【短編】優しい
ずんだらもち子
優しい
A氏は優しい人だと専らの評判だった。
彼の周りにはいつも笑顔が溢れている。
それはA氏が優しいからに他ならないだろう――そう誰もが信じて疑わなかった。
誰かが頼めば手を貸してくれて、誰かを怒ってるところを見たことがない。
誰に対しても同じように接し、誰の話にも耳を傾ける。
花が咲けば笑い、花が散れば涙を流す人だった。
定年後も、A氏を尋ねる人は多く、皆が彼のことを気にかけていた。
しかし、いくら優しいとはいえ、寄る年波には勝つ手段にはならず、A氏は老人ホームへ入ることを医者より勧められる。そんな風に気遣われるのもA氏の人柄ゆえかもしれない。
A氏もまた、「誰かに迷惑をかけたくない」、そう言って、医師の勧めに従った。
やがて、A氏のもとへケアマネジャーが訪れる。
「ここなんてどうですか?」
開かれたパンフレットに載っていた建物は、真新しいものとは言えなかったが、清潔感のある建物だった。
「介護のスタッフの方もみんな優しいし、Aさんのお人柄にも会うと思いますよ。今なら空きもあるみたいですし」
しかし、A氏は首を横に振る。
そして、ケアマネジャーがいくつか取り出していたパンフレットの、一番端の物を指さす。
「ここですか? 確かに新しいですが、色々実験的なことをされてるので、まだ不透明なことも多いですよ?」
そんな言葉を耳にしながらA氏はパンフレットを読み耽り、数日後、その施設へ申し込んだ。
『Aさん、お食事の時間です』
介護スタッフにそう声をかけられて、A氏はにこりと皺にまみれた笑顔を返す。
スタッフに見守られながら、震える手でご飯を掬って食べる。
『Aさん、入居されて2週間が経ちますが、ご気分いかがでしょうか?』
「あぁ、とっても落ち着くよ。いつもありがとうね」
『こちらこそありがとうございます。アンケートになりますが、Aさんは数ある老人ホームの中から、どうしてここの施設を選んでくださったのですか?』
「ほっほ……。なぁに、簡単なことじゃ。人は信用ならないからね。君たちの方がよっぽど安心できるだけじゃよ」
【短編】優しい ずんだらもち子 @zundaramochi777
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