第43話 パパ

「成功って……?」

「この子を迎えに来たとき、この治験の目的をお話すると言いましたね?」

「は、はい」


 そういえばそんなこと言ってたかなと思い出す。


「この治験はですね、人工子宮で作られた子供と親のあいだに確かな愛情が生まれるか調べる治験だったのです」

「あ、愛情を……ですか?」

「はい。子供にとって親から受ける愛情はなににも代えがたい重要なものです。人工子宮で作られた子供がそれを親から受けることができるのか? 今回の治験はそれを調べるためのものでした」


 親の愛情を受けたことのない俺が、その治験をするとはなんとも皮肉な話である。


「じゃあもし、俺が育てるって言わなかったら美亥はどうなってたんですか? まさか連れ帰って処分だなんてことに……」

「そんなことするはずないでしょう。我々はそんな野蛮な研究機関ではありません。治験は失敗になりますが、その子のことは研究所で育てていくつもりでした」

「そ、そうですか。すいません」


 それを聞いてホッとする。


「けどひとつ敷島さんに謝罪しなければならないことがあります」

「えっ?」

「1千万円の報酬は、お金と子供、どちらを選ぶか調べるための嘘だったんです」

「そ、そうですか」


 美亥を引き取ると決めたときから1千万円をもらうのは諦めていたので、特に文句を言う気は起きなかった。


「正しい報酬は百万円になります」

「ひゃ、百万円ですか」


 だいぶ減ったが、それでも大金であった。


 しかし金なんてどうでもいい。

 俺は金なんかでは得られない、もっと大切な存在を得たのだから。


「すう……」


 泣きつかれたのか俺の腕の中で寝息を立てる美亥。

 しかし眠っていても、その両手はしっかりと俺の服を掴んでいた。


 なにかあったら連絡してほしいと言い残し、今江さんは帰って行った。


 俺は美亥をベッドへ寝かそうとするも、服を掴んでいる手が離してくれず、そのまま抱っこしていることにした。


「ふふ、パパ、お前のためにがんばるからな」


 眠っている美亥を見下ろしながら俺はそう語りかける。


「けど、やっぱり金は必要だよなぁ」


 美亥をちゃんと育てていくにはやっぱりたくさんの金が必要だ。高校や大学、いや、小学校だって私立に入れてやりたい。それには何百万円もの金を稼がなきゃいけないだろう。


「俺にできるか……いや、やるんだ」


 美亥のために俺は変わる。

 自堕落無気力な自分を捨てて、美亥をしあわせにするためにがんばるんだ。


「お金も必要だけど、母親も……必要だよな」


 女の子の美亥には母親も必要だと思う。

 それも俺のがんばり次第か……。


「むにゃ……ふにゃ」

「ふふ、なんか寝言を言ってるな」


 夢でも見ているのだろうか?

 微笑ましい気持ちで俺はその寝言に耳を傾けていた。


「んー……むにゃ……パーパ……」

「えっ?」


 今、パパと言ったか?

 いや言った、間違い無く。


「美亥?」

「むにゃ……すう……」


 美亥はふたたび寝息を立て始める。

 その嬉しそうな寝顔を見下ろす俺の表情は自然と綻んだ。


 ……俺が美亥を育てることにしたと連絡した次の日、さっそくと永華、萌々枝さん、満鈴さんの3人がうちへやって来た。


「よかったね美亥ちゃん、パパとずっと一緒で」

「あいあー」


 最初に来た永華が美亥を抱っこしてあやしていた。


「けどよく決断したね和亥ちゃん。まああたしはわかってたけど」

「そりゃやっぱり自分の子っスもん。別れるなんてできるはずないっスよ」

「うん」


 3人とも俺がこう決断するとわかっていたのか、誰も驚いていない様子だった。


「けど子育ては大変だよ。お金だってかかるしさ。和亥ちゃん、その辺のこともちゃんと考えてるんだよね?」

「ぐ、具体的には考えていませんけど、がんばりますよ。美亥のために」

「親が子供のためにがんばるのは当然なの。しっかり考えないとダメだよ」

「もちろんです」


 とは言え、今やってるウェブライターの仕事を増やすくらいしかないけど。


「まあ和亥さんはいざとなればサッカー選手として稼げるっスもんね。サッカー選手になればすぐに億万長者になれるっスよ」

「いやまあ、けど、今さらサッカーもねぇ」


 とりあえずその気は無かった。


「お金だけじゃないよ和亥君。教育もしっかりしなきゃ。子育てっていうのは子供をかわいがるだけじゃダメなの。厳しくもしないと。いけないことをしたときはしっかり叱らなきゃダメなんだよ? 和亥君、ちゃんと美亥ちゃんを叱れる?」

