...すでに電車は遥か彼方に小さくなっていた。

「ええぇ!ちょ、ちょっと待って〜!」

……どうやら運転手さんは気が利きすぎたのか、足りなかったのか。

                 電車は、もう行ってしまっていた。


「だ...大丈夫...?」その子は心配そうに絶望で膝をホームに落としている私に声をかけた。

私はなんて答えればいいかわからなかった。頭の片隅にはこの子が財布なんて落とさなきゃ...落としても拾わなければよかったのに...そんな考えたくもない事がどんどん表に出てくる。

「ご...ごめん!私が財布落としちゃったから...」

「う...ん...いや...でも、私が勝手にした事だから...だから...」

「...」

「...」

「と...とりあえずさ、私のお家に来る?...次の電車多分二時間後くらいだし...ここ何もないから...」

「うん...」

初めて話したばかりの子の家に行くなんて、普通なら考えられなかった。

けど、今はなんだか、それが一番自然な気がした。

ホームを出ると、日差しが少し傾いてきていて、二人の影が長くのびた。

「小雪ちゃん、こっちだよ」

その子が先を歩く。私は少しだけ遅れてついていく。ランドセルの背中が、夕方の光に照らされていた。

道の両側には畑が広がっていて、ところどころにミカンの木が見えた。風に揺れる葉の音と、遠くで鳴くカラスの声。

私たちは、なぜかまだ名前も聞かずに歩いて...あれ...?何で喋ったことないのにこの子は私の名前を...?

私は少し怖くなって立ち止まってしまった。

「あ...いい...あ...あの、やっぱり駅に戻ります...なんか家に行くの悪い...から...」

そう言って私はくるりと向きを反転させて坂を重力に従って走り始めた...その時だったふと腕を何か...いやその子に掴まれた。

「待って...待って、もうこれから暗くなるから駅に行くにしても一緒にいたほうがいいよ。小雪ちゃん」

「あの!何で私の名前知ってるんですか!あっ...」

私はつい声を荒げてしまった。怖かった。知らない人が私の名前を喋るのが。

「...小雪ちゃん。そっか。ごめんね。お話ししたことなかったもんね...怖かった...?」

「う...うん」

「…でもね、小雪ちゃんのこと、ずっと気になってたんだ」

その子は少し目を伏せながら、静かに言った。

「いつも同じ電車に乗ってる小雪ちゃんね、私が六年生になって登校班の班長になって、初めて名前を知ったんだ。

ずーっと下を向いてたり、なんかすごく考え事してそうだったから…。でもそっか、話したことなかったんだね……ごめん。怖がらせちゃって」

「私もごめんなさい。なんか怖がっちゃって...」

「...それでさ、この後どうする...?私の家に来る?」

「ううん。多分そろそろ電車来そうだから、駅に行く...おかあ...」

「お母さんも心配する?」

「うん...」

「じゃあ私もついてくよ。暗くなったここ真っ暗だからね」

私たちは並んで駅へと坂道を降りていく。

太陽は最後の輝きとばかりにオレンジ色の光を私たちに当てる。海に沈みゆくその太陽はもう上半分しかなかった。

ホームについてちっぽけな屋根の下のベンチに腰掛ける。

「小雪ちゃんってお友達とかいるの?」

「いないよ。居たってしょうがないもん...」

「しょうがなくないよ。何?家が遠いから?」

「...いいの、もう。いなくて...」

「...そう、でも私は...お友達になりたいよ。小雪ちゃんと...」

「...そっか。頑張ってね」

小雪ちゃんはまるで他人事かのようにそう言った。すぐに電車が来るよのアナウンスが鳴って、1両の電車がホームに入ってくる。

「また、明日」私はそう言った。

小雪ちゃんは「うん」とだけ答え、顔を向けることなく電車へと乗り込んだ。

ドアが閉まる音。車輪の音。小雪ちゃんを乗せた電車は、夕闇の中へ静かに走り出していった。

太陽はもう沈んで、空はうっすらと薄青色に染まっている。

その色が濃くなる前に、私も帰ろうと思って、走り出した。


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二階建ての古いアパート。鉄板の階段をコトン、コトンと上って、一番手前の部屋が私の家。

換気扇の音と一緒に、お肉を焼くいい匂いが外に漏れていた。

鍵をカチャリと回して、重たいドアを押す。

「ただいま」

「おかえり、小雪ちゃん。ご飯作ってるよ」

「うん。叔母さん、今日はなに?」

「こ〜ら。叔母さんじゃないぞ!今日はハンバーグだよ」

「うん。わかった。宿題してるね」

私は今、この家で叔母さんとふたり暮らしをしている。

両親には……もう、会えない。会いたくもない。

叔母さんとの暮らしも、気づけばもう二年。

今ではすっかり、叔母さんのことだけは、ちゃんと信じられる。

今日も、叔母さんは手のひらサイズのハンバーグを作ってくれた。

「いただきます」って言って、一緒にテレビを見て笑いながら食べる。

宿題をして、一緒にお風呂に入って、二人分の布団を敷く。

家にいるっていうのは、叔母さんと同じ部屋にいること。

……いや、"一緒にいる"こと。ちゃんとそこにいて、呼べば返事があること。

そうじゃないと、不安になるから。

「おやすみ」そう言って目を閉じる。

明日も叔母さんがいてくれますように。

これが夢じゃありませんようにー


「行ってきます」「行ってらっしゃい」

いつもの出掛けの会話。今日もまた、帰ってきてもおばさんが居ますようにと神社に祈ってから出発する。

昨夜のように杞憂に過ぎる事は分かってるけど祈るのは自由だし[[rb:無料 > ただ]]だから。(お賽銭とか言っちゃっだめだよ?)

