好きなものを、少しだけ
───翌朝。
相変わらず家の中は静かで、今日も母は眠っている。今日はもう朝ごはんは要らないな、お腹の中に詰め込むものはない方が綺麗だって言うし。まあ、飲むもの飲むからそれは申し訳ないんだけどさ。
最後に僅かな期待を込めて電話をかけてみたが、自分のやりたいことを通しながら今の自分を受け入れてもらって、親へお金を振り込むことは無理だとの事。じゃあもう仕方ないか、と、スーパーで飲みやすくて安くて、美味しい梅酒の紙パックをひとつと、あと必要なものを少しだけ。残りは5000円しかないけど、運が悪かった時のために支払うだけの金額は最低限残せたようだ。切符を買って隣駅、いつも通りの時間に帰るために使っていたネットカフェに足を踏み入れれば、今日の20時までは誰にも気にされない自分の空間…とは言っても、片道切符のつもりだけどね。
自分の好きなゲームのアップデートが今日配信だった。僅かに貯めていたガチャ石を費やして、新しく出たキャラに出逢えるかな。その子を育てて満足して、ストーリーもやって、それで…その時を迎えよう。と、思っていたのに、最近はすり抜けっていうシステムでそういう計画はすぐに潰されてしまう。あーあ、せっかく育成素材も沢山集めてたのに…ストーリー、やる気なくなっちゃった。
何しようかな、と思っても、やる気が削がれてしまったし、元からこれやるぞ!という熱意が今、ある訳なくてさ。じゃあ、変に時間遅くにやろうとして焦るのも嫌だし。
ちまちま氷を入れたカップに梅酒を流し込んで飲んでたけど、飲むペースも上げていこうかな。残り少なくなってきたら…睡眠補助薬をぽいぽい、と口の中へ。
マスクや袋にストロー差し込める穴を適当に付けて、残った梅酒をコップに注ぎ切って、マスクを着けたところで、ゴミ袋を持とうとした所で手が止まる。亡くなったあとなんて自分には関係なくて、一生彷徨うか新しく生まれ変わるか、死後の世界があるかもわかんないのに、変に考えるのは今更が過ぎる。それに…これくらいの迷惑、少しくらい最期にかけたっていいじゃん。ずっと、誰にも言えなくて、ちょっと思われる言葉を向けられただけでぼろぼろ泣いて、駄目になるほど我慢して、それでも分からないだろ、と何も言わなかったんだから。
怒られるような悪いこともしたけど、最期の反抗期だと思って欲しいかな、なんて今更思うのは我儘かな。
そのままゆっくりと袋を被り、マスクと袋にストローを通しては、あんまりよく見えるわけじゃないけど袋の上から眼鏡をかけて、残り時間を過ごすために少しでも視界を確保。梅酒の入ったコップを片手に、ちまちまと梅のジュースを飲むような気持ちで飲みながら、携帯を片手に持つ。
誰かに何かを送るべきかな、家族には…うん、一言送るべきかな?ただ、本当に静かに迎えられるかが分からないから、もう駄目だなって時に頑張って送信しよう。それでいいや。
普段沢山飲まないから、なんかぼーっとしてきて、頬も熱くて…ああ、眠たくなってきた。まだでも梅酒残ってるし、飲みきるまではもう少し起きて、くだらない動画やゲームの掲示板の書き込みでも眺めてよう。
あ……みんなもすり抜けてはずれてるんだ、よかった…俺だけじゃない。あたったひともいた。いいな…俺のぶんまで、その子こと、あいしてあげてほしい。
だって、どんなきゃらくたーでも、うまれてきたことであいされるしかくがあるんだから。
みんなが、りかいしてくれるから。
…そろそろ、そうしんしなきゃ。
メッセージの画面の、送信ボタンを押せなかった親指が、携帯を握っていた手が離れて、フラットシートの上に落ちた。それは送信されることはなく、画面を開いたままだから…いつまで経っても帰ってこない息子の既読だけがすぐ着くのに、何分経っても返事が来ないまま、携帯の充電が切れるまで、それは続いた。
今の携帯は便利なもので、設定をしたらこの時間帯は電話を受け付けないように設定できる。0時から24時までその設定をしていた携帯はただ、メッセージを受け取ることしか出来ないまま、既に傍で静かに終わりを迎えられた持ち主と同じ様に、ゆっくり、ゆっくりとバッテリーを消耗していき、ついには画面を暗くさせてしまった。
「……俺が、もっとちゃんと話を聞けてたら、変わってたのかな。俺が本当の父親じゃないから、何も言ってくれなかったのかな」
「…そんなわけないでしょ、あんなに、沢山話して、遊んで…一緒に暮らしてたのに、笑ってたのに。私にすら言わなかった馬鹿なんだから…本当に、なんでこんなになるまで、何も…」
『…最近返事してくれないじゃん、どうしたの? 辛いなら話聞くってば。またゲームの話して、一緒に遊ばん?』
届かない声、メッセージ。
それでも、涙を流した跡を残しながらも静かな微笑みは変わらない。
いってきます。 泥道 @Doromiti
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます