とおいとおい星のお姫様

橘ささみ

phase 01 ガラティアの顕現

西暦2075年。或る小惑星(asteroid)にて超高知能生命体が衛星アレクサンドラにより観測された。ヒトに良く似た生命体ではあるが、その実態は明らかになってはいない。


ならばなぜ、高知能だと判断出来たのか。それは簡単である。約350億光年先から衛星アレクサンドラに交信を図り、ましてや自らが住む小惑星の画像データをアレクサンドラを通さず、地球の航空宇宙局まで送信。


その画像には美しい少女の姿をした生命体が映されていた。見た目は15歳程度で背は150cmほど。純白の長髪は足先まで伸びており、衣服のようなものは纏っておらず、髪と同じ純白の肌がなんらかの光源に照らされて輝いて見える。


その少女の姿をした生命体は、アレクサンドラの内部データから即座に言語を解析したらしく、その生命体から送られて来た画像フォルダのタイトルには「I am here.」と記載されていた。


緊急で宇宙に関する権威者たちによる議会が結成され、それぞれの見解を元に小惑星の名称、少女の姿をした生命体の名称を決定することになる。


画像データより、惑星がトロイライト系の金属質で出来ているのではないか、という可能性が浮上。現在観測されているM型小惑星(Psyche)と類似している点が多いことから、小惑星の名称を"M-asteroid 873"と命名。


そして少女に関しては、全くと言って良いほど情報が無く、その純白の外見より"Galateia"と命名された。


というニュースが流れたのがつい先日である。




「ねぇ、ユウキ?どうしたの?」


純白の長髪に透き通るような白い肌、その肌を一切隠していない真っ白の少女は心配そうにユウキと呼んだ少年の顔を覗く。


(どうしてこうなった…!?)




話はつい数十分前に遡る。生田ユウキが学校の帰り道にフラッと立ち寄った公園にて。植木の中から光が漏れているのを発見した所からだ。


超常現象とかオカルトとかに興味があったユウキは学校でもオカルト研究部に入っていた。


そして最近持ちきりのニュース、新惑星に生命体を確認という報道に半信半疑ながらも「もし、そんなものがいたら面白いな」と思っていた矢先、そんな不思議な光を見つけてしまった。


「これは、確認するしかないよな…?」


もしかしてかぐや姫が移動に失敗して竹じゃなくて植木の中に入ってしまったのでは?


そんなことないよな、そう思いつつ植木を覗くと、そこには白く光る少女が横になり寝息を立てていた。


「うわっ」


身体全体を包むような長すぎる白髪、その隙間から見える真っ白の手足。そして人形のような整った顔。


これは…ニュースで言っていたガラテイアなのでは…?


常識的に考えてあり得ない。ガラテイアはつい先日、この地球から想像もできないほど離れた距離で確認出来た存在であり、そんな存在がいま目の前にいるなんてことは到底あり得ないのだ。


あり得ないはずなのに、どうしてかユウキはこれがガラテイアだと確信していた。


「このままにしておいたらマズいよな」


もしガラテイアが他の人間に見つかってしまったら。多分、捕獲され研究所やらに隔離されて解剖とかされてしまうだろう。人類の進化に必要な事なのかもしれないが、ユウキの目には目の前で寝息を立てる生命体がただの人間の少女にしか見えなかった。


幸い鞄の中には体操服とジャージ、タオル等が入っていたので、取り敢えずあまりガラテイアの身体を見ないようにしながら体操服とジャージを着せた。


そしてガラテイアの長い髪を目立たないように括ると、手持ちのハンカチを使ってシニヨン風に纏め、まだ眠っているガラテイアをおぶって立ち上がる。


幸いこの公園から家は徒歩で2〜3分。ガラテイアを運ぶ道中、周りから興味の目や不審な目を向けられるが仕方ない。


この少女は本当にガラテイアなのだろうか?もしも普通の家出少女とかで、後で監禁罪とか誘拐罪で捕まったりしないだろうか?


疑問は多少残るが、この少女はただの家出少女などではなくガラテイアだ、という確信めいた直感の方が強かったので、そのまま家に向かう。


ブレザーのポケットに入れていた鍵を取り出し、さっさと玄関を開けるとリビングに行き、ソファの上にガラテイアを寝かせた。


幸い家には誰も居なかった。これは予想通りと言えば予想通りだ。


妹の陽毬は部活で遅くなるし、父親は単身赴任で遠くにいるし、母は近所の花屋でパートをしているので居ないのは当たり前なのだが、たまに部活が休みの日とかは陽毬が先に帰ってリビングを占拠していたりするので、例外があるのはある。


