CASE2.スラム街の切り裂き魔

第二十四話【フィーンベル海恵祭にて】

魔物討伐管理組合ギルド裏手にある職員用の宿舎に荷物を預け、シノンとパティは早速フィーンベルの街に繰り出した。

リオは仕事があるから、と魔物討伐管理組合ギルドに戻っていき、二人は自由行動を許されていた。


カンカン、と何処からか鍛治の音が聞こえ、

ギルドのグラウンドの方からはアカデミーの生徒の掛け声と魔法の音が風に乗って運ばれてきていた。


「さて、どうしよっか。今日は好きにしていいって」

パティが伸びをしながらシノンに尋ね、そのまま通りを歩き出す。

シノンは黙ってその後を追った。


フィーンベルは大きい街だった。

リオによると街は全長五〇〇〇メートルほどあるらしい。ギルドは街の北西側に位置するらしく、その敷地は、実に街全体の六分の一くらいの広さだそうだ。

シノンたちは今、そのギルドの近くの通りを、街の北東側にある港の方角に向けて歩いていた。


「あぁ、やばい……海の匂いすら腹を刺激する……。あぁ……あの建物、食パンみたいだな――」

ぐったりと腰を折り、腹を押さえながらシノンが言う。

「確かに、お腹減ったよね――朝に馬車で簡易食料を食べたっきりだし。食べ物探しに行こうか」

パティがそう提案する。


「ん――?」


すると――ジューシーな匂いが、シノンの鼻先をふんわりと掠めた。

「待て、パティ。どこかから何か……タレ感のある匂いが――」


「え? そんなのする――?」


「こっちだ――!」

一目散に匂いの方向に向かって走るシノン。


「いや、早ッ――! シノン待ってってば!」

遠くからパティの声が追いかけてくるが、もうすでにシノンの頭の中はまだ見ぬ“旨味”に支配されていたのだった。


* * *


ギルドの前の通りを抜けて、港への入り口に差し掛かる手前、大きい公園がシノンの前に姿を現した。


「う……うぉぉ、これは――」

そこには、色鮮やかな出店が立ち並び、親子や観光客、様々な人々がひしめき合っていた。


「す、すごーい。屋台かな? たくさんの食べ物の出店が並んでる……」

後ろから追いついてきたパティが、公園内を見渡しながら感嘆の声を上げる。

シノンは、目を輝かせながらそこに並ぶ屋台を見渡す。


煙の匂いと、甘辛いタレの匂い――

そこに果実や菓子の甘い香りが混じり合い、鼻先を刺激する。

「うわぁ――“ふわふわわたあめ”だって。なんだろう! あっ、見て! ムーンシェイド名物のきのこ焼きだ! 風渡名物の小判焼きもある! すごいすごい!」

村から出たことのないパティも、両手を胸に当てながら初めて見るもの達に感嘆の声を上げた――


その瞬間――

「いくぞパティ――戦闘開始だ」


背筋をピンと伸ばし、シノンが前を見据えた。

そして、いくつかの店に狙いを定めると――そのままパティの腕を引き人混みに突っ込んでいく。

「ちょちょちょ! シノンぶつかるぶつかる! あぁ……すいません! うちのシノンが――!」

強引に突っ込むシノンに腕を引かれながら、ぶつかる人に謝り続けるパティ。次第に海が割れるように人が左右に退いていく。


そしてシノンはそのまま次々に屋台に並んでいった。


「これをくれ!」「あと、これと――よし、それもだ!」

「あっ、それも! いや、待て、やっぱり両方だっ!」

「こっちの肉と――それと、そこの、なんか丸いやつ!!」


屋台を回りながら次々と食べ物を買いまくるシノン。

そして――財布の中身と、暴走するシノンの後ろ姿を交互に見ながらパティは苦笑いをするのだった。


* * *


両手いっぱいに食べ物を抱えながら、二人は公園の隅にある飲食スペースのような場所に腰を落ち着けた。


食べ物を目の前にしてご満悦な顔をシノン。

両手を胸の前で合わせると小さく「いただきます」と言い、早速食べ物を口に運んでいく。

「うううううう――っまい!!!」

くぅぅ――とぎゅっと目を瞑りながら幸せそうに声を上げる。

そして、たっぷりの脂の滴る肉串を頬張りながら、無言でパティに食べ物を差し出す。

「シノンはほんと食べ物のこととなると突撃角豚並の猛進っぷりだね――」

人混みでボサボサになった髪の毛を撫で付けながらパティはシノンに差し出された“ふわふわわたあめ”を受け取る。

「わぁ、これ美味しい! ――砂糖で出来た雲みたい。んんんん。溶けていく〜」


シノンは次々と食べ物を頬張りながら、パティが食べ終わると何も言わずに新しい品を差し出す。

物凄い速度で食べるシノンと、ゆっくりと味わうように一つずつ咀嚼していくパティ――


そして、シノンは最後のきのこ焼串をパティに差し出す。

「いいよ。シノン食べて。あたしお腹いっぱい」

それを受けて嬉しそうに目をキラキラさせるシノン。

「いいのか?」

うん、とパティが頷くと、シノンはそれを一気に平らげた。

「「ごちそうさまでした」」

ふたりは手を合わせて丁寧に挨拶する。


「ふぅ、お腹いっぱい。シノンは満足した?」

「あぁ――最高だった……」


怒涛の時間が終わり、静かな時間が訪れる。

潮風が頬を撫で、祭りの喧騒が耳の奥に届く。

肉を焼いた煙の匂いと、甘い焼き菓子の匂いにシノンたちは祝祭の高揚感を感じていた。


満腹感に包まれながら、シノンは改めて公園を見回す。

これは何かの祭りなのだろうか、公園内はたくさんの人で埋め尽くされていた。

「フィーンベル海恵祭だって。ちょうど大漁の時期なのかな――あれ? なんだろう」

パティが目線をシノンの先に送る。それに釣られてシノンもそちらを見やる。

すると、公園のさらに隅の方で耳の尖った――幻魔族の少女が、人間族の子供達に囲まれているのが目に入った。

「うーん、ちょっと嫌な感じだね……」

パティが眉を歪めて言う。

「なんだ? 喧嘩か?」

「わかんない……けど、なんとなく嫌な感じ」

見ると、直接的に何かしているわけではないが、複数の子供達が怯える幻魔族の少女に何か言っているように見える。

「ここからだと何を言っているのかわからないな……」

喧騒に紛れて――パティの言うように、そこから少しだけ嫌な雰囲気を感じ取る。鼻の奥が少し疼いた。

パティが、そちらに向かおうと立ち上がる。

シノンもそれに続こうとすると――

「あ――」

子供達はそこから立ち去っていく。残された幻魔族の子も、とぼとぼと歩いていく。

「行っちゃった……」

「気になるな――」

しかし、それ以上は自分たちに出来ることはないと察し、シノンはその背中を見送りながら頬をかいた。


「あ、シノン見て!」

パティがそんな空気を変えるかのように明るく公園の奥の方を指差す。

「展望台がある! 登ってみよう!?」

シノンは平らげた食べ物のゴミを両手に抱えると、ぱたぱたと展望台の方に向かうパティを追って行く。


ふと――先ほどの幻魔族の子がムーンシェイドにいた頃のパティと少しだけ重なった気がした。


シノンは、もう一度だけ少女が歩いて行った方向を振り返る。

そして、胸の中に仄かなざわめきをを感じながら、シノンはパティの元へ駆けていくのだった。

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幻想都市伝説解体録 月尾兎兎丸 @tsukio_totomaru

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