第12話 ゆらぎの守り手

朝の光が、鳥居の向こうから差し込んでいた。

 こよりは社の前に立ち、静かに目を閉じる。


 ——私は、ここにいることを選ぶ。

 守り手としてじゃなくて、神楽こよりとして。


 すでに帰る方法は、ユウから教わっていた。

 鈴を祓いの火にくぐらせ、結界を解き放つことで、現世へと戻ることができる。


 だがこよりは、それを選ばなかった。


 「この場所は、願いが集まるところ。

  そして願いは、誰かを傷つけることもある。

  でも——それを悪いって切り捨てたくない」


 風に揺れた髪を手で押さえながら、こよりはつぶやいた。


ユウは、社の屋根の上に腰掛けていた。

 いつものように、無表情のようでいて、どこか安心した顔をしている。


 「決めたんだな」


 「うん。……私、もう少しこの世界にいたい。アカネちゃんのことも、もっと知りたいし、あやかしのことも。なにより、ここが、わたしの居場所だから」


 「……そうか」


 ユウはそれ以上なにも言わなかった。ただ、空を見上げていた。


 「ユウも、ずっと一人だったんでしょ?」


 「……ああ。長い長い時間を、ここでひとりで」


 「じゃあ、今日からはふたり。ね?」


 その言葉に、ユウは思わず吹き出した。


 「まったく、おまえは本当に変わったやつだ」


 こよりも笑った。


 「そう言われるの、ちょっと慣れてきたかも」


 その日の午後、アカネが神社を訪れた。


 「……残るんだ?」


 「うん。もう、決めたの」


 アカネはしばらくこよりを見つめ、それからほんの少し、頬を赤らめながら微笑んだ。


 「そっか。……じゃあ、これからは【友だち】ってことでいい?」


 「もちろん!」


 ふたりの手がそっと触れ合い、すっと風が吹いた。


 あの彼岸花の香りも、もう怖くない。

 あやかしであっても、人と違っても、大切なものはきっと変わらない。


 夜。

 神社の鈴が、澄んだ音を鳴らした。


 こよりは灯篭に火を灯し、境内をゆっくり歩く。

 ユウはその後ろを、音もなくついてきた。


 「願いって、怖いね。でも、あたたかい」


 「そうだな。だからこそ、守る価値がある」


 こよりは立ち止まり、振り返って微笑んだ。


 「わたしが、ここを守るよ。【ゆらぎ神社の守り手】として」


 夜風が吹き、鈴がふたたび小さく揺れる。


 そして、物語は——静かに幕を下ろす。

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ゆらぎ神社のあやかし守り 隣のトロロ @ichigeki_maru

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