第30話 Re:Light
そしてRe:Route跡地の中心には、仮設の建物が立っている。
プレハブの小さな建物。
入口の前には、まだ仮設のままの手作り看板が立てかけられていた。
【Re:Light(リ・ライト)センター(仮)】
被害者たちの心と身体を癒すための、リハビリと支援を目的とした場所。
かつて“奪うため”に使われたこの地を、今度は“取り戻すため”に変えていく。
「……まだ、“仮”だけどな。」
真生は小さく、笑った。
地面に立つ足元を見下ろす。
一緒に戦った仲間たち――奏太、アイ、達臣、瑠宇、真咲。
彼らと支え合いながら、ようやくここまで来た。
誰かを救いたい。
奪われた命に、少しでも報いたい。
そう願い続けて、辿り着いた場所だった。
(本当は、もっと立派な建物を建ててやりたかったけど……。)
でも、形なんて関係ない。
大切なのは、ここに来た人たちが、もう一度前を向けること。
かつて「奪われた場所」を、「癒しの場所」へ変えること。
かつてここで、どれだけ多くの悲しみが生まれたか、知っている。
奏太を、アイを、そして自分自身をも呑み込もうとした闇。
その闇を、仲間たちと一緒に、ようやく乗り越えた。
ここで、人の命を弄んでいた奴らを倒し、ここで、仲間を救い、ここで、もう一度、未来を取り戻した。
(だから――ここから始めたいんだ。)
真生は、手にしていた看板を丁寧に立て直した。
強い風が吹いても、倒れないように。
たとえ、建物が立派じゃなくても。
たとえ、まだ名前だけの場所でも。
ここに来る誰かを、必ず支えられる場所にしたい。
血を奪われ、命を弄ばれ、未来を踏みにじられた人たちがいたこの場所。
Re:Routeが「命を搾取する場所」だったのに対して、Re:Lightは「命と未来を取り戻すための場所」にするんだ。
(まだ、たいしたことはできないかもしれないけど。)
それでも。
たとえ小さな一歩でも、自分の手で誰かを救えるなら。
それが真生にとっての償いであり、誓いだった。
「……仮って、いる?」
達臣が苦笑しながら、看板を指さした。
「いーじゃん。ちゃんと完成したら、外す予定なんだし」
真生が照れくさそうに笑う。
隣では、瑠宇が手持ちのカメラでぱしゃりと音を立てた。
「記録しとく。未来のために」
「未来、ね……。」
達臣はふと、遠くを見つめた。
目の前には、いつもと変わらない春の景色が広がっている。
けれど、そのすべてが、かけがえのない「これから」に思えた。
「“Re:Light”って、やっぱいい名前だよ。」
達臣が呟く。手作り看板に刻まれたその言葉を見ながら、目を細めた。
「最初聞いたときは、“ライト?”ってピンとこなかったけどさ。今は、すごくしっくりくる。“もう一度、光を灯す”って感じ。……暗いとこにいた俺らがさ、今こうしてここにいること自体が、まさに“Re:Light”じゃん!」
真生は黙って頷く。横で瑠宇がペンを回しながら、ぽつりと口を開いた。
「俺たちは、ずっと地下にいたようなもんだった。……出口も、空も見えない場所に。けど、こうして光の下で話してる。それだけで、なんていうか……新しい始まりが来た気がするんだ。」
彼の声は低く、だが芯があった。
その声に呼応するように、真咲が目を閉じる。
「“Re:Light”。うん……私は、この名前、好きよ。」
「本当か?」
と真生が少し意外そうに尋ねると、真咲はうっすら笑って頷いた。
「最初はね、正直ちょっと恥ずかしかった。“希望”とか“再生”とか、そういうまっすぐな言葉って……裏側ばっかり見てた私には、まぶしすぎたから。」
彼女は窓の外を見つめながら、静かに続けた。
