異世界から来たハルピュイアの少女と仲良くなる話

凪紗夜

本編



 頭のなかがわんわんと警報が鳴っていた。これは非常事態が起きたときに、頭のなかで鳴る警報。

 目の前でなにが起きたのか僕は自分の目で確認しているのに、その視覚情報がまったく頭に入ってこなかった。

「うう……」

 いつものバイト帰り。いつもの川べり。

 僕の目の前には、黄色のワンピースを着た女の子がうずくまっている。どうやら地面に上手く着地できずに足を怪我したようで、座ったまま動かない。顔は俯いていてよくみえない。

 周りにはだれもいない。まだ僕以外は彼女に気付いていない。

 本来なら駆け寄って、「大丈夫ですか」なんて訊ねるべきだけど、僕はどうしても行動できないでいた。なぜなら、彼女には人間にはないものが備わっていたから。


 ――一対の翼である。


 翼にはこげ茶の模様があり、腰から生えている。それ以外にも、耳がある場所から羽根が覗いている。

 髪は日本人には――いや、世界中から見ても、人間にあるまじき黄緑色だった。

 まるで異世界から来たような風貌だった。


 そして僕は、この少女が、なにもない空中から現れるのを見ている。

 にゅっと、空が縦に裂けて、女の子が放り出されたのだ。


 当然のこととして、そのような奇怪な現象を僕は知らなかった。どんなニュースでも見たことがなかった。仮面ライダーのCGみたいだったけれど、それはテレビ局が子供のために用意した作り物のはずだった。

 なにが起きたかわからない。

 僕が動けないでいるなか、人の気配に気づいてか、ぱっと少女は顔をあげた。

 そして、驚きに目を見開く。混乱したような表情で、口をぱくぱくさせてから、「あれ……ここどこですか? 日本?」と言った。

「に、日本だけど」

 僕は答えてから、「あ」と僕は軽く口を押さえた。

「えっと……その……えっと……あの……ここ……」

 女の子は口ごもる。見る見るうちに、女の子の目に涙が溜まりはじめる。

 僕は焦った。

「えええと、歩ける? 近くの交番にでも行こうか?」

 絶対迷子とかではないのに、僕はそう言ってしまった。

 女の子の涙に庇護欲が搔き立てられたというか、なんだか放っておけない気がした。



 僕と女の子は並んで歩いた。交番には行ったのだが、おまわりさんに説明してもよくわかってもらえず、悪戯だと思われて帰されたのだった。


 女の子――名前は駒鳥イリというらしい――は感情豊かなようで、泣くのをやめたかと思えば、怒り始めた。

「あの警察官なんなんですか! 私をコスプレ扱いにして! コスプレなんかしてませんけど!?」

 そりゃあ翼の生えた黄緑色の髪の女の子が現れたら、普通の人はコスプレだと思うだろう。

 僕は警察官の気持ちが痛いほどわかった。

「まあまあ。とりあえずうちに来たらいいじゃん。姉貴しかいないし」

「それは……ありがとうございます」

 家へいくまでの途中、イリは感情のままに勢いよく僕に自分の話をした。

「真っ黒な髪で、真っ黒な目の人を初めて見ました! しかも羽根なし! テレビでは闇の精霊が多く住んでいる国もあるって知ってはいるんですけど、羽なしは全然見たことなくって……あ、今のは差別発言でした。ごめんなさい、失礼ですよね」

