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木曜日の午後5時半。私は、通学路の途中にある路地裏の入口に立った。
学習塾とラーメン屋の間にできたその細長い隙間に向かって、ルーズリーフを一枚ちぎって作った紙飛行機を飛ばす。この時使う紙には、必ず何らかの落書きをしなくてはいけない。なぜかと聞かれても、そういうルールなのだからしょうがない。
私の手を離れた紙飛行機はビル風に乗り、少し頼りないながらも奥の方へと飛んでいく。私もすぐその後を追い始めた。この時、紙飛行機から目を離してはいけない。なぜかと聞かれても、そういうルールなのだからしょうがない。
路地裏にしては少し距離が長いなと感じ始める辺りで、突然出口が現れる。ここまで来たらもう紙飛行機を見ている必要はない。というか、紙飛行機はいつの間にか消えてしまう。
路地裏を出ると、そこには奇妙な世界が広がっている。
世界滅亡後百年ちょっと経った後の世界、と言えばいいのだろうか。道路や標識、看板などはあるのだけれど、そのどれもが汚れ、錆び、苔むし、沈黙している。建物を見ても割れていない窓を探す方が難しく、外壁は生命力旺盛なツタにされるがままにされている。いつ来てもここは快晴だが、却ってその明るさがこの世界の沈黙を強調している。
と言っても私にとっては見慣れた世界だ。初めこそアニメか映画のような世界に興奮したものだが、慣れればどうということもない。私は目的地を目指して歩き始めた。
ここには人はもちろん、動物の気配は一切ない。当然車も走っていない。時折ボロボロの車が路肩に放置されているが、もはや車を模したオブジェと言ったほうが正しい。扉はひしゃげたり無かったりして、中の座席はすっかり元の光沢を失っている。
今日もそんな車の脇を通り過ぎ、崩れかかった歩道橋の下を潜り抜け、倒れた電柱を跨ぐ。そうするうちに、小学校に辿り着いた。
半開きのまま固まった門を潜り抜けると、かろうじて威厳を保っている校舎が目の前に現れた。屋上には一体どうやって生えたのか、鮮やかな緑色の大樹がそびえている。
私は土足のまま昇降口に上がると、唯一使える奥の階段まで進んでいく。
途中、体育館と理科室を覗き込んだ。体育館の中央には、発泡スチロール製の人や城、イルカに何かよくわからないものなど、大小さまざまな彫刻作品が置いてある。理科室には、色とりどりの直線や曲線で描かれた幾何学的な絵が置いてある。どれもこれも、私がここに持ってきて置いたものだ。満足感を感じながら、気分良く階段を上っていく。
屋上の扉は開けるまでもなく開いていた。突然の眩しい陽光を目で遮りながら出ると、爽やかな風が頬を撫でる。安全のためのフェンスなどとうに押しのけた草たちが自由に身を任せている。
そしてその奥に、まるで長老のように、先ほどの大樹は立っていた。ごつごつとした太い幹に、若々しい葉。風が吹こうとも微かに身を揺らせるばかりで、堂々としていることこの上ない。
その根元に、何枚かの絵が置いてある。クレヨンで描かれた家族の絵。絵の具で描かれた運動会の絵。そして、黒鉛筆で描かれた自画像。これもまた、私がここに置いたものだ。
私はリュックサックを下ろすと、今日ここに仲間入りする絵を取り出した。色鉛筆で描いた、学校の屋上から見た校庭の絵。脇の木々やサッカーコート、跳ねるボールなどが活き活きと描かれている。個人的には最近で一番の絵だ。
私はその絵を、そっと根元に置いた。絵は木漏れ日に照らされ、まるでうたた寝をしているようだ。それは他の絵も同様で、そこに「ある」というよりそこに「いる」という感じだ。
私は目を細めると、絵の縁を優しく撫でた。そして、屋上を後にした。
ここに初めて来たのはいつだったか。どうやって、どうして来たのか。はっきりとしたことは覚えていない。ただ、それなりに小さいころにはもう、ここに来て自分の作品を置いていくのは習慣になっていたように思う。
作品を作る。ここに置いていく。手元に残るのは作品の記憶だけ。でもその分、作品の息遣いはむしろ強く私の中に刻み込まれている。
ここには誰もいない。ただ作品がいるだけだ。勝手に解釈したり、評価したりする他人はいない。
時々、ここが何なのか考えることがある。最初はあの世だと思った。次に、異世界だと思った。もう少し大きくなってからは、自分の作品の墓場と考えるようになった。
でも、今はもうそうは思っていない。彼らはまだ生きている。私が勝手に殺すわけにはいかない。ただ、彼らはそこにいる。それでいい。
元来た道を戻った私は、元の世界へ戻ってきた。振り返るとそこはもうただの汚い路地裏で、畳まれた段ボールが乱雑に積み重ねられてるだけだった。
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短編小説集 磯町ひるね @asanagi5631enden
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