第21話
紫音は一歩、前へ出た。
足元の感覚を確かめるように重心を移し、刃を振るう体勢を取る。
成体はわずかに身構えた。
敵もまた、刃に宿った変化を感じ取ったのだろう。
紫音は紅刃を低く構えたまま、一気に距離を詰めた。
次の瞬間、横薙ぎの一閃。
紅刃が紅獣の胴体を斜めに裂く。
火が走るような焼ける音が、空気を切った。
切れ味が違う。
これまでの斬撃では浅かった皮膚の層を、紅刃は難なく貫いた。
さらに、切断面の肉が焼かれ、じりじりと黒く変色していく。
紅獣が短く鳴いた。
明らかに、回復が遅れていた。
熱による損傷が再生を妨げている。
紫音はそれを見て、もう一度、踏み込む。
左脇腹を狙って刃を差し込むように突き立てる。
再び、焼ける音。
紅獣の体が大きくのけぞった。
だがその直後、反射的に振るわれた尾が紫音の背をかすめた。
打撃。
紫音は前につんのめるようにしてよろめき、体勢を崩す。
炎を得たことで火力は上がったが、身体能力そのものが強化されたわけではなかった。
敵の速度にも、攻撃の重みにも、まだ紫音の体は完全には追いついていない。
膝をついた紫音は、息を切らしながら再び立ち上がった。
腕に痛み。
肩口に擦過傷。
それでも、刃は握ったままだった。
火力は十分だった。
だが、それだけでは勝てなかった。
紫音の刃が深く通るたびに、紅獣は苦鳴を漏らし、体を大きく揺らす。
焼けた傷口はふさがりにくく、次第に動きも鈍っていく。
しかし、紅獣は止まらなかった。
四肢の筋力は依然として強く、紫音の動きに合わせて鋭い爪を繰り出す。
尾を振り、跳ねるように間合いを詰めてくる。
一撃の重さは、紫音の体にじわじわと負荷を蓄積させていた。
刃を振る。
返しを打つ。
かわす。
踏み込む。
またかわす。
攻めと守りが、連続して入れ替わる。
紫音の呼吸はすでに浅くなっていた。
視界の隅が揺れる。
それでも、手を止めることはなかった。
成体の右肩へ斬撃。
紅刃の火が肉を裂き、黒い煙が立つ。
敵は短く叫び、紫音の左腿を引っ掻くようにして反撃。
互いに一歩も譲らない。
紫音の体には、すでに複数の打撲と裂傷が広がっていた。
だが敵の動きも確実に鈍っていた。
数秒ごとに小さな勝敗が繰り返される。
そのすべてが、最終的な決着を少しずつ近づけていた。
腕についた浅い切り傷が、いつまでも赤く滲んでいた。
今までは自然と止まっていた血が、止まらなかった。
脇腹の裂傷からも、じわじわと温かいものが流れ続けている。
(再生が、もう……)
紫音は理解していた。
再生力が底をついていた。
それは、敵も同じだった。
成体の紅獣は呼吸が乱れ、傷だらけの体から黒煙を吐いていた。
焼かれ、斬られ、踏み込みの力も明らかに弱まっている。
最終局面。
紫音は刃を握り直した。
(ここで倒す)
前へ出る。
火花のように残っていた炎が、刃の表面で一度だけ揺れた。
それを最後に、紅刃の赤は沈んでいく。
もう、火を維持するエネルギーがなかった。
それでも、紫音は振るった。
重い一撃。
紅獣の左肩を裂く。
続けて腹部。
喉元。
脚。
次々に打ち込む。
呼吸が荒い。
目の奥が熱い。
それでも止まらない。
最後の一撃は、正面から。
紅刃を突き刺すように、胸部へ。
鈍い音がして、敵の動きが止まった。
刃が深く入り、感触が変わった。
次の瞬間、紫音の体に熱が戻った。
血が、刃を伝って逆流してきていた。
わずかではあるが、失われていたエネルギーが戻ってくる感覚。
紫音は呼吸を整えながら、膝をついた。
肩が上下する。
だが、敵は動かなかった。
紅刃の先端で、静かに血が滴っていた。
《種族コード:RD-481》
成体 地竜種 量産型
再生力 220
エネルギー量 30
紅刃硬度 80
体表硬度 180
筋量 100
紅刃量 110
【総合脅威値:1080】
《浅野 紫音》
再生力 126→175.5
エネルギー量 94→100
紅刃硬度 118→136
体表硬度 110.5→152.5
筋量 128.5→152.5
紅刃量 69.5→92
総合値 646.5→808.5 (100位/103人)
ヒル 藍原 透 @toru_aihara
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