最終話 良い感じに変わったよな、お前も俺も……世界の見え方もな。
朝のチャイムが鳴った。
春の柔らかい陽射しが教室の窓から差し込み、外では桜の花びらがふわふわと舞っている。何もかもが変わらない、日常の光景。しかし、そこにいる二人の姿だけは、ほんの少し変わっていた。
「ねえ、流二。今日も地味に息してる?」
「おう、今は腹式呼吸してるぜ。」
以前ならその言葉にいちいち苛ついていたはずの紅雀が、ふっと柔らかく笑った。流二も肩をすくめながら、彼女の隣の席に座る。
今、二人は自然に隣にいる。そこに気負いや照れもない。
(……変わったな、俺たち)
異世界でのあの出来事は、夢のようでいて、確かに現実だった。魔王と勇者、力と力をぶつけ合ったあの日。戻ってきた日常を過ごす度、まるで青春の一ページのように思えるほど遠くなっていった。
「最近、流二がなんか明るくなったって、他の子も言ってたよ?」
「本当に?まあ、異世界で勇者やってたしな。コミュ力のひとつやふたつ、身につくよな。」
「へぇ、勇者様ってそんなに調子乗るものだったっけ?」
からかうような口調の中にも、以前のような棘はない。むしろ、楽しそうに笑う紅雀の表情は、まるで風に舞う桜のようにやわらかだった。
「紅雀の方こそ、随分変わったよな。あんまり人の心を刺さなくなったっていうか。」
「刺したことなんてないし。……まあ、少しは反省してるよ。あっちでのこと、色々あったし……」
「だよな。」
流二は、彼女の横顔をちらりと見た。口元がわずかに緩んでいる。こんな紅雀の表情は、以前の自分なら想像すらできなかった。
(強がってたんだろうな。ずっと)
教室の窓が開いていて、春風がカーテンを揺らしている。その風の中で、二人は小さな笑い声を重ねた。
「なあ、紅雀。」
「何?」
「俺たち、また異世界とか飛ばされそうになったら、次は一緒に逃げような。」
「ふふ、絶対イヤ。もうこりごりよ。」
「だよなー、俺も。もう異世界なんて、二度と行きたくねぇ。」
「……でもさ……」
紅雀が、机の上で組んだ手に目を落としながら、ぽつりと呟いた。
「独りじゃなかったから、まだ良かったよ。……流二がいてくれて、助かった。」
その声が、本当に小さくて、でもまっすぐで。流二は少しだけ目を丸くして、それから照れたように笑った。
「……お、おう。まあ、俺も……お前がいてくれて良かったよ。」
「……なんか変な感じ。」
「あとさ……」
「今度は何?」
流二は、少し真面目な顔で言った。
「……付き合おうぜ。」
「……は?」
紅雀の目が、驚きで見開かれる。しかし、すぐにぱぁっと頬が赤くなった。
「……急すぎ。もっと、段階とかあるでしょ、普通は。」
「異世界で命かけて戦った仲だろ? もう段階全部クリアしてるって。」
「……もう、ほんと、そこは変わってないんだから。」
紅雀は、そっと目を伏せて、それからほんの少し照れたように笑った。
「……うん、いいよ。よろしくね、勇者様。」
「おう。これからは“彼氏様”って呼んでくれてもいいぞ?」
「……ニトロ・ダイナマイト。」
「やめろ!」
そう言いながらも、紅雀の声は笑っていた。桜の花びらが窓から舞い込み、彼女の髪にそっと触れる。
放課後、二人は並んで下校した。以前なら話すこともなかった道を、今では自然に肩を並べて歩いている。
「そういえば、覚えてる? あっちの世界の酒場でさ、めちゃくちゃ女の子にモテてたって自慢してたよね?エルフ、獣人……」
「あの話は記憶から消せ。黒歴史だ。」
「へぇ〜、でも、その中からは一人も選ばなかったんでしょ?意外と真面目じゃん?」
「うるせぇ、そもそも俺の好みは──」
「?」
「……紅雀です。」
「……バカ。」
春の風が吹く。桜のトンネルの中を歩く二人の影が、少しずつ重なっていく。
異世界で勇者と魔王となってしまった二人だったが、今はもう一度ただの高校生として生きている。
しかしその絆は、伝説の存在よりも強く、確かなものになっていた。
そして今日も、誰もが知っている教室で、誰も知らない二人だけの物語が、静かに続いていく。
転移先で伝説の勇者になったので、せっかくだからこの世界をエンジョイするぜ 〜魔王の正体は同じクラスの性悪マドンナだった模様〜 飯田沢うま男 @beaf_takai
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