第41話 絶望のロジェと警戒を強める帝国

「えぇぇぇ~やだあぁ。道で人が死んでるぅぅぅ~」

「もぅ~清掃員よんできてぇぇ~」

「あなたが呼んできなぁさいよぉ~」


 随分と遠くで野太い男声のオネエ言葉が聞こえる。


「貴方達、本当に死んでいるのか確かめたの?」


 聞き覚えのある声……。足音が近くへ寄って来た。


「ちょっと貴方、大丈夫。って、ロジェじゃないの!! なんで地下街の地面に転がっているのよ!!」


 声の主はブーマーだった。俺を地面から抱き起し、土埃を払う。


「ちょっと! しっかりしなさいよ! 一体、何があったのよ!」


 ブーマーは正面から俺の肩を持ち、揺らしながら尋ねる。その背後には、ブーマーの仕事仲間、同性愛者向けの風俗店で働く男達も集まってきていた。


「お、俺はエルルちゃんに嫌われてしまったかもしれない……」

「貴方、何かやったの?」

「クラーケンの触腕からお風呂セットを作り、贈った」

「えっ……!?」


 ブーマーと仲間達が驚きの声を上げる。


「やっぱり駄目だったか……」

「そ、そんなことないわよ! クラーケンのお風呂セットって文字面が強すぎただけよ! いったい、どんな効果のあるギフトなの」


 一応、説明するか。俺は地面に転がっているリュックから、エルルちゃんに贈ったものとおそろいの、お風呂セットを取り出した。


「椅子と桶、そしてジェットバスと名付けたこぶし大の魔道具の三点だ」


 ブーマーと仲間達は怪訝そうな顔をしている。続ける。


「椅子と桶は触腕の硬い部分を削って成型。ジェットバスについては触腕の中にあったスキルの込められた石を利用して作成した。石には【水操作】のスキルが込められているので、魔力を籠めて【水操作】をイメージすると、自由に水を動かすことができる」

「使い方のイメージが全くわかないわ……」


 ブーマーが困惑している。ギフト開封配信の時のエルルちゃんと同じ表情だ。


「やっぱり駄目か。エルルちゃんに嫌われてしまったか……」

「それは大丈夫よ!! ロジェのことを嫌いになるなら、イッチャウ配信の時に嫌いになっているわ!」


 肩を強く握り、ブーマーは「大丈夫」と頷く。


「本当に大丈夫か?」

「大丈夫。貴方はもう、とっくにやらかしているわ」


 ブーマーにそう言われると、元気が出て来た。


「そうか。もう、とっくにか」

「ええ。もう、とっくによ」


 俺は丸一日ぶりに立ち上がる。


「ブーマー。何かレアモンスターの情報はないか?」

「今日はこれから仕事なの。ちょっと情報を集めておくから、また今度ね」


 そう言って、ブーマーと仲間達は行ってしまった。俺はクラーケンのお風呂セットを拾い上げ、そのまま地下街の大浴場へ向かうことにした。



#



 ネブラス帝国の帝都。そのまた中心にそびえるのは、帝国の威信を周囲に知らしめる黒い巨城。


 その一室で、金髪碧眼の美大夫と黒いローブの男が円卓に座り、声を潜めて会話をしていた。


「ヴァルドリウス様。前回、国境で我々の邪徒を討った男の正体が分かりました」

「なに……!? たった一人で三年かけた計画を台無しにしてくれた、灰色の髪の仮面の男のことか……!?」


 帝国の第二皇子ヴァルドリウスは俄かに額に血管を浮かせ、物凄い形相で黒いローブの男を睨みつける。


「はい……。男の名はレンヤ。最近、王国の冒険者ギルドにA級冒険者として登録された男です」


 少し間を置き、冷静になったヴァルドリウスは考え込む。 


「なぜ、仮面の男はこのタイミングで正体を明かしたのだ?」

「二つの狙いがあると思われます。」


 ローブの男は言葉を溜めた。そして吐き出す。


「一つは国威発揚。もう一つは……」

「続けよ」


 ヴァルドリウスは促す。


「挑発です。王国の冒険者ギルドには邪徒を簡単に葬るような男が所属しているぞ! と」

「つまり、帝国側が手を出せば、対応する準備が出来ている。ということか」

「いえ。私は逆だと考えます」


 ローブの男の目つきが鋭くなる。


「そもそも、王国の冒険者ギルドに所属する二人のS級冒険者の話がまったく出ないのがおかしいとは思いませんか?」

「確かに……」

「王国は最高戦力である筈のS級冒険者をコントロール出来ていないのです。それを誤魔化すために、レンヤを表に立てたに過ぎません。内心は邪徒や魔王の来襲に震えているのです」

「力を示すには、今がチャンスということか。しかし、我々にも今は手がない……」


 ヴァルドリウスの言葉に、ローブの男は首を振った。


「飛び切りの手があります」

「随分と悪辣な顔付きになっているぞ。申してみろ」

「先ほど話した王国のS級冒険者の一人が、帝国側に転びました」


 それまでずっと険しかったヴァルドリウスの顔が急に緩む。


「それは本当か? 一体、どうやって?」

「自らやってきたのです。『邪徒』になりたいと」

「力を得たい。ということか?」

「はい。おっしゃる通りです。ヴァルドリウス様。ご決断を」


 ヴァルドリウスは一瞬目を瞑った後、静かに告げた。


 S級冒険者の「邪徒化」を許可すると。

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推し活に励む底辺冒険者、毎回レア素材を貢いで実力者をざわつかせる フーツラ @futura

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