第10話
一週間後、運営からの対応が出た。
『配信はしてください』
そんな無慈悲な対応だった。
自分の状況を説明してなお、『それはそれ、これはこれ』と言わんばかりの対応だった。
デビューした時から運営の対応はこうだった。
「……は?」
紗倉は思わず声を漏らした。
何かしらの配慮があるかもしれないと、少しだけ期待していた自分がバカだった。
「ファン目線から見て薄々わかってたけど、結構ゴミだね」
背後で画面を覗き込んでいた大架が、ため息混じりに呟く。
妹の苦労は何となく聞いていたが、ここまで冷たい対応をされるとは思っていなかった。
まるで人間扱いされていないように見える。
「……まぁ、いつものことやし」
紗倉は苦笑しながら、腕を組んだ。
こんなのは初めてじゃない。
デビューした時から、運営は基本的に”利益最優先”で動いていた。
タレントの都合や気持ちは、二の次どころか考慮すらされていない。
「たとえば、ファンクラブの話とかもそうやった」
思い出したように、紗倉は呟いた。
運営はファンクラブを開設したがったが、本人を含めた同期の三人は全員反対した。
「まだ私らの規模じゃ早い」と言っても、運営は「収益を考えると開設すべき」の一点張りだった。
結局、運営が強行し、形だけのファンクラブが作られた。
「企業として金が欲しいのはわかる。でも、こっちの気持ちを完全に無視するのは違うやろ……」
結局、運営にとって自分たちは”商品”でしかないのだろう。
利益を生み出すための駒。
それが分かっていても、こういう場面で改めて突きつけられると、心が冷えていくのを感じる。
「で、どうすんの?」
大架が尋ねる。
運営の対応はどうしようもないが、紗倉自身がどう動くかが重要だ。
「……とりあえず、配信はする。でも、何も話さへんのは逆に不自然やろ?」
紗倉は、ため息をつきながら画面を開き、運営に返信を打ち始めた。
完全に黙っていれば、リスナーは違和感を覚えるし、余計に憶測を呼ぶ。
だからと言って、全部を話せるわけでもない。
『承知しました。ですが、こんな状況ですので配信で全貌を濁しつつも話します。問題ないでしょうか?』
そう送信し、エンターキーを押す。
「……何て返ってくるかやな」(不安と諦め)
紗倉は椅子にもたれかかり、深く息をついた。
きっとまた、薄っぺらい対応が返ってくるのだろう。
それでも、自分の活動を続けるためには、この現実と向き合うしかなかった。
見てくれているファンのためにも、続けるしかないのだと。
しばらくして、通知音が鳴る。
運営からの返信だった。
『可能な範囲でお話しいただくのは問題ありません。ただし、運営や他タレントに関するネガティブな発言はお控えください』
「……まぁ、そう言うよな」
紗倉はスマホを見つめたまま、小さく呟く。
運営の返事は予想通りだった。
「言うなって言われても、隠しきれへんと思うけどなぁ」
紗倉は苦笑しながら、大架の方をちらりと見た。
「どうすんの?」
大架は腕を組み、真剣な顔で妹を見つめる。
「……一応、気をつける。でも、私の状況についてはぼかしながら話す」
「まぁ、そりゃそうか」
紗倉は再びスマホに目を落とし、簡潔に返信を打った。
『承知しました。では、近日中に配信を行います』
送信ボタンを押した瞬間、胸の奥が重くなる。
これで、もう後には引けない。
「何話すか、ちゃんと考えなあかんな……」
紗倉は深く息をつき、机の上で指を組んだ。
リスナーの前では、強くありたい。
弱さを見せるのは簡単だけど、それだけじゃダメだ。
「大丈夫なん?」
大架の声には、心配が滲んでいた。
「……大丈夫やと思う。ちゃんと考えて話す」
紗倉は自分に言い聞かせるように呟いた。
大架が隣にいる。
リスナーがいる。
だから、自分はまだ頑張れる。
数日後、配信の時間が迫っていた。
