第二話:屋敷の少女と、最初の誤算
木の車輪がきしむ音と、馬の蹄の乾いた音が土道に響いていた。
体が、がっちがちだ。
(バネがない……サスペンションもクッションも、もちろんエアもない)
尻が跳ねるたび、骨まで突き上げてくる振動。道もガタガタで、まるで“揺らされる拷問”だ。
こんなん、腰壊すって。
「着いたぞ、降りな」
御者の声で現実に引き戻され、僕はぎこちなく体を起こした。
目の前にそびえていたのは、木造と石壁が混じった大きな建物。屋根には高い塔がついていて、そこから旗がたなびいている。
──領主様の屋敷。
村とはまるで違う、静かで、整っていて、冷たい空気。いよいよ“世界”が動き出す。そんな気がした。
*
執事に案内され、僕はひとつの部屋に通された。
中は想像していたよりも静かで整っていて、重厚な机や椅子が置かれていた。窓には淡い光が差し込んでいて、空気も澄んでいる。
(……緊張するな)
「ここが今日からお前の部屋だ。服と道具は中にある」
「ありがとうございます」
執事はコホンと咳払いすると、机の引き出しを開けた。
「文字が読める子は珍しいからな。今日は領内について、これを使って説明することになっていてね」
そう言って机の上に広げられたのは、一枚の巻物──地図だった。
畑、川、村、森、山。少し色あせているが、丁寧に描かれている。
(おお……地図だ)
思わず顔を近づけて見入った。
──その瞬間、胸の奥でなにかが引っかかる。
(……あれ?)
道や川の流れ、建物の配置。それらが“なんとなく”ズレている気がした。
そのとき、扉の外から足音が近づいてくる。
執事がちらりとそちらを見て、軽く会釈するように頭を下げた。
「ちょうど良いところに。……お嬢様がお見えです」
現れたのは、僕と同じくらい──いや、少し年上に見える少女だった。
背筋をぴんと伸ばし、整った顔立ちに似合わず、目だけがじっとこちらを見据えている。
……なんというか、堂々としてる。
「彼女はユーリ様。領主家のお嬢様の──」
「紹介なんて要らないわ。言いたいことは自分で言うから」
はっきりとした口調で、執事の言葉を遮った。
……気が強いな。
ユーリと呼ばれた少女は、僕を一度上から下まで眺めて、そして言った。
「あなたが、文字を読める子ね」
「……うん。村で少し、帳簿とか……」
「へえ。村で?」
小さく笑って、ふっと視線を外す。
「いい? ここでは“少しできる”じゃ通用しないの。
本当に“できる”子だけが残る。無理なら、すぐに返されるわ」
「…………」
なんか、初対面で言われる言葉じゃないなこれ。
でも、ここで黙ってたら、本当に“できない子”で終わっちゃう。
僕は一歩踏み出して、口を開いた。
「じゃあ、試してみる?」
ユーリの眉がぴくりと動いた。
「……は?」
僕はすぐさま、先ほど広げられた地図に視線を戻す。
「水ってさ、上から下に流れるでしょ?」
執事がきょとんとする。
「これだと……田んぼより水路の方が低いところにあるよ。水、逆流しないと届かないよね?」
ユーリと呼ばれた少女が、じっとこちらを見ている。
(……三角測量は、してないな)
たぶん、感覚で描いた地図。距離や高さは“だいたい”。僕には分かる。でも、それをどう言えばいいのかまでは、まだ分からない。
「…………」
「お、黙った。図星?」
ユーリはジッとこちらを見つめていた。
やがて、眉をひそめ、ぼそっと言った。
「……なに、その話。誰にも聞いたことない」
「まあね、誰も教えてくれなかったし。でも、僕は“知ってる”から」
それが、前世の記憶。
この世界の誰もが見逃す矛盾や無駄。
それを“おかしい”と指摘できるのが、今の僕の武器──だと思ってた。
でも。
「……嘘つき」
「え?」
「そんなの、村の子が知ってるわけないじゃない。どこかで拾ったでたらめでしょ?」
「え、ちょ──」
「頭でっかちなだけの子なら、すぐに追い出されるわよ。気をつけなさい」
そう言い残して、ユーリはくるりと踵を返して扉の外へと消えた。
「お、お嬢様!」
慌てて執事も立ち上がり、小走りでその後を追う。
扉が閉まると、部屋には静寂だけが残った。
*
──完全に、噛み合ってない。
僕は自分の“すごさ”を見せたつもりだった。
でも相手は、それを「不気味な異端」だと感じただけだった。
(……僕、前の世界でもこんな感じだったな)
空回り。
わかってもらえない。
でも、相手を責めるのも違う。
この世界には、この世界の“常識”がある。
そう思いながら、ひとりきりになった部屋で天井を見上げた。
「……思ったより、この世界、難しいな」
心のどこかにあった万能感が、じわじわと崩れていくのを感じながら──
僕は、静かにため息をついた。
=====
【あとがき】
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
第2話では、主人公が屋敷へと足を踏み入れ、はじめて“世界とのズレ”を実感する回となりました。
知識があること=すごい、便利、役立つ……
そう思いがちですが、世界がそれを受け入れるとは限らない。
この回では、「わかってもらえないこと」の寂しさを描けたらと思いました。
主人公はまだまだ未熟です。
だけど彼は、この世界の現実と向き合いながら、少しずつ進んでいきます。
次回は、彼の知識が新たな波紋を呼び、
思いがけないかたちで少女との距離が変化するかもしれません。
少しずつ、世界との関係が動きはじめます。
よければ、次もお付き合いください!
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何度生まれ変わっても、あいつだけには勝てない 神楽野レイ @kagurano_rei
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