「いや全然。僕ら、羽はいの当たり前だからね」

 そっちの世界に、テレビあるんだ。僕は内心でつぶやきながら、イリの話に耳を傾けた。

 イリは異世界の「日本」という国から来たと語った。

「私の住んでいる日本には、多種多様な種族の精霊が住んでいるんです。私はハルピュイアっていう種族で、鳥の精霊です」

「そうなんだ……その翼の模様、スズメみたいだなって思った」

「スズメは相手を小さいというときにしか使わないです!」

「ごめん、ごめん」

 イリの着ているものや、言語などからしても、僕たちが住んでいる日本とそう変わりないのは感じ取れた。ただそこに住んでいる者が、人間か精霊かの違いだろう。

 僕はイリが突然空中から現れるのも見ているわけだし、彼女が異世界からやってきたというのは、受け入れられた。

 だから、僕の名前が楠雪人であること。両親は海外に赴任していて、姉たちと暮らしていること。いまはバイトの帰りだったことなどを、かいつまんで話した。

「そうなんですか、雪人君って呼びますね」

「まあ呼び方はなんでもいいけど。僕はイリって呼ぶよ」

 そうこうしているうちに、家に着く。今日は土曜日の午後。家には姉のうちのひとりがいるはずだった。

「ただいまー」

「おかえり」

 玄関のすぐそばのリビングから姉の声がする。

「お邪魔します」

 イリは遠慮がちに、そう言って上がった。僕はイリを自分の部屋にあげるか、リビングに連れていくか逡巡し――

「ん? なんか誰か連れてきたの?」

 そんな声が聞こえて、隠し通すことができないなら紹介しておこうと思った。イリを連れて、リビングの扉を開ける。

「なんかさ……じつは」

「あらま、かわいい!!!!! 女の子じゃない!!!!!!」

 僕の声は姉のデカイ声に遮られた。

 姉の萌黄はすぐさまイリのそばにやってくると、イリの羽根の生えた耳に触れた。

「なにこれーカワイイ! コスプレ? ふわふわじゃない!」

 イリはおろおろと、目を惑わせて困惑している。困惑しているうちに腰から生えた翼にも、萌黄の手は伸びる。

 僕はその手を掴んだ。

「やめなよ、萌。イリが困ってるだろ」

 萌黄はイリの怯えた表情に気付いて、手をひっこめた。

「あらあら、そうね。あたしったらつい」

「イリに謝ってよ」

「ごめんなさいね、イリちゃん。突然触るなんてよくなかったわよね。つい可愛くてびっくりして触っちゃった。この耳も翼も、黄緑の髪も綺麗ね。あらあら、おめめも黄緑じゃない! すごい!」

