9話【出会】
◇商人組合◇
3日後の午前。
サポーターが決まったということで、組合へと向かった私達。
だが……
「まさか、貴方が私のサポーターになるとは……」
そこで、サポーターとして紹介されたのはカスパーだった。
「いやなに、本来サポーターなんて面倒なことはやらないんだが……この前話したときにお前の事が気にいってな。少しくらい面倒見てもいいと思ったんだよ」
彼は肩をすくめながら軽く笑みを浮かべる。
その表情には、あのときの威圧感は感じられず、どこか親しみがある。
「気に入った、ですか。あの時はそんな風に見えませんでしたが……」
彼は手で頭の後ろを気まずそうにかきながら、少し言いにくそうに目を逸らした。
「それは、まあ、あれだ。お前が口先だけ生意気に一丁前な事言ってるんじゃないかと思って、少し心配しただけだ。気分を害したなら謝るが、別に悪意があったわけじゃねえよ」
カスパーは気まずそうに視線を逸らしながら、やや照れくさそうに言葉を紡ぐ。
「いえ、こちらこそ初対面であのような失礼な態度を取ってしまい、申し訳ございませんでした」
「いいってことよ。むしろ、坊主くらいの年齢じゃあのくらい生意気な方が丁度いい」
「それより、そこの嬢ちゃんは誰だ? 確か前来た時もいたよな?」
カスパーがキキを見て、軽く顎をしゃくった。
「ああ、こいつは――」
「よくぞ聞いてくれた!」
キキは私の言葉を遮るように胸を張って堂々と前に出る。
そのキキの態度を見て、胸の奥で何か不安な感覚が広がった。
彼女のことだ。どうせ変な事を口走るに決まっている。
その前に――
「我の名はキキ・カタストル! 厄災のだ――ンン!」
私はキキが余計なことを言い出す前に、すかさず手を伸ばして彼女の口を抑えた。
「ん、どうした? 厄災の……?」
「ええと……や、厄災の中偶然生き残っていた、私の双子の妹です。ちょっと変わり者でして……」
「厄災の中って、お前らどんな過去を……いや、詮索すんのは野暮か」
カスパーは大きく肩をすくめて笑った。
……キキは私の手の下で「ンン!」と抗議の声を上げたので、軽く睨む。
彼女はそんな私の様子を見て察したのか、首を縦に振ったので、手を放してやることにした。
「じゃ、早速商売について教えるためにうちの商会に来てもらおうと思っていたんだが……」
「……? どうかしましたか?」
カスパーは一瞬だけ言葉を飲み込んだように口を閉ざすと、眉がわずかに寄り、困惑したような表情を浮かべた。
「いや実はな、俺の弟子を呼んでるんだが、困ったことにこねーんだ」
「普段から時間にルーズな奴ではあるんだが……」
カスパーがそう言って困惑していると、
――すいませーん! 遅れましたー!――
という声が少し離れた場所から聞こえてきた。
振り向くと、慌ただしい足取りでこちらに向かってくる一人の若い男が目に入った。
短く整えられた茶色の髪に、少し乱れた派手な衣装を身にまとったその男は、息を切らしながらカスパーの前まで駆け寄ると、
「ハァハァ。お待たせしたっす……! 親父……!」
と息を切らしながらカスパーに向かって深く頭を下げる。
そんな彼をカスパーは、拳を軽く振り上げながら睨みつけた。
「馬鹿野郎! ラニ、お前これで何回目だ!」
「すいません。どうも朝は弱くて……」
「その言い訳も何回目だ! 朝が弱いならその対策をしろと何度もいってるだろ!」
「ホントすいません! 以後気を付けるっす!」
ラニと呼ばれた若い男は何度も頭を下げながら、必死に弁明していたが、その姿勢からはどこか抜けた印象が拭えない。
「カスパーさん、そのお方が例の?」
「ん? ああ、そうだ。ほら、早く挨拶しろ」
カスパーが顎で我々を指し示すと、若い男は、
「挨拶って……まさかサポートする相手って、このガキどもっすか!?」
と、一瞬驚いた表情を見せ、私たちを見つめた。
どうやらカスパーは、私達の年齢をこの男に伝えていなかったらしい。
(それにしても、これから関わる相手をガキ呼ばわりとは……)
私がガキと言われてもさして気にしない人間だったから良かったようなものだ。
もし我慢のできない者だったら……。
「……誰がガキじゃと? この若造が」
隣から静かな、しかし確かな怒りのこもった声が聞こえた。
(あ、そういえばいたな。我慢のできない奴が)
キキの周囲に異様な空気が漂い始める。
足元から、まるで闇そのものがじわじわと立ち上るような黒い影が揺らめいているように感じた。
肌に直接触れるかのような冷気が、辺りを徐々に締め付けていく。
視線だけで押し潰されそうな威圧感に、彼は身をすくめ、足をもつれさせる。
その光景は、彼女はただの気まぐれな子供ではなく、人を容易く殺せる悪魔である事を思い出させた。
3日前もガキと言われて禁断魔法を使おうとしていたし、どうも子供扱いされるのが彼女の逆鱗らしい。
ラニは彼女のまるで暗い影が立ち上がるような迫力に、震えながら一歩後ずさった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 本当にすまない! 俺が悪かったっす! 謝る! 謝るから!」
ラニはキキの殺気に圧倒され、足がもつれながら後ずさった。その顔は瞬時に青ざめ、額から冷や汗が滲み出ており、手を上げて必死に防御の構えを取るも、声はわずかに震えていた。
