最終話 シキとツバキ
学校へ向かった僕は、担任の教師に学校を辞めることを告げた。
一週間も無断欠席をした後に、いきなり学校を辞めるときた。
生徒のいきなりの行動に、担任もまいったことだろう。
心配され、理由を聞かれ、引き留められ、説教され、説得され。
数時間にわたって担任と会話した後、僕の決意が固いことを知ってようやく彼は諦めた。
「親御さんは納得しているんだよな?」
「はい。父も肯定してくれてます」
実際には無理矢理言うことを聞かせただけだけどね。
もうあいつに会うこともないし、この学校に来ることもない。
先生はそれを知らない。
「そうか……なら、まあ、俺がとやかく言うことじゃないかもしれないな。いや、何時間も引き留めといて今さらなんだって話だが」
そう先生は自嘲気味に笑う。
「まあなんだ。なんかあったらいつでも来ていいからな。これから色々あるかもしれないが、がんばれよ」
「ありがとうございます。これまでお世話になりました」
最後に教室へ寄っていくかと誘われたが、僕は断った。
仲のいい同級生がいるわけでもない。
特に未練なんて物はなかった。
書類とかは郵送で送ってくれるとのことで、僕はそのまま学校を出た。
それなりに長い時間を職員室で過ごしたから、もう日は傾いて夕方になっている。
ツバキはもう目が覚めている頃だろうか。
昼の時間は終わり、夜の時間が始まる。
吸血鬼の時間が始まる。
ツバキと僕の時間が始まる。
●
「お帰りシキ! どこ行ってたの?」
「ああ。学校に……」
「え! 学校!? 学校行ってきたの!」
ツバキがぐいと顔を近づけ、不安げに眉が下がる。
「や、やっぱり。シキも毎日学校に行きたいの?」
僕が学校に行きたいと思い込んで、不安を抱いているのだろう。
僕が学校に行くならば、僕と一緒にいられる時間が減ってしまうんだから。
安心して、とばかりにツバキの肩をポンと叩く。
「ああいや、学校を辞めるために一回行って来ただけ。もう行く気はないから安心して」
「そう……。ほ、本当に学校行かなくてもいい? シキが本当に行きたいのなら、私止めないから」
実は僕と離れたくないというのに、ツバキは僕の望みを優先して殊勝なことを言ってくれる。
そのことが、嬉しい。
「学校は行かなくていいよ。それよりも、僕はツバキと一緒にいたい」
「そう……。そうなの。ふふ。もう、シキったら私のこと大好きなんだから」
僕の言葉を聞いて、ツバキは嬉しそうにニコニコと笑う。
「ああ。そうだよ。僕はツバキが大好きなんだ」
彼女がからかっていることはわかっているが、僕はあえてツバキの言葉を肯定する。
僕が顔を真っ赤にして否定するだろうと想像していたツバキは、その言葉に一瞬きょとんとした。
「どうしたの? 驚いているようだけど」
「な、なんでもないわ。まったく。シキったら、またふいうち……」
「家ならしていいんでしょ?」
「そ、そうだけど。心臓に悪いわ。嬉しいけどっ」
ツバキはそう告げた後、僕に向かって唇を突き出す。
キスしてほしいの合図だ。
「おかえり。シキ」
「ただいま」
そしてこの一週間、なんどしてきたかわからないキスをする。
数秒間唇をくっつけ、そして離す。
「学校には行って来ただけ? 友達と会ってきたの?」
「いや。先生に退学するって伝えただけで、別に友達とは会ってないよ」
「ふうん。他には誰か会ってきたの?」
「他には――」
一瞬、父親の姿が思い出される。
しかしそれもすぐにかき消えた。
もう僕には関係のない人だ。
「誰にも会ってないよ。学校に行って来ただけ」
「そう。それならいいわ。あ、シキがいない間に、私料理をしてみたの。食べてくれる?」
「料理できるんだ。嬉しいよ!」
「ふふ。まだ学んでる途中だけどね。でも、シキに美味しいご飯をいっぱい食べて欲しいから、腕によりをかけて作ったわ」
キッチンの方から漂ってくる美味しそうなにおい。
ああそういえば。
誰かの手料理を食べるというのは、産まれて初めてのことだ。
「いまから仕上げをするからちょっとまっててね。そうしたら――きゃっ」
キッチンの方に戻ろうとするツバキを、僕は後ろから抱きしめる。
「シ、シキ?」
「ツバキ。ありがとう」
嬉しくて。
愛おしくて。
ツバキのことをぎゅううっと抱きしめる。
「大好きだよ」
「もう。そんな料理くらいでおおげさよ。……いえ、そう。そういうこと」
何かに納得したように、ツバキはうなずいている。
?
どうしたんだ?
なにが「そういうこと」なんだ?
「これはあれね、料理によりも先に私を食べたいっていうこと?」
ツバキはお腹に回した僕の手を両手で包み込む。
「もう。シキったらほんとに私のこと好きね。昨日もたくさんしたのに。しょうがない子」
ツバキは嬉しそうに言葉を弾ませながら、両手で包み込んだ僕の手を撫でる。
「…………」
僕が彼女を抱きしめたのは別にそう言う意味ではない。
ツバキは勘違いしているけど。
でもその勘違いは、僕にとっても歓迎すべきものであった。
うんまあ。
僕も男の子だからね。
「ここはリビングだから。寝室に行きましょう? あ、先にシャワー浴びる?」
「いや。寝室に行こう」
ツバキのお腹に回していた手を解いて。
彼女の手を掴んで寝室へと向かう。
この広くてたくさん部屋のある家で、寝室まで行くのにも随分なれた。
「ツバキ。今夜は寝かさないから」
「私は吸血鬼よ。夜には寝ないわ?」
僕の冗談に、ツバキは笑いながらそう答える。
寝室に着いたツバキは僕を押し倒し、上に乗っかり首筋に口をあてがう。
「シキ。私、あなたのこと大好きよ」
「僕もツバキのこと大好きだ」
ツバキは首にカプリと牙を立て、僕の血を吸い始めた。
僕とツバキの、長い夜が始まる。
完
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お読みいただきありがとうございました。
今作はこれにて終了です。
明日より別作品の投稿をいたしますので、そちらもお読みいただけると嬉しいです。
僕は吸血姫の眷属になる 沖田アラノリ @okitaranori
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