エピローグ ラウルとオズヴァルト、孫育てをする

 ソフィアは目を閉じ、呼吸を整え、精神を統一させた。


 足を肩幅ほど開いて、片足を前に出す。手は引き、腰をひねり、親指をしっかりと握り込む。


「はッ!」


 空気を切り裂いて、衝撃が吹き荒れた。ただ拳をまっすぐ突き出しただけなのに、風圧だけで人を薙ぎ倒せそうな凄まじさだ。


「いいぞ、ソフィア。その調子だ」


 褒めたのはクロエだった。


「拳には力を入れすぎるな。手だけでなく、腹筋や背筋を使ってしっかり力を伝えるようにしろ」


「はい! お師匠様!」


 ソフィアはいつの間にかクロエを師と仰ぐようになった。


 腕力と筋肉量ならばソフィアの方が上だが、クロエには長年、女城主として表舞台で渡り合ってきた経験と貫禄がある。その踏んできた場数や、醸し出す成熟した風格は、語らずともソフィアを惹きつけるものがあったらしい。


 クロエの方も体を張ってアスセナを守り、筋トレに余念のないソフィアに感心したようだった。


 ソフィアはなまじ膂力りょりょくがあるだけに、一打一打に驕りと甘さがあると指摘し、基本の正拳突きからじっくりと教え込んでいる最中である。


「一撃で仕留めるつもりで全力を叩き込め。ソフィアならもっと上を目指せる」


「はい! お師匠様っ!」




◇◇◇




「陛下、それでは失礼いたします」


 ソレル宮中伯がうやうやしく礼をした。


 先王デメトリオの時代にはやつれて骸骨のようになっていたソレル宮中伯だが、今はふくふくと頬に肉を付け、すっかり健康的に丸くなっている。


 先日は娘のプリシラが無事に、誠実と評判の若い貴公子と再婚したこともあり、ソレル宮中伯も肩の荷が下りたような穏やかな表情をしていた。


「わんっ!」


 玉座のそばにぴったりと伏せていたカナルが、起き上がってしっぽを振った。


「うん、カナル。早く行こう」


 エリアスとカナルは連れ立って、城下のレジェス邸へと向かった。


「おかえり、エリアス!」


 門前に迎えに出てきたトリスタンは、エリアスをぎゅっとハグし、髪や額にキスを落とした。


「もう、父上。僕じゃなくて赤ちゃんを可愛がってあげてよ」


「何を言う。可愛い長男が優先に決まっているだろう」


 トリスタンは大きな手でエリアスの金の頭をぐしゃぐしゃと撫で、肩を抱いて邸内へ入った。


 扉をくぐっただけで、もう悲惨な声が聞こえてくる。


「よちよち、じぃじでちゅよぉ!」


「そんなに泣かないでぇぇぇ!」


 ふにゃふにゃとぐずっているのはトリスタンとアスセナの娘。そして赤ちゃんよりも泣きそうになっているのはラウルとオズヴァルトだ。


 先日、アスセナは第二子となる女児を出産した。ラウルとオズヴァルト、両方の祖父の血を引く孫だ。


 二人の祖父は孫娘の誕生に大喜びし、すっかりメロメロのデレデレのトロトロになっているものの、十数年ぶりの孫育てはやはり一筋縄ではいかない。


 エリアスが赤子だった頃より年を取ったこともあり、容赦のない睡眠不足の日々に、祖父たちのライフはもうゼロである。


「ぴえん……全然泣きやまないよぉ……!」


「ぱおん……どうしたらいいのぉ……?」


 ぴえん越えてぱおんになってしまった。


 なだめてもあやしても孫が泣きやんでくれない。悪戦苦闘かつ疲労困憊する祖父たちに、エリアスはすっと手をさし出した。


「おじいさま、オズじぃ。僕に抱っこさせて」


 エリアスは年の離れた異父妹を受け取り、慣れた手つきで抱いて揺らした。


「わふっ! わふっ!」


 カナルがエリアスの手元をのぞきこんで優しく吠えると、赤子はすぐに泣きやんだ。伸びてきた小さな手の上に、カナルがもふもふの肉球をぽふっと乗せる。


 カナルに「お手」をされてにこっと笑った妹の、つぶらな目が兄を見上げた。よく似たラピスラズリの瞳がお互いを映す。


 トリスタンとアスセナは幸せそうに兄妹を見守り、ラウルとオズヴァルトは「「孫たちしか勝たん……」」と感涙し、エリアスは愛しげにささやいた。


「よしよし、いい子だね。お嫁には行かせないからね」


 希代の少年王にこよなく愛される王妹おうまいが、アンバル王国の影の最高権力者とささやかれるようになるまで、時間はかからない。







End.



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娘が婚約破棄されたので、職務放棄して孫を育てた結果 sana/朝森さな @s_a_n_a

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