消えないところ
加藤朝
第1話
202X年、5月。
弟の誕生日だった。
その日は、弟の好きなことをして、外食をした。
家に帰ってきて、二階の自分の部屋の電気をつけて自分のベッドに沈み込む。
黄色いカーテンが、開いた窓から入りこんだ風でたなびくのを見ながら、AIスピーカーの起動音を聞く。
このAIスピーカーは各部屋ごとに置いてあって、なおかつ、どこからでもこの家全体に通じて命令できる。
私はこれがあまり好きじゃない。
何か、いつも見張られている気がして。
そんなことを思っている間に、スピーカーから「ポン」と軽やかな音が鳴る。
これは「早くシャワーを浴びてしまって」という母からの合図だ。
のそのそと起き上がり、カーペットの感覚を強く感じながら重い足を引きずる。
今日は疲れた。
パジャマをひっつかんでバスルームに向かう。
私がバスルームの扉に手をかけた時、お母さんがすっと近づいてきて小声でしゃべる。
「ユウ、まだゼンにプレゼント渡してないでしょ。寝る前に渡しておきなさいね」
そう言うお母さんを、私は横目で見ることもせず、扉にかけた手に力を入れて、お母さんの前を通りすがるようにバスルームの中に自分を隠した。
対して温まっていない体を引きづって部屋に戻る。
一階からは笑い声が聞こえてきて、足がすくんでしまった。目をつぶって一回深呼吸をする。
部屋に戻って、自分のラップトップを立ち上げ、腰を下ろそうとした時、「ピ」とAIスピーカーから短い電子音が鳴った。
何か母からの呼び出しだろうか。
目を向け、その続きを待ってみる。
何もない。
接続してある手首のバンドデバイスをいじくってみるけど、特に何にも通知は無いようで、今度こそラップトップに目を向ける。
しばらくしてもう一度「ピ」と音が鳴った。
今度はAIスピーカーまで寄って行って、何か異常がないか目視する。
とりあえず持ち上げて、裏も見てみる。
何もない。
ここ一年、AIスピーカーを置いてから動かしていなかったから、見えなかった裏側に埃がたまっていて、少しもとの位置に戻すのに手間取っていると、今度は連続して「ピピ」と音が鳴る。
「…っと。わ。」
完全な不意打ちで慌てて、スピーカーを下に置く。
『こんにちは』
「ど…。あ、…こんにちは」
何をまじめに返しているんだろう。
ゼンが下で何かやってて、混線した?
『…ジッ』
そう思っていると、ノイズのような音が聞こえてきた。
やっぱり。混線か。
電源を切ってしまおうか。
混線してるなら一階でも困ってるだろうし。
『こんばんは。ユウ』
「え?」
『時刻、二十一時。緯度経度…』
「ちょ、あれ」
さっきバンドデバイス確認した時に何か押してしまった?
おかしな接続がないか確認する。
『こんばんは。ユウ』
もう一度繰り返されたそのセリフに、私は考えることをやめて、スピーカーの電源を切った。
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