第2話
某は猫である。
この地に来て幾日か、漁村の暮らしにもだいぶ馴染んできた。
だが、馴染んだとはいえ、未だに腑に落ちぬことは多い。
まず、村の者たちの外見だ。
髪は黒のみならず、金、赤、青、銀――まるで四季の彩りのよう。
目の色も、瑠璃や琥珀、翡翠色と様々。
私も、これまでに南蛮渡来の異人を目にしたことはあるが、ここまで多種多様な人の集まる地は知らぬ。
「……これが異国の在り方か」
私は溜息をひとつ吐く。
見慣れぬものを異端と決めつけるのは愚の骨頂だが、戸惑うなというのもまた無理な話だ。
朝、イリナは必ず戸外へ出て、海へ向かう。
網を干し、魚を整理し、時には近所の女たちと井戸端で談笑する。
私はそれを物陰から観察する。
女たちは皆、手先が器用だ。
針仕事をしながらも口は休めず、言葉の端々に柔らかさと逞しさがある。
戦乱の世で荒んだ民衆とは、明らかに異なる。
「なるほど……この地では、女も家を支える力なりか」
大いに学ぶべきことだ。
拙者は尻尾を巻き、じっと耳を澄ます。
と、不意にユナがこちらを見つけ、にぱっと笑った。
「クロ、みてみてー!」
手に持っているのは、編みかけの籠。
どうやら初めて自分で編んだらしい。
私は歩み寄り、そっと鼻先を寄せる。
素朴な草の匂いと、幼い手の汗の匂い。
「よくできておるな」
にゃあと小さく鳴く。
ユナはにっこりと満足げだ。
……うむ、童は褒めて伸ばすに限る。
午後、村の男たちは沖へ漁に出る。
櫓を漕ぎ、網を張り、夕刻まで戻らぬ。
残された村には、女たちと子どもたち、そして老いた者たちだけ。
その静かな昼下がり、私は村を歩いた。
石を積んだだけの井戸、風に揺れる小麦畑、おそらく家畜だと思われる牛に似た獣。
どれも、異なる理で成り立っている。
だが、生活のために工夫を凝らす姿は、どこか懐かしい。
「……民は、国を映す鏡なり」
かつて主君が言っていた言葉が脳裏をよぎる。
この地の民がこれほど逞しいならば、さぞかしこの国もまた、侮れぬものだろう。
もっとも、私には国名も、王も知らぬ。
知っているのは、ただこの村と、イリナとユナ、そして彼女たちが差し伸べてくれた小さな温もりだけだ。
夕方、男たちが戻ると、村はにわかに活気づく。
浜には魚を捌く者、塩をまぶす者、網を繕う者。
火が焚かれ、煙が立ち上り、潮と炙りの匂いが空を満たす。
私は軒下からその様子を眺める。
どこか、戦場にも似ていた。
各人が役割を持ち、声を掛け合い、急ぐでもなく、乱れるでもなく、着実に事を進める。
違うのは、そこに“生きるため”の必死さが満ちていることだ。
奪うためではない。守るためでもない。
ただ、生きるために、皆がそこにいる。
「……悪くない」
私は小さく呟き、尻尾を振った。
夜。
今日も、イリナが炙った小魚を分けてくれる。
私は一礼して、それをいただく。
干草の上で丸くなり、満たされた腹と、潮騒を聴きながら、目を閉じる。
この世界は、まだわからぬことばかりだ。
だが――
少なくとも今は、この小さな村と、この温かな家族に、
背を向ける理由など、どこにもない。
明日は、どんな一日が待っているのだろう。
そんなことを思いながら、私は静かに眠りへと落ちていった。
お侍さん、異世界で猫になる @nyankoraizo
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