第二十三話【異象解明局、略してイカ局・後編】
「……
シノンが小さく問い返す。
「先ほどもちらっと言いましたが、ギルドのネットワークに接続するための刻印です。あなた達の情報をアルカナ経由でデータベースに送るための機能。これがあればAN端末を利用した通話や、ギルドの設備なんかも使えます」
シノンはいまいち理解できない――といった顔で首を傾げる。
見ればパティも似たような顔をしていた。
「まあ、要は身分証明だと思ってください! 細かいことは追々と」
軽く説明を終えると、リオは軽く咳払いをひとつして、手元の端末に指を滑らせた。
「さて! 君たちが“正式なギルド職員”として、アルカナリンクに接続される瞬間です。
これから使う装置で、魔力の波形を読み取って、ネットワークと個人を結ぶ“刻印”を生成します!」
机の端に置かれた小型の装置が、淡い光を放って起動した。
「ちなみに刻印は人によって形も色も変わります!
魔法性能――つまり魔力計数や属性適正なんかもある程度、可視化できるんですよ!
よーし、じゃあ順番にいきましょう――まずは、パティちゃん」
「えっ、あたしから!?」
緊張した面持ちでおずおずと立ち上がるパティ。
「大丈夫。痛くありませんよ。ここに手をかざして、魔力をほんの少しだけ流してください」
リオの指示どおり、パティが手を伸ばす。
――その瞬間だった。
「おおっ!?――おおおおおお……!?」
リオがのけぞりながら感嘆の声を漏らす――
ぱぁぁっ、と。
彼女の胸元の内側から、爆ぜるような光が弾けた。
強烈な紫が、まるで“心臓そのもの”の拍動に呼応するように、脈打ち、膨れ、広がっていく――。
まばゆい光は、服の隙間を通してなお、部屋中に満ちた。
「……え、なに、これ……」
パティが驚いて胸元を押さえる。けれど、そこには何も刻まれていない。
リオは感嘆の表情を浮かべながら、装置の読み取り盤を覗き込んだ。
「なんという魔力量……!」
子供のように目を光らせるリオ。だが、ふと我に返ったように「はて?」という顔をする。
「……出てきませんね、刻印が」
彼は小さく首を傾げながらも、装置の表示に目を凝らす。
「あー納得。たぶん中にアルカナそのものがあるせいですね。反応が内で済んじゃって、外に刻印が出なかったのかと!」
「えっ? な、なにそれ……変ってこと? ていうか……すごいってこと?」
パティは戸惑い半分、期待半分の顔で言った。
「端末の数値では――」
一拍、置いて。
「
リオは、目を見開いたまま、思わず息をのむように続けた。
「いやぁ……これは、規格外ですよ」
「規格外……?」とパティが首をかしげる。
「えっとですね。
聞き慣れない言葉に首を傾げるパティ。
シノンも、ぼーっと聞き流すように聞いている。
「まあ……つまり
思わず身を乗り出すパティ。
「じゃ、じゃあ……すごいってことで、いいんだよね?」
ほうほう、と今度は少し得意げに頷いた。
「魔力はスタミナみたいなものですね。無くなれば疲れます倒れます。ぬるぬる様に魔力を取られたパティちゃん、覚えてますよね? あんな感じ」
それならなんとなくわかるぞ、とシノンは頷く。
パティは自分の胸元にそっと手を当てると、まだそこに微かな鼓動のようなものが残っているようだった。
「よいしょっと……うん。システムの方でも、ちゃんと登録されてますよ。接続も完璧です。魔力計数は……【Xランク】とでもしておきましょうか」
先ほどの書類の魔力計数の欄に【X】と書き込むと、パティに微笑むリオ。
同時に端末の接続を解除すると、パティの光がふっと消えた。
「じゃあ次、シノンくん――いってみよー」
シノンはただ静かに立ち上がり、一歩一歩踏みしめるように近づき、無言で装置に手をかざす。
ふっ――と
魔力を流した、その刹那――
彼の右手の甲に、ふわりと虹色の光が咲いた。