「あ、いえ、そのぉ、べつに、大丈夫なんで……」

 イリは萌黄と目を合わせようとせず、俯いてもじもじとしている。

 初対面で緊張しやすいのか。あるいは、萌黄のジャージで髪をひとまとめにしてすっぴんでいるのを直視したら悪いと思っているのか、どちらだろう。

「てかなに? 彼女? こんなかわいい彼女がいるなんて聞いてないんだけど。家に連れてくる前に一言でしょ、フツー。掃除しなきゃいけないんだから」

「いや、彼女じゃないんだよね。なんか困ってたから連れて来た。道端で知り合った」

「あ、そうなんだ」

「イリ、紹介が遅れたけど、この姉は二番目の姉。萌黄。めっちゃ喋るけど悪意はないから」

 イリはこくこくと頷いている。

 とりあえずリビングのソファにイリを座らせて、麦茶をグラスに注いで出した。

 対面のソファに萌黄が座り、イリの横に僕が座った。

「ええっと、なにか困ってるのよね? お姉さんに話してみなさいな。そこの弟よりは知識は持ってる。年長者だから、あたし」

「ありがとうございます」

 イリはなにかを決心したように、萌黄をまっすぐに見つめて、話し始める。

「ええとたぶん私は……異世界から、来たんだと思います」

「ほうほうそれで?」

 この日本とイリが住んでいた日本にあまり違いがなさそうなのに、住んでいる種族が違うことをイリは説明する。意外にも萌黄は驚いた様子はなかった。

「イリちゃんはどうしたいの?」

「えっと、私まだどうすればいいのかわかってなくて……」

「帰りたいよね?」

「それはもちろん! だって私、あっちの世界に家族も、友達もいるし、土日が明けたら学校行かなきゃだし……あ、私十四歳で、中学生なんです」

「なるほどね」

 自信なさげになったイリを見て、萌黄はうんうんとうなづいた。

 そして事もなげに言う。

「帰れるよ、あたし、帰り方知ってるから」

「え!?」

 驚いた声を出したのは僕だった。

 イリは驚いた顔のまま、声もなく固まっている。

「ふふふ、年長者の知識を侮るなかれ。楠家秘蔵の奥義の書には、異世界から来た者の帰し方だって載っているのであ~る」

「そ、そんなもの僕は存在自体知らなかったんだけど」

「十八歳以上の一族の者にしか知らされないのであ~る」

 萌黄は電話機のそばから一冊のノートを取り出した。

 そんなところにしまっていていいのか、奥義書。

「ええっとね……ここに、ほら、『緯度経度35.924631,141.822509に、夕方四時四十四分に連れてこい』だってさ」

「え、どこそこ……」

「Googleマップを使おう」

 調べてみるとそこはここから電車で行ける距離にある、ネモフィラの花畑で有名な場所だった。

 時計を見るともう四時四十四分は過ぎている。

「今日はだめだね、明日行こう」

 イリは少しそわそわとした様子をみせる。不安なのだろう。この日本ではイリは異邦人の身だし、お金も持っていなければ、頼れる人もいない。

 僕は口を開こうとして――

「今日は泊まっていきなさい」

 先に萌黄が言った。落ち着いた大人の口調だった。

「え、いいんですか……」

「ここで放り出したら、性根腐り果てすぎだよ。えっと、雪人の部屋に泊まる? あたしの部屋がいい?」

「も、萌黄さんの部屋がいいです。……あ、えっと、ご迷惑じゃなければ」

「おっけーい! お古のTシャツ貸すね。必要だったら切ってもいいし。じゃああたしは夕飯作るから、それまで雪人の部屋でおしゃべりでもしてなー」

「本当にありがとうございます! 雪人君もありがとう!!」

 イリは何度も頭を下げて、部屋を出た。



「うえーーーーん」

 そして、イリは僕の部屋で泣いているのだった。

 暇だからオセロを出して遊んでいたのだが、イリは激よわだった。あっさり僕に四隅をとられると、俯いてなにやら嗚咽をあげはじめたのだった。

 僕はどうしたらいいのかわからず、ティッシュを渡すことしかできない。

「うう、ひっく、こんな、居場所のない私を置いてくれて、ありがとう、ひっく」

「いいよ」

「ひっく、ごめんね、迷惑かけちゃって、ひっく」

 てっきり、オセロで負けて泣いているのかと思ったが違ったらしい。いままでの動揺が一気に押し寄せて、泣いてしまっているようだ。

 僕はイリが泣き止むまで、沈黙していた。

 落ち着いたころに、僕は言った。

「イリが空中から現れたとき、びっくりしたけど、今は面白いなって思ってる。出会えてよかった」

「うん……私も。こっちに来て初めて知り合えたのが雪人君で良かったし、萌黄さんとも知り合いになれて、ほんとうによかったと思ってる……」

 それから、僕たちは自分たちの生活をお互いに話し合った。

 イリの学校では速く空を飛ぶ競技があること。イリは一番遅いこと。インターネットはイリの世界にも普及していて、動画サイトでイリは休日にたまに配信していること。夏休みに友達と東京に行く約束をしていること。勉強に詰まっていること。

 話を聞けば聞くほど、僕たちの生活は近いんだとわかった。お互いに親近感がわいてきて、話題は尽きない。

「ああいう先生って嫌だよね。このまえ担任が――」

「萌黄ってば、脱いだ服片づけないから――」

 イリが担任の悪口を言ったり、僕が姉貴の悪口を言ったり。

「この間、姉貴がスタバに行くのに僕もついていったんだけど、期間限定のいちごのやつが――」

「私の世界には精霊が精気を込めたジュースがあるよ」

「どんな味なのそれ?」

「爽やか」

「全然想像できない」

「えーたぶんさあ、こっちの世界と私の世界、売られてるジュースも違うでしょ? 異世界のジュース飲んでみたい!」

 味わったことのないものを想像して期待して。これらの情報交換はちょっと異文化交流だった。

 そのうち一階から「ごはんできたよー」と萌黄の声がした。

 僕らがダイニングに行くと、そこには四人分のカレーが用意されてあった。

 席にはさきほど仕事から帰って来た、澪もいる。澪はイリを見て無表情で会釈をした。

「あ、あたしから澪姉には話してるから!」

「駒鳥イリです。今日はよろしくお願いします」

 イリは澪にはにかみ笑いをした。

「……よろしくね」

 めずらしく澪はぼそぼそと喋った。澪は弟の僕から見ても、コミュニケーション力がない。学生時代は友達はいなかったし、喋らないし、ひたすら陰気だし、こんなんで会社でやれているのか不安だ。