「ねえお兄ちゃん。配信中にお願いしたいことあるんだけど、良い?」
紗倉はいきなりそう言ってきた。
「?」
大架は困惑の表情をしていた。
「色々と説明するにあたって、お兄ちゃんの存在を公言した方が良いと思うんだ」
「だから少しで良いんだけど、配信上に出てほしい」
「は…?」
大架は思わず眉をひそめた。
「説明するってなると、みんな心配しちゃうと思うから。だから公言した方がいいかなって」
「……お前、本気で言ってんの?」
大架は腕を組み、じっと妹を見つめた。
「うん」
紗倉は真剣な表情で頷く。
「リスナーのみんなに今の状況を伝えるにしても、どうしても『家族の助けがある』ってことは話さないと不自然になると思う。でも、曖昧にすると余計な憶測を呼ぶし……だったら、最初から『兄がいます』って言っちゃった方がいいかなって」
紗倉の言い分は理解できる。
しかし、大架の中にはためらいがあった。
「表に出るのは今回だけだよな?」
「それはもちろん!少しの 声だけ! ちょっとだけ話してくれればいいから」
紗倉は慌てて手を振る。
「お兄ちゃんがいて、私のことサポートしてくれてるって言うだけでも、リスナーは少し安心すると思うんだ」
確かに、VTuberにとって「身近に支えがある」という事実は、ファンにとっても安心材料になるだろう。
だが、大架には一つの懸念があった。
「……俺が『お前の兄』ってバレるリスクは?」
「それは大丈夫。詳しい個人情報とかは絶対に言わないし、『お兄ちゃん』ってだけなら、リスナーも深くは詮索しないと思う」
「……まあ、確かに」
大架は腕を組んだまま考え込む。
妹のために力になれるなら、それが一番いい。
ただ、自分が表に出ることによるリスクもゼロではない。
「……わかった」
しばらく沈黙した後、大架は息を吐き、頷いた。
「俺も手伝うよ。ただし、本当にちょっとだけな」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
紗倉の顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ、タイミングになったら合図するから!」
そう言って、紗倉は配信準備を進める。
大架は少し複雑な気持ちを抱えながらも、そんな妹の姿を静かに見守っていた。
そして、ついに配信が始まる。
配信タイトルは『大事なお知らせ(引退じゃないよ)』
配信にはすでに様々な憶測が飛び交っていた。
――配信開始5分前。
紗倉は深呼吸をして、最後の準備を整えた。
視界の端には、スマホを手にした大架の姿がある。
「……緊張してる?」
「うーん、ちょっとだけ。でも、ちゃんと話さなあかんから」
「そうか。まぁ、やれることやるだけだな」
大架は短く言い、腕を組む。
紗倉が「配信に出てほしい」と言った時は驚いたが、ここまできたら協力するしかない。
「そろそろ始めるね」
紗倉はマイクのスイッチを入れ、カウントダウンを始める。
――3、2、1。
画面が切り替わり、紗倉の姿が映し出される。
背景には、いつも通りのバーチャルな部屋。
コメント欄は、すでに大量の視聴者で溢れていた。
『めるるちゃん、大丈夫!?』
『何があったの?』
『お知らせって、まさか……』
心配する声が次々と流れ込んでくる。
「みんな、こんばんは。桃花めるるです」
紗倉はいつも通りの挨拶をした。
だが、声には少し緊張が滲んでいる。
「えーっと、まず最初に言っておきます。引退とかじゃないので、安心してください!」
この言葉に、コメント欄が少し落ち着いたように見える。
『よかった……』
『でも、やっぱり何かあったんだよね?』
「うん、実は……」
紗倉は今まであったことを濁しながら話していく。
紗倉は、一瞬だけ画面の外に視線を送った。
そこには大架がいる。
