金曜日、放課後、あの空気

あいお明 (旧称:くはら翡翠)

金曜日、放課後、あの空気

 家帰ってすぐ、忘れ物に気がついた。


「あちゃー…………体操服、置きっぱや」


 さいわい、自転車チャリで5分もあれば学校に着く。かあちゃんに言って、さっさと取りに行こう。


「……ほうか、ほな気ぃつけて」

「うん。行ってきます!」



 ◇


 学校に着いた。

 市内じゃ普通の、市立いちりつ小学校だ。いや、よそがどうとか知らないけど。


 正門よりも近い、運動場グラウンド側の門から入って、すぐの所に自転車を置く。

 もう10台分ぐらい先客がいる。といっても、ほぼ遊びに来た奴らだと思う。


「へいパス!」

「おっけー!」


 まあ、いてれば広く使えるからな。気持ちは分かる。

 早い者勝ちだし、大体混んでるけど。


 適当に運動場を横切って、4階建ての校舎に向かう。

 上履うわばきに履きかえて、「5ー4ごのよん」の教室へ。



 ◇


 3階の、西日が廊下ろうかを歩く。

 聞こえるのは、俺の足音と、運動場で遊んでる奴らの声くらい。

 この辺は2階建ての家が多いから、3階でも景色がいいんだよな。


 とか思ってたら5ー4の教室。電気ついてる。誰かいるな?

 ガラガラ……と戸を開けると、友達のSがいる。なぜかほうきで床をいていた。

 あ、塵取ちりとりもある。


「よおS、居残り?」

「イェス、ウィ~ケ~ン」

「何で大統領なん……?」


 聞きながら、自分の机に向かう。

 話題の外人さんのモノマネ、下手へただねぇ。

 あと、ツッコミ所は無視で。


「“weおれら”? 今お前1人やろ」


とか


「“we canおれらはできる”と“weekendしゅうまつ”引っかけとん?」


とか、言いだしたらキリがない。



「で、何しとん?」

学級日誌にっし書けたから掃除そうじ。消しクズぶちけてもてさぁ」


 ……あぁ、たしかに。Sの机の周りに、消しゴムのカスがポロポロ落ちてる。

 こいつ頭も性格もいいのに、色々雑で抜けてるんだよな。まあ勿体もったいない……


 黒板消すとか、日直にっちょくの仕事もちゃんとやってたのに。日誌忘れてたのかよ。


「いや、ちゃうねん。来週までこのまま……はアカンかなぁ、とおもて」

「何も言うてないで。で、終わるん?」

「すぐ終わるけど。Kは?」

忘れ物わっせもん。これや」


 机の横にるしてある体操服袋を、右手に持って、高くかかげる。

 別に意味はないから、すぐ机の上に置いた。これなら忘れない。たぶん。


 Sのほうは、塵取りで消しクズを集め出した。


「ごみ箱持ってこよか?」

「ありがと、助かるわ」


 ごみ箱といっても、ここのは大きなかんだ。ドッジのボールがすっぽり入るくらい。

 何が入ってたんだろうな……?



 ◇


 掃除終わって、片付けた。荷物持った。

 窓閉めたし、電気も消した。来たときよりも、西日がさらに赤っぽい西日が気がする。

 ガチャッ、て音がして、Sが一言。


「後ろ閉めたで。出よか」

「おっけー」


 あとは前の戸から教室を出て、かぎかけて返すだけ。じゃあ廊下に出よう。


「なんかこの空気、ええよな」


 ランドセル、手提てさげ、体操服、給食エプロン…………週末らしい大荷物と、学級日誌をかかえたSが言う。

 前の戸の鍵かけながら、聞き返す。


「て言うと……?」

「何て言うんやろ。周り静かやから、ちょっと遠くの音が回り込んで聞こえよる、この感じ。なんか好きやねん。 ……いや、居残りとか忘れ物は嫌やけどさ」

「あー、そうなんや。分からんでもないけど……好き、とは言えんなー、俺」


 でも面白いよな……とか何とか言いながら、やることやって帰った。



 ◇◇◇


 ちなみに次の日、土曜日。

 学校あったわ、参観さんかん。何で忘れてたんだろ?


 とにかく、いつも通り起きて、飯食って登校して。

 席ついて数分後、いつもの時間にSが来た。


「おはよう。普通に学校あったな……」

「まあええんちゃう? 参観日やし」


 傍目はためには、変なやり取りだったのか。何も知らないクラスの女子が、俺らの横を通りすぎていった。


 不思議そうに、首をかしげながら――――


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