第二話:屋敷の少女と、最初の誤算

木の車輪がきしむ音と、馬の蹄の乾いた音が土道に響いていた。


体が、がっちがちだ。


(バネがない……サスペンションもクッションも、もちろんエアもない)


尻が跳ねるたび、骨まで突き上げてくる振動。道もガタガタで、まるで“揺らされる拷問”だ。


こんなん、腰壊すって。


「着いたぞ、降りな」


御者の声で現実に引き戻され、僕はぎこちなく体を起こした。


目の前にそびえていたのは、木造と石壁が混じった大きな建物。屋根には高い塔がついていて、そこから旗がたなびいている。


──領主様の屋敷。


村とはまるで違う、静かで、整っていて、冷たい空気。いよいよ“世界”が動き出す。そんな気がした。



執事に案内され、僕はひとつの部屋に通された。


中は想像していたよりも静かで整っていて、重厚な机や椅子が置かれていた。窓には淡い光が差し込んでいて、空気も澄んでいる。


(……緊張するな)


「ここが今日からお前の部屋だ。服と道具は中にある」


「ありがとうございます」


執事はコホンと咳払いすると、机の引き出しを開けた。


「文字が読める子は珍しいからな。今日は領内について、これを使って説明することになっていてね」


そう言って机の上に広げられたのは、一枚の巻物──地図だった。


畑、川、村、森、山。少し色あせているが、丁寧に描かれている。


(おお……地図だ)


思わず顔を近づけて見入った。


──その瞬間、胸の奥でなにかが引っかかる。


(……あれ?)


道や川の流れ、建物の配置。それらが“なんとなく”ズレている気がした。


そのとき、扉の外から足音が近づいてくる。


執事がちらりとそちらを見て、軽く会釈するように頭を下げた。


「ちょうど良いところに。……お嬢様がお見えです」


現れたのは、僕と同じくらい──いや、少し年上に見える少女だった。


背筋をぴんと伸ばし、整った顔立ちに似合わず、目だけがじっとこちらを見据えている。


……なんというか、堂々としてる。


「彼女はユーリ様。領主家のお嬢様の──」


「紹介なんて要らないわ。言いたいことは自分で言うから」


はっきりとした口調で、執事の言葉を遮った。


……気が強いな。


ユーリと呼ばれた少女は、僕を一度上から下まで眺めて、そして言った。


「あなたが、文字を読める子ね」


「……うん。村で少し、帳簿とか……」


「へえ。村で?」


小さく笑って、ふっと視線を外す。


「いい? ここでは“少しできる”じゃ通用しないの。

 本当に“できる”子だけが残る。無理なら、すぐに返されるわ」


「…………」


なんか、初対面で言われる言葉じゃないなこれ。


でも、ここで黙ってたら、本当に“できない子”で終わっちゃう。


僕は一歩踏み出して、口を開いた。


「じゃあ、試してみる?」


ユーリの眉がぴくりと動いた。


「……は?」


僕はすぐさま、先ほど広げられた地図に視線を戻す。


「水ってさ、上から下に流れるでしょ?」


執事がきょとんとする。


「これだと……田んぼより水路の方が低いところにあるよ。水、逆流しないと届かないよね?」


ユーリと呼ばれた少女が、じっとこちらを見ている。


(……三角測量は、してないな)


たぶん、感覚で描いた地図。距離や高さは“だいたい”。僕には分かる。でも、それをどう言えばいいのかまでは、まだ分からない。


「…………」


「お、黙った。図星?」


ユーリはジッとこちらを見つめていた。


やがて、眉をひそめ、ぼそっと言った。


「……なに、その話。誰にも聞いたことない」


「まあね、誰も教えてくれなかったし。でも、僕は“知ってる”から」


それが、前世の記憶。


この世界の誰もが見逃す矛盾や無駄。

それを“おかしい”と指摘できるのが、今の僕の武器──だと思ってた。


でも。


「……嘘つき」


「え?」


「そんなの、村の子が知ってるわけないじゃない。どこかで拾ったでたらめでしょ?」


「え、ちょ──」


「頭でっかちなだけの子なら、すぐに追い出されるわよ。気をつけなさい」


そう言い残して、ユーリはくるりと踵を返して扉の外へと消えた。


「お、お嬢様!」


慌てて執事も立ち上がり、小走りでその後を追う。


扉が閉まると、部屋には静寂だけが残った。



──完全に、噛み合ってない。


僕は自分の“すごさ”を見せたつもりだった。

でも相手は、それを「不気味な異端」だと感じただけだった。


(……僕、前の世界でもこんな感じだったな)


空回り。

わかってもらえない。

でも、相手を責めるのも違う。


この世界には、この世界の“常識”がある。


そう思いながら、ひとりきりになった部屋で天井を見上げた。


「……思ったより、この世界、難しいな」


心のどこかにあった万能感が、じわじわと崩れていくのを感じながら──

僕は、静かにため息をついた。





=====


【あとがき】


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!


第2話では、主人公が屋敷へと足を踏み入れ、はじめて“世界とのズレ”を実感する回となりました。


知識があること=すごい、便利、役立つ……

そう思いがちですが、世界がそれを受け入れるとは限らない。


この回では、「わかってもらえないこと」の寂しさを描けたらと思いました。


主人公はまだまだ未熟です。

だけど彼は、この世界の現実と向き合いながら、少しずつ進んでいきます。


次回は、彼の知識が新たな波紋を呼び、

思いがけないかたちで少女との距離が変化するかもしれません。

少しずつ、世界との関係が動きはじめます。


よければ、次もお付き合いください!

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何度生まれ変わっても、あいつだけには勝てない 神楽野レイ @kagurano_rei

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