黒髪の魔法使い

カンカンカン。男は随分年季の入ったツルハシを使って、山肌に穴を開けて行く。


自分の名前は確かイリアだったはず。もう何年も人に呼ばれてないので、定かではないが。


5年、10年、いやそれ以上か。ともかく、自身の体には膨大な時が刻まれているはずだ。


ザッザッドシャ。

ツルハシで掘った土塊をバケツに運び、広大な穴を歩いて外に投げ出す。外は、未だ吹き止まない純白があたりを覆い尽くしていた。


なぜ、こんな事をしているのだろうか。イリアは今でも分かってない。最初の頃は、この作業に何かしらの目的を見出していたはずなのに。


毎日同じ作業をし続ける日々。最初は数分ツルハシを振っているだけで腕や足が張り詰めてしまったが、今では眠るその直前までこの作業を続けられる。


カンカンカン。

しばらく掘っていると、大きな岩がゴロリと外れて大きな窪みが形成される。そうしてその岩を運ぼうとすると、ツルハシとバケツが砂のように崩れ落ちる。


「……」

しばらく呆然とそれを眺めた後、イリアは自身の手で持って岩を洞穴の外に運び出そうとする。随分大きくて重い。こういう時は、ツルハシで細かく砕くのがいいのだが、あいにくとツルハシはついさっき崩れてしまった。


ゴロゴロと岩を転がしながら外へ押し出していると、外を白く染め上げている吹雪が途端に止む。そして、何か途方もなく巨大な生物が翼を折りたたんで洞穴の出口に足を下ろす。


『ほう!素晴らしい出来ではないか、イリアよ!ここなら、誰の喧騒に煩わされる事もなく、安眠出来るというものよ!』

その赤龍は、やけに嬉しそうにイリアの名前を呼びながら洞穴へ入っていく。


まるで赤龍の体が小さくなって行くような錯覚を覚える程、イリアが作った洞穴は巨大で広大だ。大岩を支えながら呆然と立っているイリアの目の前まで、赤龍はやってくる。


「アンタは一体…」

『む?覚えてないのか?50年ほど前に、貴様と約束を交わした、偉大なる赤龍、グゲルギオスだぞ?』

「グゲルギオス…」

その名前を呟いた瞬間、イリアの脳内に鮮明に蘇る昔の記憶。


そうだ。自分は王国を救う為にこの龍ととある契約を持ちかけたんだ。そうして、ここで龍の為の寝床作りに励んでいた。


ヘナヘナと、体から力が抜けて地面に倒れ込む。そんなイリアを、グゲルギオスは面白そうに見つめていた。


「やっと終わったのか…」

『貴様にあげた道具が崩れただろう?あれが試練終了の合図だ。』

おめでとう。器用にも、両手で拍手をするグゲルギオス。洞窟内に轟音が響き、イリアは思わず耳を塞ぐ。


「それで、俺は帰れるのか?」

『勿論だとも、偉大なる者よ。今から貴様の中に入っている龍の血を抜いた後、貴様を王国に帰してやる。』

「そうか…」

『あの幼馴染に会いに行くといい。あれは毎日お前の無事を祈っていた。あれほどの意志を持つ人間は中々いないのでな。あれにも少し褒美を与えたぞ。』

そう言うと、グゲルギオスは手のひらをイリアに差し出してくる。体内の魔力を操作した後、イリアはひょいとグゲルギオスの手のひらに乗り移る。


『それでは英雄の帰還だ!

