最終話 シキとツバキ



 学校へ向かった僕は、担任の教師に学校を辞めることを告げた。


 一週間も無断欠席をした後に、いきなり学校を辞めるときた。

 生徒のいきなりの行動に、担任もまいったことだろう。


 心配され、理由を聞かれ、引き留められ、説教され、説得され。

 

 数時間にわたって担任と会話した後、僕の決意が固いことを知ってようやく彼は諦めた。


「親御さんは納得しているんだよな?」


「はい。父も肯定してくれてます」


 実際には無理矢理言うことを聞かせただけだけどね。

 もうあいつに会うこともないし、この学校に来ることもない。

 

 先生はそれを知らない。

 


「そうか……なら、まあ、俺がとやかく言うことじゃないかもしれないな。いや、何時間も引き留めといて今さらなんだって話だが」


 そう先生は自嘲気味に笑う。


「まあなんだ。なんかあったらいつでも来ていいからな。これから色々あるかもしれないが、がんばれよ」


「ありがとうございます。これまでお世話になりました」



 最後に教室へ寄っていくかと誘われたが、僕は断った。

 仲のいい同級生がいるわけでもない。


 特に未練なんて物はなかった。


 書類とかは郵送で送ってくれるとのことで、僕はそのまま学校を出た。


 

 それなりに長い時間を職員室で過ごしたから、もう日は傾いて夕方になっている。

 ツバキはもう目が覚めている頃だろうか。



 昼の時間は終わり、夜の時間が始まる。

 吸血鬼の時間が始まる。


 ツバキと僕の時間が始まる。






「お帰りシキ! どこ行ってたの?」


「ああ。学校に……」


「え! 学校!? 学校行ってきたの!」


 ツバキがぐいと顔を近づけ、不安げに眉が下がる。


「や、やっぱり。シキも毎日学校に行きたいの?」


 僕が学校に行きたいと思い込んで、不安を抱いているのだろう。

 僕が学校に行くならば、僕と一緒にいられる時間が減ってしまうんだから。


 安心して、とばかりにツバキの肩をポンと叩く。


「ああいや、学校を辞めるために一回行って来ただけ。もう行く気はないから安心して」


「そう……。ほ、本当に学校行かなくてもいい? シキが本当に行きたいのなら、私止めないから」


 実は僕と離れたくないというのに、ツバキは僕の望みを優先して殊勝なことを言ってくれる。

 そのことが、嬉しい。


「学校は行かなくていいよ。それよりも、僕はツバキと一緒にいたい」


「そう……。そうなの。ふふ。もう、シキったら私のこと大好きなんだから」


 僕の言葉を聞いて、ツバキは嬉しそうにニコニコと笑う。

 

「ああ。そうだよ。僕はツバキが大好きなんだ」


 彼女がからかっていることはわかっているが、僕はあえてツバキの言葉を肯定する。

 僕が顔を真っ赤にして否定するだろうと想像していたツバキは、その言葉に一瞬きょとんとした。

 

「どうしたの? 驚いているようだけど」


「な、なんでもないわ。まったく。シキったら、またふいうち……」


「家ならしていいんでしょ?」


「そ、そうだけど。心臓に悪いわ。嬉しいけどっ」


 ツバキはそう告げた後、僕に向かって唇を突き出す。

 キスしてほしいの合図だ。


「おかえり。シキ」


「ただいま」


 そしてこの一週間、なんどしてきたかわからないキスをする。

 数秒間唇をくっつけ、そして離す。



「学校には行って来ただけ? 友達と会ってきたの?」


「いや。先生に退学するって伝えただけで、別に友達とは会ってないよ」


「ふうん。他には誰か会ってきたの?」


「他には――」


 一瞬、父親の姿が思い出される。

 しかしそれもすぐにかき消えた。


 もう僕には関係のない人だ。

 

「誰にも会ってないよ。学校に行って来ただけ」


「そう。それならいいわ。あ、シキがいない間に、私料理をしてみたの。食べてくれる?」


「料理できるんだ。嬉しいよ!」


「ふふ。まだ学んでる途中だけどね。でも、シキに美味しいご飯をいっぱい食べて欲しいから、腕によりをかけて作ったわ」


 キッチンの方から漂ってくる美味しそうなにおい。

 

 ああそういえば。

 誰かの手料理を食べるというのは、産まれて初めてのことだ。

 

「いまから仕上げをするからちょっとまっててね。そうしたら――きゃっ」


 キッチンの方に戻ろうとするツバキを、僕は後ろから抱きしめる。


「シ、シキ?」


「ツバキ。ありがとう」


 嬉しくて。

 愛おしくて。

 ツバキのことをぎゅううっと抱きしめる。


「大好きだよ」


「もう。そんな料理くらいでおおげさよ。……いえ、そう。そういうこと」


 何かに納得したように、ツバキはうなずいている。

 

 ?

 どうしたんだ?

 なにが「そういうこと」なんだ?



「これはあれね、料理によりも先に私を食べたいっていうこと?」


 ツバキはお腹に回した僕の手を両手で包み込む。


「もう。シキったらほんとに私のこと好きね。昨日もたくさんしたのに。しょうがない子」


 ツバキは嬉しそうに言葉を弾ませながら、両手で包み込んだ僕の手を撫でる。

 

  

「…………」


 僕が彼女を抱きしめたのは別にそう言う意味ではない。

 ツバキは勘違いしているけど。


 でもその勘違いは、僕にとっても歓迎すべきものであった。


 うんまあ。

 僕も男の子だからね。


「ここはリビングだから。寝室に行きましょう? あ、先にシャワー浴びる?」


「いや。寝室に行こう」



 ツバキのお腹に回していた手を解いて。

 彼女の手を掴んで寝室へと向かう。


 この広くてたくさん部屋のある家で、寝室まで行くのにも随分なれた。



「ツバキ。今夜は寝かさないから」


「私は吸血鬼よ。夜には寝ないわ?」



 僕の冗談に、ツバキは笑いながらそう答える。


 寝室に着いたツバキは僕を押し倒し、上に乗っかり首筋に口をあてがう。


「シキ。私、あなたのこと大好きよ」


「僕もツバキのこと大好きだ」



 ツバキは首にカプリと牙を立て、僕の血を吸い始めた。



 僕とツバキの、長い夜が始まる。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございました。

今作はこれにて終了です。


明日より別作品の投稿をいたしますので、そちらもお読みいただけると嬉しいです。

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僕は吸血姫の眷属になる 沖田アラノリ @okitaranori

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