七色の文様が、まるで花が開くように、幾何学的な曲線となって浮かび上がる。
ゆらゆらと揺れるように光が踊り、その手に宿っていた。
光の大きさはパティほどではないものの、その色合いは神秘的で、どこか“理の外側”を感じさせる異質さを帯びていた。
「うわぁ……綺麗……」
思わず、パティが息を漏らす。
リオもその光を見て、言葉を失った。
「これも……見たことがないな……複属性? いや、それだけじゃこんな挙動にはならない。これは“属性の外側”にあるなにか……か」
端末の表示に目をやったリオの眉がぴくりと動いた。
「波形:非標準型。属性:分類不能。魔力計数【Bランク】――」
リオが数値を見て、ふと小さくうなる。
「ふむ、魔力計数は【Bランク】ですね……数字だけ見れば高くはないんだけどね」
パティがきょとんとした表情で首をかしげる。
「え? それって、低いの?」
リオはすぐに補足するように言葉を続けた。
「魔力計数っていうのは、魔力の総量と――あと、
そう前置きしてから、リオは指を折って続ける。
「分類は、上から順に【S】【A】【B】【C】【D】【E】の6段階。わりとざっくりした基準なんですが……魔法が使えるほどの
「【D】は最低限の魔法処理ができるライン。そこから先は、ランクが上がるほど魔法の“出力”が高くなって、“複雑な処理”も可能になっていきます」
「まあ、アルカナ処理を精霊に頼る光魔法使いにとっては魔力計数はそこまで重要なものじゃないですね。あくまで目安です。
ちなみに、魔力計数は“魔力量と
シノンがちんぷんかんぷんな顔をしているとリオが一言添えた。
「とはいえ――この辺り、特に理解していなくても大丈夫です! ランクで魔法の力がなんとなくわかりますよってくらいの理解で!」
安心したように頷くシノン。
そして、読み取り盤に目を戻したリオの声が熱を帯びる。
「しかし――この波長……常に変動しているのに、出力は安定してる。“属性”の分類がまったく通用してないのに、暴走してない。普通は破綻するレベルだよ」
リオのメガネの奥が、興奮できらりと光った。
「んんんん――!! これはすごい。ほんとすごいぞ……! 規格外というか、あえて言うなら“定義外”ですこれは!」
パティが、そっと息を呑んだ。
「……不思議。……でも、すごく綺麗……」
リオは手元の表示に目を光らせながら、パチパチと端末を操作する。その手は楽器を弾くように軽やかだった。
「これはもう、“特異波形”で登録しておきましょうね!」
バッと!リオはにこやかにシノンに顔を向ける。
「……シノンくん。君の魔力量も、
だが、と言いながらリオは指を差す。
「君の魔力は、“質そのもの”が異常なんです。分類も測定も、意味をなさないレベルで――僕の目に狂いはなかった……」
満面の笑みとともに、
「……よっ! 局長!!」
パチパチと手を叩くリオ。
つられてパティも小さく拍手する。
「……なんか上手く乗せられてるような気がしなくもない」
「はっはっは。いいじゃないですか。とにかくすごいってことです!」
リオは満足げに頷くと、机の上の装置を静かに片付けた。
* * *
「――これで、異象解明局の発足手続き、すべて完了です」
少しだけ興奮が残る口調でリオが締めの言葉を放つ。
その言葉に、張り詰めていた緊張の糸が切れたかのように空気が緩んだ。
「……あ、そうだ。最後にひとつだけ大事な話をさせてください」
リオのトーンが少しだけ真面目な口調に切り替わる――
その空気にシノンとパティも少し姿勢ををただした。
「魔物発生から四年。ギルドの対応は盤石です。討伐局の整備、勇者セイランの活躍もあって、通常の魔物に関しては何の問題もない」
「じゃあ、なんであたしたちが?」
「――問題は、“都市伝説級”の魔物なんですよ」
空気が、わずかに張り詰めた。