「でも、今ならわかる。誰かの中に、光をともすって……勇気がいることなんだって。その勇気を持った人がいるなら、その名前に意味を持たせる価値はある。」
言葉を区切り、真咲は真生のほうを見た。
「……あなたが、そういう人だってこと、もう知ってるしね。」
真生は不意を突かれたように目を見開いたが、すぐに照れ隠しのように頭をかいた。
「……そ、そんな大層なもんじゃないよ。俺は……ただ、みんなが“ここで生きてていい”って思える場所をつくりたくて。」
達臣が笑った。
「それが“Re:Light”ってことだろ? ……いいじゃん。“光の再起動”って、厨二っぽくて最高じゃん!」
「そこまで言ってない。」
「いいの! そっちの解釈もアリ!」
わいわいと盛り上がる中、瑠宇がふと手を止めた。
「……でもさ、これって“光をもう一度灯す”ってだけじゃなくて、“誰かの中に残ってる火種を守る”って意味でもある気がするんだ。」
「火種?」
と真生が聞き返す。
「うん。灯した光がまた消えかけたとき、もう一度火を分けてやる。……それを繰り返せば、きっと誰かが誰かの“光”になっていける。そういう意味でも、“Re:Light”は……俺たちの象徴だよ」
その言葉に、部屋が少し静かになる。
沈黙は不安ではなかった。
それぞれの胸に、小さな火が確かに灯っていた。
「……この名前にして、本当によかったな。」
真生が、少しだけかすれた声で言う。
「施設の名前だけじゃない。ここに来る人たちの希望、俺たち自身の再出発……全部込めたつもりだった。でも、今こうしてみんながそう言ってくれて、本当に……嬉しい。」
達臣が、軽く頷いた。
「じゃあ、さっさとロゴ決めようぜ。俺、フォントとか調べておいたから。」
「え、ほんと?」
「“Light”の“i”の点を、小さな焔にする案があんだけど……。」
「いい! それ、すっごくいい!」
「……光は小さくても、見失わなきゃ意味がある。そんな気がする。」
四人の声が交差し、笑いが漏れる。
“Re:Light”。
それは、闇に閉ざされた場所から這い出てきた者たちが、自分たちの手で初めて名付ける“明日”の名前だった。
ふと、視線をずらすと少し離れた場所に、アイがいた。
アイを見つけた奏太はアイのほうへゆっくりと歩いていた。
杖も持たず、自分の足で。
まだ長距離は無理だが、今日くらいは、と医師に許可をもらって外に出たのだった。
風に揺れるロングコート。
無表情に見えるその顔も、どこか前よりやわらかくなっている気がした。
アイもまた、ここまでの時間を、生きてきたのだ。
奏太は立ち止まり、小さく息を吸った。
「アイちゃん。」
呼びかけると、彼女は顔を向けた。瞳が少し見開かれたあと、すぐに静かな光に戻る。
「……調子は、良さそう」
「うん。なんとか歩けるようになったよ。まだ転びそうだけどな」
少し笑ってみせると、アイのまぶたが一瞬だけやわらかく下がった。それが彼女なりの、安心の表現なのかもしれないと、奏太は思った。
二人は並んでベンチに座った。しばらく沈黙が続いたが、不思議と重苦しさはなかった。
そして、奏太がゆっくり口を開いた。
「……俺、あのとき、ずっと夢を見てたんだ。暗くて、動けなくて、でも……誰かの声だけが聞こえてた。」
アイは、黙って耳を傾けている。
「その声がさ、たぶん、君だった。何を言ってたのかは、ちゃんとは覚えてない。けど、やさしかったんだ。……誰にも縋れない時間の中で、たったひとつの灯みたいだった。」
アイは視線を下げたまま、風に髪を揺らしていた。
「だから、伝えたかったんだ。――ありがとう。俺を助けてくれて、本当にありがとう。」
その言葉は、まっすぐだった。まるで、自分の命のすべてを込めるような、真っすぐな感謝だった。