と言っても、貴様の活躍を知る者はほとんどいないがな。』

「いいんだよ、それで。英雄なんて、知名度がない方がよっぽど良い。」

今だから思う。きっと、勇者なんていない方が良かったのだと。破滅的な厄災をこの龍に齎されたとしても、それでも踏ん張って人間の力だけでもう一度再起すべきだった。


勇者がいてしまったからこそ、人間は龍を超えられると勘違いしてしまった。それが、50年前のあの出来事に繋がったのだろう。


だからイリアの功績も王国の歴史に刻まれてはいけない。何かあった時、人々が勇者や英雄を求めないように。


そんな事を考えていると、遠くの平原に巨大な街が見えてくる。50年前とあまり変わらない王都が、そこにはあった。


『我の体を使えなくなってから、人間どもの生活水準はかなり落ち込んだ。それでも、人間共は何とか工夫と改善をこなし続け今の街並みを完成させていった。』

最初からこうして欲しい物だ。と、グゲルギオスはため息を吐く。


「楽したくなるものさ。人間はな。

俺も、魔法を使っていれば、アンタの洞穴を掘るのに50年も掛からなかったと思う。」

『それではダメだ。困難に勇敢に立ち向かう時こそ、人間の輝きが生まれるのだからな。』

そうだな。とイリアは返事をする。相変わらずこの偉大な赤龍は、人間に対して変な美学を持ち合わせているらしい。


やがて眼前に王都が見え、グゲルギオスは高度を下げる。王都の目の前で降ろしてもらい、イリアは王都に向かって歩き出して行く。


「ありがとう、偉大な赤龍。」

『さらばだ、輝かしい者よ。』

お互い別れを告げて、イリアは王都に、グゲルギオスはイリアが作った寝床に帰って行く。


「さて、俺も帰るかな。」

しばらく赤龍を見つめていたイリアも、自身の故郷に帰るべく足を進めて行った。





「…にしても、俺の家はまだあるのかな。」

そんな、どこか現実的な悩みを抱えながら。











今日も、聖女であるリファは聖堂の床に跪いて祈りを捧げる。祈る相手は、自身の幼馴染。


止めたかった。あの日、イリアが龍の手に乗った時。けれど、幼馴染の顔には覚悟があって。

そんな幼馴染の覚悟を踏み躙れないリファは、とうとうイリアの手を取れなかった。


それ以来、リファは毎日祈りを捧げている。

あの極寒極まる大地で今も懸命に試練に立ち向かっている幼馴染の無事を祈って。


数時間程祈りを捧げた後、ようやくリファは祈りを終える。リファも、グゲルギオスに頼み込んで赤龍の血を飲み込んだ。故に、その体は強靭であり、歳をとる事も無い。



そんな時、ギィ…と聖堂の扉が開き、女の子が入ってくる。


「聖女さま、またおいのり?」

「ええ、そうですよ。今日も、彼の無事を祈っていました。」

「聖女さま、たいへんだね!」

「そんな事はありませんよ。」

少なくとも自身の幼馴染の苦労に比べれば、これ程までに簡単な仕事は無いだろう。


子供を抱き寄せ、その小さな頭を撫でていると再度扉が開く。


「ほら、お迎えが来ました、よ…。」


リファの目に映るのは、あの日と何ら変わらない、少し幼い顔つきを残した彼の姿。


「グゲルギオスの奴、リファにも血を飲ませてたのか?全く、後で抜くように行っておかないとな…」

そう呟きながら、彼はこちらに歩み寄ってくる。あの日見た、杖とローブを着込みながら。


「…もう、試練は終わったのですか?」

「ああ。待たせて済まない。やっと奴の寝床を作り終えたよ。」

震える足で、リファはイリアの元へ歩みよる。

胸に顔を埋めれば、確かな鼓動が聞こえてきた。


「お帰りなさい…。」

「ああ、ただいま。」

震える声でそう言えば、眉を下げて言葉を返すイリアの顔がそこにはあった。


「そうだ、ご飯食べに行かないか?

もう50年も何も食べてないもんで、腹に何か詰めたいんだ。」

「ええ、分かりました。

この王都でとびきりのレストランに案内します。」

リファはイリアの手を引いて、聖堂の扉を開ける。


紅き夕陽が、2人と、王都を照らしていた。

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黒髪の魔法使いと、偉大なる赤龍 スザク大温泉 @kakuyo480

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