「だいたいこんな感じ!色々あってね。みんなも気づいてたかもしれへんけど、ちょっと元気なかったでしょ?」
『確かに、最近元気なかったよね……』
『大丈夫なの?』
「それで、今日はそのことについて。ただ……運営の関係もあって、全部を詳しくは話せません」
『あー……察した』
『運営か……』
リスナーたちはすぐに理解したようだった。
「でも、ちゃんとみんなに伝えた方がいいと思うことは、しっかり話します。だから、最後まで聞いてくれると嬉しいです」
そう言って、紗倉は一度深呼吸をした。
そして――。
「実は、今まで手伝ってくれていた兄がいます」
その瞬間、コメント欄が爆発した。
『え!?』
『めるるちゃん、お兄ちゃんいるの!?』
『初耳なんだけど!?』
『え、ちょっと待って、びっくり……』
「びっくりしたよね。でも、隠してたわけじゃなくて、今まで話すタイミングがなかっただけで……」
コメントは一気に「お兄ちゃん」関連の話題で埋め尽くされた。
『お兄ちゃん、どんな人なの?』
『リアル兄なの?それとも仲のいい兄的な?』
『実は俺もめるるの兄だったりして(冗談)』
「うん、本物の兄やで」
紗倉がそう言うと、コメント欄はさらに盛り上がる。
『ガチ兄かよ!?』
『家族バレ案件!?』
『え、なんか安心した』
「うん。でね、さっき話した通りいろんなことがあって、しんどい時にお兄ちゃんが支えてくれてました」
紗倉は言葉を選びながら話す。
「ちょっと前からメンタルがきつくてね……でも、お兄ちゃんがいてくれたおかげで、なんとか頑張れてます」
コメント欄には、納得したような反応が流れる。
『そういうことか……』
『だから最近元気なかったのか』
『お兄ちゃん、いい人っぽい』
「でね、今日は特別に……お兄ちゃんがちょっとだけ喋ってくれます!」
紗倉がそう言うと、コメントが再び爆発する。
『え!?マジ!?』
『お兄ちゃん登場!?』
『楽しみすぎる』
大架は少しだけため息をついた。
まさか本当にこんな流れになるとは。
「じゃあ……お兄ちゃん、どうぞ」
そう言われて、大架はパソコンの近くに歩み寄っていった。
「……えーっと、初めまして」
低めの落ち着いた声が響く。
その瞬間、コメント欄が騒然となる。
『え、声かっこよくね!?』
『お兄ちゃん、イケボじゃん』
『普通にVTuberデビューできそう』
「いや、俺はそういうのじゃないから……」
大架は少し戸惑いながらも、続けた。
「とりあえず、妹が頑張ってるのは見てたし、最近ちょっとしんどそうだったから、少し手伝ってるってだけです」
その言葉に、コメント欄は優しい雰囲気になる。
『お兄ちゃん、いい人すぎる』
『なんか安心した』
『めるるちゃん、ちゃんと支えてもらえてるんだね』
「女性の配信に男性が出るのはタブーだと重々承知の上の行動です」
「だから、みなさんこいつのことを支えてやっていってあげてください」
そう言うと、大架はマイクをオフにした。
紗倉は、にっこりと微笑む。
「……ってことで、お兄ちゃんでした!」
コメント欄には、驚きと安堵の言葉が溢れていた。
『めるる、ちゃんと支えてもらえててよかった』
『お兄ちゃん、かっこよかったよ!』
『なんかほっこりした』
紗倉は、ほっとしたように息を吐く。
不安はあったけど、この流れなら大丈夫そうだ。
「みんな、聞いてくれてありがとう。これからも、無理しすぎないように頑張るから……応援してくれたら嬉しいな」
コメント欄には、温かい言葉が並ぶ。
紗倉は、その言葉をかみしめながら、配信を締めくくった。
こうして、めるるの『お兄ちゃん』は、リスナーに認知された。
見てくれてるリスナーが兄だったんだけど!??? 百瀬三月 @momosemituki
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