【中華BL】花開け将軍、股開け男寵
中村愛雅/冰激琳
第一章 再会
第1話 亡き人
しとしとと雨に降られた梅の花は、まるで泣いているかのようにぽつぽつと雫を垂らす。
大通りには傘を被った、汚れ一つ無い白い衣を纏った男がひとり歩いていた。その男の所作はまさに優雅であり、袖一つはらう動作すらも様になっている。
広袖から覗く指先は細く優美で、もはやそれだけで彼が相当に美しいことが伺えた。傘で顔は隠れているが、おそらく相当の美男子であろう。
男の前では、ゆったりと悲しそうに降る雨さえも、春花の朝露のように明るく見えた。
一方で、男――
彼には昔、たったひとりの弟子が居た。その弟子は明るく、いつも彼には従順であり、師弟関係すらも超えた仲でもあった。正直なところ、修真者※1としてはあまり優れた才能はなく、飲み込みも悪かったが、彼にとってはその弟子こそが人生の指標であり、彼の心に光を射し込む太陽のようなかけがえのない存在であった。
それから今に至るまで、彼はまるで空っぽの人形のような心地で生きていた。彼自身は数々の修真者がどれだけ修練してもたどり着くことが遥かに難しい、「
たとえ今修真界に戻って、己が元嬰期であることを主張したとしても、誰も信じてくれないだろう。
とはいえ、そもそも彼には修真者として生きることは疾うに諦めていた。彼の心にはたった一人の、亡くした愛弟子の存在がいるだけである。
ああ、あの愛弟子にまた会えないだろうか。忘れられないあの兎のような童顔を、また見れないのだろうか。あの包み込むような優しい声に、また耳を癒やされることは無いのだろうか。
そう考えれば、まるで彼の心を反映するかのように、静かに降っていた小雨が、子供が大泣きするかのような大雨に変わってしまった。彼は静かに空を見上げて、虚ろな眼で、自らの心のように暗く、明るい空に蓋をしてしまった雲を見つめる。
若い頃はこんな雲を見て鬱陶しく感じたものだが、今ではその雲も、透き通る濡れた真綿のように美しく感じるのだった。
彼の花弁のように美しい顔は傘から垂れた薄い布から露わになり、大雨に打たれて、涙も雨もわからなくなってしまった。
彼の顔は雪のように白く、顔に落ちる雫が映える。
「坊っちゃん、随分と寒そうですね、ささ、中へどうぞ。存分ともてなしますぞ。」
濡れても美しい、いかにも高貴そうに見える衣を纏った
「ありがとうございます。」
彼は自分の寒さなどどうでもよかったが、流れに任せてそのまま店内へ入った。店内は他の店よりも少し豪華で、ところどころに緻密できらびやかな装飾が施されている。見たところ、高貴な方々がいらっしゃられるような、いかにも高そうな店であった。
そのまま店内にある様々な魅力的な装飾を見つつ、茶を待っていると、入口の方から賑やかな声が聞こえた。どうやら数人ほどの客が入ってきたようである。
客は店主の言われるがままに店内へ案内されると、ちょうど
「将軍、すっかり降られてしまいましたね。ちょうど良さそうな茶屋が見つかってよかった。…それでそれで、さっき仰られた美女とはいったい!?」
どうやら客は二人のようで、どちらもいかにも武人のような格好をして、剣を
「なに、その美女とは………」
隣の卓に座る’’将軍’’は、もう片方の男に「耳を貸せ」という意味で手招きすると、二人でこそこそ話を始めてしまった。急に楽しみを奪われた
「…道士様、すみません、助けてください…!」
袖を引かれた方へ振り向くと、そこに居たのはぼろぼろな衣を着た、汚れた小さな
明らかにおかしな状況に気付いた
「どうした?君はなぜそんなにぼろぼろなのだ?」
「父さまが……倒れてしまって…!!」
彼女は言いながらも、我慢していた涙が目から溢れ出していた。おそらくこの子は店主の娘で、店主は厨房で倒れてしまい、どうしていいかわからず、
「こっ…ここです!」
彼女に連れられた先にあったのは厨房だった。大きなかまどの上に大きな釜が据えられており、横の卓には切ったばかりの野菜たちがそのまま放置されている。卓の上に置かれた火鉢にはまだ温かい
しかし、そこには人影一つ無かった。
「君…」
少女に声をかけようと振り向いたその時だった。口をなにか暖かいもので覆われたかと思えば、身体の力が抜けていく。
―――騙された!!
気付いたときには一足遅く、もはや身体に力を入れることすらままならなくなっていた。おそらくなにかの薬を染み込んだ布で口を覆われ、奇襲されたのだ。視界にうっすらと映るのは、もう完全に信用できなくなったあの店主である。推測だが、
彼は、霊力※4を身体に巡らせ続け、なんとか意識を保っていた。薬を盛られたせいで筋肉は言うことを聞いてくれないが、どうやらこの薬には霊力を抑える作用は無いらしい。――ならば。
蹴り自体は実に弱い力で、まさに赤子のような蹴りだったが、霊力を思いっきりぶつけたおかげで、正面から食らった店主は膝から崩れ落ちていった。
――勝った。
将軍――
ここの店主は茶一杯だけで将軍を二刻も待たせるとは、いったい何を考えているのだろうか。こんなことができるのは相当な馬鹿か、皇帝ぐらいである。
それとも、厨房で何か良くないことが起こっているのだろうか。
そう考えた矢先、厨房へ行かせた
その周りに店主らしき人物はおらず、この場所で店主が倒れている男を殴るか何かして、そのまま店主が逃げたことが予測される。
「将軍、どうしたんです?その男は知り合いなんですか?」
しかし、目覚めて早々、
なんと目の前に、数十年前に亡くした、まさに人生の中心だった弟子と全く同じ美しい顔が、こちらを覗き込んでいたのである!
―――――――――――――――――――――――
※1修真者…人でありながらも仙人を目指し修練に勤しんでいる者。
※2元嬰期…修真者のランク付けのうちの一つ。このレベルの修真者は不老になり、姿を変える能力を使うことができる。
※3銚子…中国のやかん。
※4霊力…修真者が仙術を使う上で必要な力のこと。この力の源のことを根基という。
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【中華BL】花開け将軍、股開け男寵 中村愛雅/冰激琳 @nakamura_bingji
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