お題【イカ焼きボブスレー】

 朝起きたら、冷蔵庫に入れたイカ焼きが無くなっていた。食べた記憶も無ければ、食べるような他人に心当たりも無い。極めて奇怪で、それでいて半日もすれば忘れていそうな大事件だった。


 勿論、心当たりの場所は全て探した。台所、リビング、寝室のサイドテーブル……何処にも見当たらない。嗚呼、我が愛しのイカ焼きよ。家出するぐらい食べられる事が嫌だったのかと、その儚げな横顔を幻視する。されども現実にイカ焼きは無く、かわりとでも言うように見覚えの無いどんぐりが床にこんもりと転がっていた。


 なるほど、確かにこの家は隙間風が席巻している。小動物程度であれば入り込む余地も有ろう。だがしかし、冷蔵庫を開ける知恵はたとえ賢しい狐だろうとも持ち合わすまい。謎は増えるばかりで、いよいよイカ焼きの消失は迷宮入りかと思われた。


 しかし、犯人は現場に戻る物だ。天才的な閃きをした私は、一路近所のマーケットに向かい、イカ焼きを購入した。無論、無くなったから買い足して胃に収めようという浅薄な発想ではない。あのイカ焼きは掛け替えの無い一期一会のイカ焼きなのだ。このような後妻を一食の伴侶になど誰が出来よう。そうではなく、私は冷蔵庫のイカ焼きが有った場所にそっとそれを安置したのである。つまるところ、柳の下に泥鰌どじょうを求めるように。切り株を守り兎を待つように。冷蔵庫にイカ焼きを見出だした犯人を釣りだそうとしたのである。


 そして、この試みは見事に的を射た。不寝番をして目を爛々と光らせた私は、冷蔵庫の前にわらわらと屯する小さな影を確かに捉えたのだ。


「おい」


 不躾に、かつ横柄に声をかければ、家主の威厳に当てられた闖入者達は動きを止めた。流石の私も赤外線は目から出せぬ故、携えた電灯のボタンをかちりと押し、正体を照らし出す。


 それは、ほっそりとした小人のようだった。玩具のような服を着て、木の実を割ったくつを着けた、鼠よりも奇妙な隣人だ。私の強い視線に縮こまりながら、しかし頭目と思われる一回りも大柄(それでも我々からしたら小柄も良いところだ!)な者が恐る恐る弁明を始めた。


「あの、無断で乗り物を借りたのはすみません。でも、どうしてもあれで滑りたかったんです」


 はて、と首を傾げる。私が失くしたのはイカ焼きだ。決して乗り物ではない。しかし、彼奴きゃつらが目指していたのは確かに冷蔵庫。冤罪とするのは早計と言うものだ。


「滑る、とは。私のイカ焼きに対し、御前達は一体如何なる無礼を働いたのだ」


 私の剣幕に気付かぬのか、それとも気付いて尚暢気なのか。ぱっと喜色を浮かべた大小人は両手を一杯に広げて捲し立て始めた。


「そう、イカヤキと言うのですねあの乗り物は。あれはとても素晴らしいのです。我々が丁度跨がれる大きさで、雪の上を小気味良くつるつると滑る。あんまりにも具合が良いものだから、今度は競争でもしようかと思ったのです!」


 イカ焼きに小人が跨がり、誂えたコースを滑る様を想像する。これはなんと言ったか。そう、最近話題となった競技、ボブスレーといった風情だ。周囲から野次を飛ばされながら、我が愛しのイカ焼きと、忌々しき後妻のイカ焼きがぶつかり合い、競り合う。食品という矜持を捨てざるを得なかったその無様に、私は憤懣やるかたない思いを隠す事も出来なかった。


「そのような詰まらぬ事で私のイカ焼きは地に穢されたのか。もういい、これをやるから二度と前に現れるな」


 言いながら、どのみち食べる気も失せていた後妻のイカ焼きを大小人に放り投げる。歓声を上げ大喜びする姿を尻目に、私は冷蔵庫に空いた空虚を締め出すように扉を閉め、無駄にした夜更しのツケをどう清算したものかと寝床へと戻る事となった。


 翌朝。目を覚ませば、床には木の実と共にぴかぴかの瓶の王冠が転がっていた。メダルと言うにはあまりにもちゃちだが、どうやら私のイカ焼きによるボブスレーは恙無く終わったのだろう。あんなに執着していたのが嘘のように、王冠を拾い上げた私の心は妙に晴れやかだった。

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お題短編集 漁火ナナギ @kazusadagiri

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