「し、叱れるよ」


 ちょっと自信が無い。

 こんなにかわいい美亥を俺が厳しく叱るなんて、想像できなかった。


「なんかダメそうだね。和亥君は美亥ちゃんを甘やかしそうだし、ここはやっぱりわたしがママとして美亥ちゃんをしっかり教育しないと」

「ちょっと待ちなよ。美亥ちゃんのママはあたしだって。美亥ちゃんだってあたしに一番懐いてるしさ」

「美亥ちゃんが一番に懐いてるのはわたしっスっ! ということは、ママになるのもわたしってことっスっ!」

「美亥ちゃんのママはわたしだって言ってるでしょっ! ほらっ! 美亥ちゃんだってこんなに懐いてくれてるしっ!」

「じゃああたしに抱っこさせてみなよ。嬉しそうにするから」

「わたしに抱っこされたときが一番に嬉しそうっスっ!」


 3人は美亥を抱っこし合い、誰が一番に懐かれているかでもめ始めてしまう。しかし誰に抱っこされても、美亥の表情に変化は無かった。


「あいーあ。パーパ」

「あ、今、パパって言ったっスっ!」


 こちらへ手を伸ばす美亥を俺は抱っこする。と、


「きゃーいーへへーきゃっきゃー」


 美亥は嬉しそうに笑い出す。


「あーやっぱり和亥君に抱っこしてもらうのが一番に嬉しいんだね」

「そりゃそうだよ。大好きなパパだもん」

「美亥ちゃんにとってパパに抱っこしてもらうのが最高なんスねぇ」


 俺に抱っこされてニコニコ笑う美亥を見て3人は微笑みながら言う。


「けどパパって言えるなら、ママとも言えるはずだよね? ねえ美亥ちゃん、わたしのことママって呼んで。ほらママだよ」

「あいー?」


 永華が自分を指差しながらママと言うも、美亥はきょとんとするだけであった。


「これは一番先にママって言わせた人が美亥ちゃんのママってことになるねぇ」

「えっ? そ、そうなんスかっ? じゃあ負けてられないっスっ! 美亥ちゃんっ、わたしがママっスよっ」

「ひゃーうー」


 美亥は満鈴さんのほうを見るも、ママとはやっぱり言わない。


「あたしがママだよ。母性もあるからね。そうだよね美亥ちゃん?」

「わう」


 萌々枝さんのこともやっぱりママとは呼ばない。


「ちょっと和亥君、ママって呼んでくれないんだけど?」

「いや俺に言われても……」

「パーパ」


 俺としてはパパと呼んでくれるのでそれだけで満足である。


「うーん、わたしと美亥ちゃんとの親密度がまだまだ足りないのかな? よーしそれじゃあ今日から毎日、和亥君の家に来て美亥ちゃんと遊ぶ。それで絶対にわたしをママって呼ばせてみせるんだからね」

「じゃああたしも毎日来ようかな。まあ、美亥ちゃんがあたしをママって呼ぶのは時間の問題だと思うけどね」

「わたしは今日から和亥さんの家に住んで美亥ちゃんのお世話をするっスっ!」

「いやそれはちょっと……」


 3人は本気で美亥のママになってくれると言っている。

 それはつまり俺の……。


 いや、俺のことはともかく、美亥には母親が必要なのは間違い無い。

 3人の中で誰が美亥にとって良い母親になってくれるのか? 厳しくもやさしく、美亥を血の繋がった子供のように育ててくれる母親。


 しかし永華も萌々枝さんも満鈴さんも、良い母親になってくれると思う。なので本当に美亥がママと呼んだその人が母親になる。そんな気がした。


 ――――――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 今回で最終回となります。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

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玄関開けたら赤ちゃんが。あなたの子ですって、いや俺、童貞なんだけど? ママの座を争う周囲の女性たちに言い寄られて大変なことに…… 渡 歩駆 @schezo9987

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