アイは目を伏せたまま、小さく首を横に振る。
「私は……あなたを救ったんじゃない。あのとき、選択肢なんてなかった。ただ――逃がす、って決めただけ。……あなたの声を、思い出したから。」
「声?」
「夢の中で、聞こえた。誰かが泣いてる声。誰かが、生きようとしてる声。……それが、あなたの声だったって、あとで気づいた。」
アイはそこで顔を上げた。
少しだけ揺れるまなざしの中に、何か確かなものが宿っている。
「だから、助けたんじゃない。ただ、私も――助けられたの。」
奏太は目を細めた。
そして、ふと小さく笑う。
「なんだ、それ。……似た者同士ってことか。」
「そうかもね。」
ふたりの笑みが、ふと重なる。
何も強がらず、何も取り繕わずに、素直な気持ちで微笑み合うことが、これほど自然だと感じられる日が来るなんて――かつての彼らには、想像もできなかった。
奏太は小さな花束を持ち、アイにそれを差し出していた。
アイは、驚いたように目を丸くしたあと、ゆっくりと受け取った。
「アイちゃんはこれからどうするの?」
アイは花束を胸に抱えたまま、一度そっと瞼を閉じ、それから真っ直ぐ奏太を見た。
「……ここで、人間として生きていきたい。」
アイの声は、はっきりしていた。揺らぎも、迷いもない。
「まだわからないことばかりだけど――勉強して、働いて、誰かのために、役に立てるようになりたい。」
「……そうだね、僕たちと一緒にこのRe:Lightで!」
奏太は全力でうなずいた。
その笑顔に、アイもつられるように笑う。
かつて、あの暗い施設で、生きる意味すら持てなかった少女が、
いまここで、未来を語っている。
「きっと、大丈夫だよ。だって、アイちゃんは心もすっごく、強いから。」
奏太の何気ない言葉に、アイの胸の奥で、小さな光がともった。
生まれて初めて、自分が誰かに、まっすぐ信じてもらえた気がした。
そのとき。
「アイ。」
少し離れたところから、真生が歩いてきた。
達臣、瑠宇、そして真咲も、その後ろに続く。
5人が自然と輪を作るように、アイのもとに集まった。
真生が、静かに手を差し出す。
「ここから先は、俺たちが作る世界だ。」
アイは、差し出された手を、まるで何かを確かめるように見つめた。
その手は、あたたかそうだった。
信じてもいいんだと、心から思えた。
アイは、ぎゅっとその手を握り返す。
「……うん!」
小さな声だったけれど、
その一言に込めた想いは、誰よりも強かった。
アイは、もう孤独じゃない。
恐れも、痛みも、すべてを抱えて――それでも前を向く。
人間として、仲間たちと共に。
達臣が、ぽつりと冗談めかして言った。
「……はは。こりゃ、俺らも負けてらんねぇな。」
「ああ。みんなで、頑張ろう。」
瑠宇が、カメラ越しに微笑む。
真咲も、そっと、後ろで頷いた。
未来は、きっと簡単じゃない。
傷も、後悔も、これからだってあるだろう。
それでも――
5人の笑顔は、迷いなくひとつだった。
春の風が吹き抜ける。
花びらが舞い、まだ未完成なこの場所に、かすかな希望の色を添える。
誰かのために、手を伸ばす。
誰かの痛みを、分かち合う。
そんな当たり前のことが、こんなにも尊くて、こんなにも難しい。
でも、彼らは知っている。
あの日、命を懸けて繋いだ絆が――
この先、何度でも、彼らを立ち上がらせるということを。
だから、きっと、大丈夫。
だから、もう――
独りじゃない。
真生は、静かに息を吸い込み、
まだ誰もいない新しいドアを開けた。
そこから始まる、新しい未来へ――。
Re:Light 天海 夢 @dream_pink
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