「ガキなんて言葉、もう絶対に使わないっすから!」
キキはじっと彼を睨みつけたまま、ゆっくりとオーラを引っ込めた。そして、鼻を鳴らしながら一言。
「分かればよいんじゃ!」
ラニはその言葉にようやくほっとした表情を見せ、大きく息を吐いた。
その安堵の息が、いかに彼が緊張していたかを物語っている。
そんなやり取りを見て、私は、
(彼女を怒らせないようにしよう。絶対に)
と、心の中で誓うのだった。
~~~
◇ハーレンドタウン南部、商店街◇
「では、ラニさんは貴金属や宝石の鑑定が得意なんですね!」
「その通りっす! 最近じゃ俺に鑑定してもらうためだけに商会に来る人もいるんっすよ?」
彼は自信たっぷりにそう言いながら、軽く鼻を鳴らして笑った。
……あの後、軽く自己紹介をしあった私達は、カスパーに率いられるように商店街に向かった。
どうも、そこにカスパーさんの商会があるらしく、そこで私達に商人のイロハを教えてくれるらしい。
「まあ、それ以外はてんでダメだけどな! こいつ、この前も商会に入ってきた剣を――」
「や、やめてくださいよ親父! その話は内緒にって前にも言ったじゃないっすか!」
ラニは必死に手を振りながら、カスパーを止めようとする。
その様子があまりに必死すぎて、思わず笑いそうになるのをこらえたが、隣にいるキキはそのやりとりにすっかり興味を持った様子だ。
彼女はラニに詰め寄り、期待に満ちた表情でさらに前のめりになる。
「ほう、その話、興味があるのじゃ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 本当にやめてほしいっす! これは俺にとって一生の恥なんすよ!」
彼はますます焦り、後ずさりしながら手をブンブン振り回して懇願する。
ラニの必死な姿を見て、カスパーは腕を組みながら少し考えるが、すぐに大きく息をついて笑う。
「まあ、黙っておいてやるか。すまんな嬢ちゃん。勘弁してやってくれ」
「……むぅ」
キキは不満そうに腕を組みながらも、カスパーの提案をしぶしぶ受け入れる。ラニはようやくほっとした表情を見せ、大きく息を吐いた。
そんな彼らのやりとりに、思わず私も微笑んでいると、少し離れたところで誰かが通りの人々と挨拶を交わしているのが見えた。
落ち着いた深緑のダブレットをスラリと着こなし、細長い指先で端正に整えられた襟元を軽く直す男はカスパーの存在に気づくと、こちらに歩み寄ってくる。
その動作は洗練されており、カスパーのようながさつさは微塵も感じない。
「おや、オルグじゃないか!」
カスパーが手を挙げて声をかけると、その男――オルグと呼ばれた人物は、細身の体を軽く傾けて、にこやかに会釈した。
「カスパーさん。お久しぶりです、ラニ君もお元気そうで」
「オルグさん! お久しぶりっす!」
オルグは優しい声で挨拶を返し、ラニも顔を輝かせて答える。
彼はラニに微笑みながら軽く頷くと、私達の方へ視線を向け、少し首を傾ける。
「……おや? この子供達は?」
「ああ、こいつらは俺がサポーターになった新米商人だ。左がユージ、その隣がキキって言う」
カスパーが私たちを指しながら紹介すると、オルグは再び穏やかな笑みを浮かべて、私たちに向かって軽く頭を下げた。
「ユージさん、キキさん、初めまして。私はナザリー武具店を営んでおりますオルグと申します。どうぞよろしくお願いします」
彼の丁寧な挨拶に、私が「よろしくお願いします」と軽く挨拶すると、隣のキキも「うむ、よろしく頼むぞ!」と胸を張って答えた。
それを見たオルグは軽く頷き、再びカスパーに向き直り、軽く口元を歪める。
「それにしても、貴方がサポーターになるとは……私はてっきり、奴隷商売でも始めたんじゃないかと思いましたよ」
「いやいや、冗談キツイぜオルグ。この俺が奴隷商売なんかに手を出すと思ったか?」
「まさか。少しからかだけのつもりでしたが……少しやり過ぎましたかね。申し訳ない」
オルグは目尻を和ませると、軽く頭を下げて謝罪。
カスパーはため息をつきながら、それ以上追及することなく、軽く手を振った。
「ま、いいさ。それより、お前のほうこそこんなところで何してるんだ。武具店の方は大丈夫なのか?」
「ええ、実は商品の鑑定と買取をお願いしに貴方の商会へ伺ったのですが……残念ながら貴方がいらっしゃらなかったので引き返していたところなんです」
「お前直々に出向いたのか? 珍しいな。普段は部下にやらせて顔を出さねぇのに」
カスパーが少し驚いたように眉を上げると、オルグは少し真剣な顔つきになる。
「ええ、今回はモノがモノなので。下手に他の者に預けるわけにはいかなかったんです」
カスパーが腕を組みながら一歩近づき、少し顔を寄せる。
「……随分慎重じゃねーか。そんなにヤバいもんなのか? 」
オルグは少し目を伏せた。
先ほどまでの穏やかな雰囲気が消えており、その目には真剣さが見て取れる。
「……ええ。場合によっては命に関わる案件です。なにせ――」
「――魔石の指輪、ですから」
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災厄の契約者~狂気的平和主義者による異世界征服記~ 石田ゆうき @issiy3229
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