 ともかく四人で「いただきます」をする。

「え、このカレー、すごい! おいしい! 私の世界で食べたどのカレーより、すごく美味しい!」

「そりゃよかった~」

 萌黄は得意げだ。

 夕飯を食べ終わると、萌黄から千円渡されて「ちょっと炭酸飲みたい気分だから買ってきてよー。残りはお小遣いにしていいからさ」と言われた。

 僕とイリは徒歩三分のローソンへ繰り出した。

「お菓子八百円ぶんくらい買えるけど、イリが選んでよ」

「わーい」

 こんなコンビニ程度でもイリは喜んでくれて、チョコレートやアイスなどを買った。

 家に着く前に待ちきれず、アイスを開封して、かじりながら帰る。電灯の灯りのなか、街並みは闇に沈んでいる。静かな道を二人で歩く。

「めっちゃアイスも美味しいね! 思ったんだけど精霊の精気って邪魔なんかもしれない……」

「そうなの?」

 精霊は精気を生きている限り発していて、料理すると多少なりともそれが混ざってしまうらしい。

「うむむ……新発見……」

 名残惜しく、イリはアイスの棒をかじった。

 家に着くと、リビングで萌黄も交えて、ちょっとしたお菓子パーティをした。

「どれも味がちょっと違う! おいしい!」

 と、イリには好評だった。


 食べ終えて、風呂に順番に入って、就寝した。

 僕は寝る前に暗い部屋の天井を見つめて、今日は楽しかったなあと思い出していた。まるで夢幻のような異邦人。明日には消えてしまう、期間限定の友達。イリの笑顔や、泣いている姿が、思い出されては消える――それを繰り返して、僕の意識はいつの間にか途切れていた。

 翌朝、起きると、萌黄が弁当を用意してくれていた。

「夕方の四時四十四分に絶対にその場所にいられるように、昼間から準備していきなさい!」

「ありがとう、萌」

「ありがとうございます、萌黄さん」


 僕たちは萌黄に見送られて家を出た。

 ネモフィラの咲く公園を目指して。



 道中、電車のなかで翼を邪魔そうにされることはあれど、「なんだその容姿は」などと騒ぎ立てられることもなく、平和に公園に辿り着けた。

 ネモフィラの咲く公園は、絶景だった。青い花畑は幻想的で、空はどこまでも晴れ渡って、まるで異世界のよう。観光客はいたが、イリの出で立ちに興味を示すような人間はいなかった。

「すっごーい、綺麗! 写真撮れないことが悔やまれる……」

 少し花畑のなかの通路を歩き回り、お昼になって、ベンチに座ってお弁当をひろげた。イリは腰の翼をぱたぱたさせる。

「わあ、萌黄さんの作ってくれたお弁当、どれもおいしそう」

 お弁当には卵焼きやウインナー、茹でたブロッコリー、おにぎりなど、それほど手の込んだものは入っていなかったが、それでもイリは喜んでくれた。

 始終笑顔で美味しそうに頬張って、「おいしい、おいしい」と漏らしていた。

 萌黄の料理なんて僕にとっては珍しいものじゃないのに、僕もなんだかめちゃくちゃ美味しいものを食べているような気がして、楽しくなった。

 さて四時まで暇である。

「好きな人とかいるの?」

 と、ベンチに座ってネモフィラを眺めながら、なにを思ったか急にイリは訊いてくる。いつの間にか僕に対して敬語は外れていた。

「いないよ。イリは?」

「同じく。恋愛とかわかんない! 同級生たちが恋愛のあれこれ言ってるの見るとなんだかついていけない」

「十四歳で恋愛にいろいろ言ってるのは、けっこう早熟なほうじゃないかな? なんで突然そんなことを言い出したの?」

「これ、デートなんじゃないかって思って」

 僕は「そんなわけないだろ」と笑い飛ばした。けど、あれ? デートなのだろうか? と考え直す。

 帰るためにここに来たけれど、この時間は穏やかすぎて、デートのようだった。

「でも恋愛感情がないのにデートってなんだろう」

「女の子同士が遊びに行くときに冗談でデートとかは言うよー。私も友達と遊ぶことをデートって言ったりするもん」

「それは別」

 僕たちは少し沈黙する。

「ねえ……雪人君との間にあるのは友情だよね?」

「もちろん」

「えへへ」

 イリは笑いだす。僕もつられて笑った。

 僕もイリと過ごしたのはたった一日未満だけど、友情らしき絆を感じていた。自分が感じていたものが錯覚じゃなかったと知れて、嬉しくなる。男友達はいたけど、女友達は初めてだ。

