第2話
「ちょっといつまで寝てるの‼」
その声が頭に届いた瞬間反射的に体を起こす。
辺りを見回して、窓から私に朝陽が降り注いでるのを確認する。
今のはお母さんの声。
充電中のバンドデバイスを手繰り寄せて時間を確認する。
家を出る時間より三十分ほど遅れている。
遅刻だ。
パジャマをはぐように脱いで、クローゼットのすぐ手が届くところにある服をつかんで適当に手足を入れる。
身なりを気にせず、起きてから十分もたってないうちに玄関までたどり着けた。
リビングの方から、母らしき声が聞こえてくる。
何か言っているようだけど私には聞く気がなかった。
私を呼び止める母の声が聞こえる。
私は玄関のドアノブに手をかけたまま、動きを止めた。
「昨日、ゼンにプレゼント、渡さなかったでしょ。そのせいで、またパパがおもちゃ買う約束しちゃったのよ」
「…いいじゃん。全員からプレゼントもらえるわけじゃないんだから」
お母さんの顔は見えない。
見えないというより、多分私がちゃんと認識していないだけ。
こういう時は決まって、全部がふわふわして、足取りが不安定になる。
母の声はもう完全に、私には届かない。
遅刻していることは、もう完全に頭から消えていた。家をでて、バスに乗る。
バスに揺られている間、バンドデバイスに目をやって、友達から来ている連絡へ適当に返事をする。
今、私たちの世代は小学校を卒業してからまた六年間、義務教育を行う。
私は今四年目。
あと二年足らずで卒業。
その後はまだわからない。
進学するのか、働くか。
まさにうだつの上がらない学生という感じ。永遠にこのままな気がしてならない。
きっとこのまま何も感じられないまま、
誰もいない校門をくぐって、誰もいない階段を上がり、賑やかな教室に滑り込み、あたりに呼吸を合わせる。
「どうしたの?遅刻、めずらしいね」
後ろからこそっと耳元でささやいたのは、橘。
「アラームが鳴らなくて。昨日、スピーカーの電源切ったまま寝ちゃったから」
ここからは、そつなく勉学に励む。
授業をこなして、休憩時間には友達としゃべって、それでたまに授業中も怒られて。
放課後は、橘とドリンクだけで居座れるチェーン店に行った。
「ねぇこれやった?」
少し笑い合った後、お互い、小休憩のようにウォッチデバイスをいじくっていたら、急に目の前に橘の手首を目の前に差し出されて固まる。
「近…、なに…」
「これ、ユーザーサポーター。昨日から、急に出てきたやつ」
「知らない…何それ」
「あれ、なんだっけ。一般的な統計からじゃなくてその個人にあったやつでサポートしてくれるやつ。このタイプの人間だから、これだ。じゃなくて。この人はこれ‼ってやつ。心拍数とか。多分」
「登録するの?」
「ううん、自然に。もうデバイスから読み取って、らしい」
「…怖くない?心拍数図られてるって事?」
「わかんないけど。そうじゃない?ダイエットとかめっちゃできそうだよ。あと勉強するタイミングとか。血糖値なんちゃらとか」
「へぇ~…」
「興味ない?あれだよ、だって、カロリーとか食べる時間とか、あなたはこのぐらい節制すればって教えてくれる。すごいよ。なんか勉強も若干モチベあがる」
「私はいいかな…。怖いし。医療機器じゃないし」
「え~~。でも、もう搭載されてるよ」
「…消せないの、それ」
「消したかったら消せるんじゃない?」
二人で、ウォッチデバイスをいじくる。ああでもこうでもない、と言いながら。
二人のうちどちらかが何かを押したとき、手首に振動が走る。短いバイブレーションだった。
「あ‼…これ起動しちゃった、かも…」
橘は申し訳なさそうに私を見て言った。
「…ごめん。私かも、」
「いいよ。私かもしれないし、そんな困ることでもないし。どっちにしろ消せなかったし、謝ることじゃないよ」
それからしばらくしおらしくしていた橘も解散間近には元通りになったようで。
「今日はサポーターが十時には寝ろって言ってたから、今日は早く寝るんだ」と言って、私たちは帰路についた。
消えないところ 加藤朝 @katouasa
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