今日もいつもの一両の普通電車のいつもの“指定席”に座ってゆっくりと学校に向かう。

朝焼けで車内がオレンジ色に眩しく輝く。

そしてあの子が乗ってくる駅もだんだんと近づいてくる...

ドアがピンポーンと鳴って開き、その子は乗ってきた。その子は私を見つけるや否や一目散にこちらにかけ寄って私の隣の席に座った。

私は咄嗟に本で自分の顔を隠して、そしてそっとブラインドを下げた。

「小雪ちゃん...どうして?」

「...何が...?」

「どうして顔を隠しちゃうの?」

「別に...いいじゃん...」

「...あっそうだ!おはよう!」

「...うん」

私がいくら声をかけても小雪ちゃんは本を見続けた。だけどそのページは1ページも捲れては居なかった。


その後は、一年生とかもっと小さい子達が乗ってきて、私は班長だから、なかなか小雪ちゃんの隣に行くことは難しかった...いつの間にか電車は学校最寄りの駅に着いていた。

朝の学活前、クラスメイトが次々到着して荷物を棚に入れたり友達と駄弁ったりしている様子をBGMにしながら私は小雪ちやんのことを考えていた。

(あの子は一人がいいのかな...でもなんか、そんな気がしない...どうやったら心を開いてくれるんだろう...」

「誰の心を開くの?小春ちゃん」

「うわっ!びっくりした...」

「うわっってなによ!で、どうしたの?」

「ーあのね、いつも電車に乗ってる...えっと、4年生くらいの小雪ちゃんっていう子がいるんだけどね」

「…有名?」

「え、知らないの? 金生市の…あの、一家殺害事件の子だよ」

その言葉を聞いた瞬間、今までの小雪ちゃんとの会話が全て違うように感じられた。


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あの日は、あの時はいつもと変わらない日常だった。ちょっと違うのは家に友達を呼んでいたくらいで今思えば些細な問題だった。マンションに帰って鍵を回そうとした時、突然トアが勢いよくあいて中からパパが飛び出してきた。

私はドアが勢いよく開かれた反動でドアに叩き倒されて左に避けるように転がった。そしてパパの飛び出した直線上、その先にはお友達のまゆちゃんが居た...「キャァァー」その声の後のザクザクという音とまゆちゃんの泣き声は忘れられない。私は全身がズキズキと痛む中、家の中にいるはずのママに助けを求めるために家の中に這いずりになって入っていった...

ーリビングには赤まみれになりながら倒れるママと...一才になったばかりの弟が居た...その後は覚えていない。

警察が来てパパは捕まえられたようだけど私が起きたのは病院だった。

みんな死んでしまった。ママも弟もそしてまゆちゃんも...まゆちゃんなんて私が家に呼ばなければ殺されることはなかったのに...私は全身、内臓打撲と腕とかの骨が折れていて全治八ヶ月になった。

入院している時、私はずっと一人だった。寂しくても辛くても痛くても誰もいない、そんな夜が続いた。

私の引き取り手が叔母さんになった事は入院の数日前に聞かされた気がする。きっとずっと揉めてたんだと思う。

叔母さんは親族の中では一番親しくて優しい人だった。私はそれを聞いてホッとしたことを覚えている。

退院して叔母さんのアパートで暮らし始めた。とは言っても最寄駅が変わらないほど元の家に近かったからそこまで変わった気はしなかった。

叔母さんはやっぱり優しくて、学校に馴染めない私をずっとフォローしてくれた。もう、友達なんていいやと思う程。

ー退院しても学校に馴染めなかった。元々いた学校なのに七ヶ月もいなかっただけで私の居場所は無くなっていた。

友達はまゆちゃんだけだったから友達もいない、おまけに父親が殺人犯で死刑囚。そんな子と友達になろうなんて子はいない。しばらく時間が経って私は学校に馴染むということを諦めた。

あくまで学校は学ぶ場所で友達とイチャコラする場所じゃない。

友達がいなくてもテストの点数さえ取れれば学校にいられるし...ね。

だからもう...いいやって思っていたんだ。

昼下がりの下り電車は、だいたいいつも同じ顔ぶれだ。

一番前の車両のいちばん端っこの席。そこが、わたしの"指定席"。

電車は車はガタンゴトン、と揺れながら走る。頭もつられて、コトンと前に傾いた。

ある駅で低学年の子が降りていって、あの子がこっちにやってくる。

その子は私の隣に座ると突然、私の頭を撫で始めた。

私は(え?何?何?)と戸惑う。普通に知らない人ならすぐに立ち上がって運転手さんのところに走って行くところだけど、上級生だし...同じ学校だし、知り合いだから...少し撫でられることにした。

ガタンゴトンと進む電車、しばらくして撫でる手が止まると「小雪ちゃん...」


私はどう言えばいいのかわからなくなった。かわいそうだね?ごめんね?辛かった?大丈夫?そのどれも違う気がして、だけど小雪ちゃんのポッとした可愛らしい顔を眺めると言葉よりも行動が先に出た。


この人は不思議な人だと思う、私の頭を撫でていると思ったら突然私の顔をじっと見た直後に私をガバッと抱きしめてそして...「小雪ちゃぁーん」と泣き始めた。幸い、電車には誰も乗っていないからいいけど、それでも少し気恥ずかしい。でもなんでこの人は泣いているんだろう...

「…なんで泣くの?」と、私はそうぽつりと聞いた。

「わかんない...でもね、小雪ちゃんのこと...ね...考えたら...泣けてきちゃったの」

「...そう...ありがと...」


卒業の日、小雪ちゃんはいつもの席にいつも通り座っていた。だけどその表情は和かに微笑んでいて「小春ちゃん!おはよ!」そう元気に答えてくれた。


ー終わり

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