「本当は今日で終わりじゃなくて、また会えたらいいんだけど」

「まあもしかしたら奥義の書にそっちの世界に行く方法があるかもしれないし、成人したらね」

「……うん、あのさ、交換日記しない?」

「え? 渡す方法ないけど」

「毎日日記を書いて、会えた時に交換するの! だめかな?」

「会えない日々を埋めるみたいで、いいじゃん。やろう」

 公園の奥に「熊注意」という看板と森へ続く散歩道があった。「精霊は熊に勝てる」とイリが言うので、僕たちは散歩道を歩いた。奥には誰が遊ぶのかわからない朽ち果てた(ように見える)遊具と、湖があった。

 僕たちは歩きながらまた様々なことを話した。

 そうして時刻は四時になる。ネモフィラ畑のほうへと戻り、そわそわと公園に設置されたアナログ時計を二人で見ていた。

「また会おうね」

「うん」

 僕たちは拳を合わせて、約束した。

 ついに時刻は四時四十四分を迎える――

 だが、四十五分になっても、変化はなかった。

 僕たちは顔を見合わせる。

 ネモフィラは静かに風に揺れている。

「緯度経度間違った……?」

 僕が不安に駆られてもう一度調べようとしたところで――

「ああ、こんなところにイリーガルがおりますわあ」

 そんな女性の声がして、空が裂けた。そうとしか表現できない真っ黒なスリットが空中に現れていた。

「逃げないでくださいねー。いま元の世界に返すんで。ちょっとの間我慢してくだせえ」

 その裂け目から、巨大な腕が伸びてくると、イリを捕まえた。イリや僕を簡単に捻り潰せそうな手が、柔く脆いイリを掴んでいる。イリの表情は強張って怯えていたが、僕をちらりと見ると微笑んだ。きっと最後にみせる表情は笑顔にしたかったのであろう――その努力がわかったからこそ、僕も笑った。

「またね」とイリは叫ぶ。僕も大きく「またね」と言い返した。

 感動的な場面だったが、声がそれを遮る。

「またねとかやめてほしいっすわあ。イリーガルを回収しなきゃいけないこっちの身にもなってくださいよお。本来は次元を超えるなんて許されちゃいないんですからねえ。精霊はここより上位の世界で、人間より魂の揺らぎで壊れやすいんですからあ」

「こ、こっちの世界に望んできたわけじゃない! なんか道歩いてたら勝手に裂け目に落ちてたんだから、どっちかっていうとあんたの責任でしょーーーー!!!」

「え、私のせいじゃありませんよお。まあ私ら管理局のだれかがミスったんでしょうねえ。知らんけど。ほら、とりあえず帰りますよお」

 イリを捕まえた腕は、空間の裂け目に引っ込んでいった。裂け目は元通りになる。

 なんだか気の抜ける会話だったが、気が付くと僕は地面に座り込んでいた。どうやらあの腕に無意識に恐怖していたようだ。会話も人間より上位存在の会話って感じだったし。この世界、まだまだ未知のものが多いな。

 僕は静かなネモフィラの花畑のなかで、夕暮に染まった空を見上げて、しばらくぼうっとしていた。


 家に帰って、新品ノートを取り出して日記を書いた。イリに渡すための日記。

 夜眠る前に、またイリと今日あったことを思い出して、少し楽しい気分になり眠りについた。


 またね、とは言ったし、日記を書いてもいるけれど、また会うことはないと思っていた――

 けれど翌週。


「来ちゃった」


 なぜかイリは恥ずかしそうにはにかみながら、うちの玄関にいた。




〈続かない〉

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異世界から来たハルピュイアの少女と仲良くなる話 凪紗夜 @toumeinagisa

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