「ぬるぬる様、覚えてますよね? あなたたちが発見するまで、まるで表沙汰にならなかった。でも、事件は静かに進行していた。……実は、ああいう未解決事件って、たくさんあるんです。2016年にギルドが設立される、ずーっと前から」
リオの声が、わずかに低くなる。その瞬間、部屋の灯りが、ほんの少しだけ揺らいだ気がした。
パティが息を止め、シノンもまばたきを忘れたように動きを止める。空気が一段階、密度を増したように、耳の奥がじんと詰まった。
「魔物の出現は、ここ最近のはず。でも、ぬるぬる様の都市伝説は、ずーっと昔からあった。何百年も前からですよ」
言葉の奥に、ゆっくりと染み出すような違和感があった。どこかで水滴が落ちたような、遠い音が、聞こえた気がする。
“魔物”は最近の異常ではなかったのか。都市伝説は、ただの作り話ではなかったのか――
「……僕は、思うんです」
リオの声が、わずかに低くなった。
「人類が“知らなかっただけ”で――
魔物は、ずっと昔から、人知れず存在していたんじゃないかと」
ぞわり、と。皮膚の下を風が逆なでしたかのような感覚が走る。
部屋の空気がひやりと冷え、背筋を通って足先まで、薄氷が降りたようだった。何か見えないものに、じっと見つめられているような――そんな感覚だけが、確かにそこにあった。
「それは……確かに、怖いな」
「そこで必要になるのが、“普通じゃない感覚”です」
リオはにやりと笑い、ふたりを順に指さす。
「パティちゃんの嗅覚と直感、シノンくんの精霊との共鳴と、アルカナとの繋がり。それが、この“不可解な異象”を解明する鍵になる――そう、僕は考えているわけです!」
「つまり……普通の討伐とは違うってことか?」
「はい! イカ局――異象解明局の仕事は、“正体のないものをあぶり出し、解き明かす”こと。実体のない“異象”、すなわち“異常な現象”を追い、観測し、根源を明らかにする――それが、君たちの仕事です」
しんと静まる室内に、重みある言葉だけが残った。
パティは、少しだけ強く拳を握る。緊張というより――気持ちを奮い立たせるように。
シノンは黙っていたが、その目の奥には、わずかに灯る光が宿っていた。誰にも言われなくても、それをやるべきだと、どこかで分かっているような静かな決意が。
「あ、そうだ。もうひとつ忘れてました!」
ぽんっと手を叩くとシノンに向き直りリオは言った。
「シノンくんの力――無詠唱魔法の件、これは人に知られないようにしてくださいね。あまりにもイレギュラーすぎます。光魔法はまだしも、こちらは前例が無さすぎる」
「そんなに……?」
シノンが目を丸くしながら尋ねる。
「はい。世の理から外れすぎています。こちらの方は僕の方でも調べておきます。なので、今は絶対に知られないように――」
少し本気の目をしてリオが言う。その声には少し緊張感が漂っていた。
横でパティがごくりと喉を鳴らしたのが聞こえた。
「あぁ、わかった。気をつける」
シノンも真剣に返す。反発する理由もなかった。
リオはその表情を見て、小さく頷いた。
そしてにこりと笑うと、部屋の空気もどことなく緩んだ。
「……さて。今日はここまでにしておきましょう! まずは宿舎へご案内します。その後は自由行動で構いません。詳しい任務の話は、また明日にでも」
リオがひと息つくように言うと、パティが小さくうなずく。
「……うん。ちょっと、どっと疲れたかも」
その隣で、シノンがひとりぼーっと宙を眺めていた……
ふと思い出す。街の入り口――風に乗って香ってきた、あの屋台の香ばしい匂い。焼き上がる何かの甘じょっぱい匂いが、空腹をぐっと刺激してくる。
「腹、減ったな……」
遠くで船の汽笛の音が鳴り響いた――フィーンベルが、高らかに二人を迎えているようだった。
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