今日は部活があったみたいで陽毬もいないので、取り敢えずはリビングにガラテイアを置いておける。


「どうしようなこれ…」


そう、問題はこれからどうするか。


流石にあのまま放置も出来なかったので家に連れて帰ったものの、この後のことを全く考えていなかった。


相変わらず寝息を立てているガラテイア。そしてユウキはチラッと時計を見る。17時半。もうそろそろ母がパートを終えて帰路に着く頃だ。


残された猶予は15分。どうしようか、と頭を抱えていると、


「ねぇ、ユウキ?どうしたの?」


突然ソファの方から声が聞こえた。それも鈴を転がすような澄んだ声が。


思わず勢いよく顔を上げてソファの方を見るとそこには、純白の長髪に透き通るような白い肌、その肌を一切隠していない真っ白の少女がいた。


そしてその少女は心配そうにユウキに近づいて来て顔を覗きこむ。


「ユウキ…?」


(どうしてこうなった…!?)


ガラテイアが起きている、それはいいことなのだが、ガラテイアは家に連れて帰るときに着せたジャージを脱ぎ捨てており、その無垢な姿がユウキの目の前に。


「ガ、ガラテイア…?」

「…?ガラテイア?」


ユウキは確認のために一応少女に問いかけてみる。今こうやって普通に意思疎通ができているので、言語が通じないということはないはずだ。


すると少女は首を傾げ、少し考えた後。


「あぁ!ニンゲン?がワタシに付けてくれた名前ね!意味は分からないけれど素敵な響きだと思う!」


合点がいったようで何回か頷いた後に、ユウキの方に向かってサムズアップ。その動作はもろ人間だ。その流れるような動作を見てほんとにこの子は地球外生命体なのだろうか、ユウキは少し疑ってしまう。


「でね、早速ユウキにお願いが…あるんだけど」


そんな感じで、意外と人間味があるガラテイアを前に考え事をしていると、ガラテイアは何もない所から刃が青白く光る四尺刀(ジュラ)を取り出した。


「ワタシを助けて欲しいの!」


その異常な光景を目の当たりにして、やっぱりこの子は地球外生命体なんだ、と再確認するユウキ。


「助けて欲しい…?」

「そう!ワタシを"悪い奴ら"から!」

「悪い奴ら…?」


呆けるユウキに「はい、これワタシ特製のユウキ専用武器ね!」と流れるような動作で渡された四尺刀をそのまま受け取ってしまったユウキは、その軽さに驚く。そしてその四尺刀は驚くほどに手に馴染んだ。


特製の武器を渡して自慢げなガラテイアを放置してしまうほど、その四尺刀に見入っていたユウキの耳に、今は聞きたくない音と声がした。


「ただいま〜!あれ、ユウキ帰ってたの?」


玄関の扉が開く音が聞こえて、母の帰宅を告げる声。


リビングの現状は、裸の女の子を連れ込んで、その前で長い刀を持っているユウキの図。まさにカオスの状態だ。


「お、おい!ガラテイア!どうにかなんないのか!?せめて服着ろ!あと刀を取り敢えず消してくれ!!」

「ワタシのこと助けてくれる?」

「助けるから!ほら!早く!!」

「言質はとったからね?」


ユウキの言葉に満足したのか、また何回か頷くと右手の人差し指を立ててチッチッチッ、と左右に振るガラテイア。


そして、母の足音がリビングの前まで来た瞬間、ガラテイアの目が一瞬だけ妖しく発光する。


「!?」


その瞬間、ガラテイアから圧倒的な威圧感が放たれ、空間を支配した。息も詰まるような悪寒がユウキを襲い、思わず目を閉じる。まるで何分間も続くような息苦しさ。しかし、実際は僅か0.05秒の刹那。


ガチャ、とリビングの扉が開き、夕食の具材が詰まったマイバックを腕にかけた母が入って来た。


「あら!ティアちゃんも帰ってきてたのね!すぐに夕飯準備するからくつろいでてね〜!」


ガラテイアがいることが当たり前かのようにキッチンに向かう母。


(今何をした…?)


隣を見ると、ユウキが通う高校の女子生徒の制服を着ているガラテイア。そしてさっきまでユウキが持っていた四尺刀はいつの間にか無くなっていた。


「どうにかしろとは言ったけど…今、何をした?」

「んー?認識操作ってやつ。ワタシはスウェーデンって国からの留学生っていう認識をユウキのお母さんに刷り込んだの!」


「"ホームステイ"ってやつだよね!」と付け足すガラテイア。人の認識にも作用出来るのか…、と少し考えるユウキ。


あの圧倒的な威圧感は能力発動の波動なのだろうか?ガラテイアは他にも能力を沢山持っているに違いない。取り敢えず、ガラテイアをどうするかはどうにかなりそうだ。


ワタシを助けて、という言葉の意味についてはまた詳しく聞いてみなければならないだろう。


「これからワタシの事ヨロシクね?」


そう言うと、真っ白の少女はユウキの顔を見上げて満面の笑みを浮かべた。

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