デッサン
椿カルア
デッサン
美術室から置きっぱなしにしていたスケッチブックを取って教室に戻ってくると、カーテンの隙間から差し込む夕日に照らされている慎介の姿があった。
「慎介〜、やっぱ美術室にあっ…………」
何気なく発した言葉は、俺の視界が正確に慎介の輪郭を捉えたことでフェードアウトの形をとって空間に溶け込む。
「…………」
日差しの薄橙は慎介の頬を掠めて慎介の様子を鮮明に映し出す。
日の入り前の光を背に受けて、慎介は切れ長の瞳を閉じて微睡みの中にいた。
慎介の奴、人にはちゃんと布団で寝ないと体に悪いとか言っているくせに自分は座ったまま寝落ちしてんのかよ。
教室の窓際の席に座り、慎介は腕を組んだまま机に寄りかかり微かに寝息をたてていた。
時々首が横に倒れそうになるのを無意識下で耐えようとしているのか、眉間によく見ないとわからないくらい小さなしわができたりしていた。
普段学校では絶対に見せない慎介の素の表情を思わぬところで見れたからか、俺は思わず声を必死に抑えて傍から見たら奇妙な声を出して笑う。
他人に隙を見せない、そもそも冷たい人と誤解されることが多いせいか、慎介の本当の性格を知っている人は慎介の両親と俺くらいなもので。
そうしてみると、慎介のこんな姿や表情を独り占めできるのは他でもない彼氏というものの特権なのかもしれない。
慎介を起こすどころか無性にこの風景を残してみたくなって、俺は近くにあった椅子に音を立てないように座り、ゆっくりと上下する肩の動きを眺めながらリュックの中からスケッチブック取り出し適当なページを開いて慎介のペンケースからシャーペンと消しゴムを勝手に使ってデッサンを始める。
簡単にアタリを取って、次に輪郭を継ぎ足して線が太くならないように気をつけながらまつ毛の部分を描く。
首のところまで描き切ればあとは形に合わせて服を描くだけ。
影の陰影の差に気を配って服のシワの流れに気をつけて慎重に線を運んでいく。
「よし。あとはこれで…………、あっやべっ!」
途中で慎介が起きていないか見てみたが、どうやら相当深く寝ているようで俺が消しゴムを落としそうになって図らずも大きな声が出てしまってが全く起きる気配はなかった。
危ない危ない。
何度も慎介とスケッチブックを見比べて、最後にサンダルに被さったズボンの裾を影まで描き切る。
芯が紙に触れ音を立てて削れていくにつれ、まっさらな画用紙に人物画が浮かぶ。
短い時間ではあるものの、思いつきで始まったデッサンで使った画用紙には正面にいる慎介の姿が我ながら中々の出来で描き写されていた。
画用紙の中の慎介をしばらく見つめて、俺はスケッチブックを閉じてリュックにしまい慎介を改めて起こすことにした。
借りていたシャーペンと消しゴムをペンケースの中にしまおうと椅子から立ち上がり、慎介の隣にあるペンケースを取ろうとすると、突然耳元に話しかけられた。
「気は済んだか、宏」
「うぇぃあぁっ!?し、慎介!お前起きてたのか?」
「いや寝てはいたぞ。もっとも、お前が目の前でデッサンを始めた頃には起きたがな」
「なっ………。だったら言えよ!」
恥ずかしさでやや顔を赤らめて文句を言うと、慎介は悪びれもせず堂々と口を開く。
「あんなに楽しそうなお前を俺が止められるはずないだろう」
「開き直るなよ……」
羞恥心が限界に達し顔を両手で覆っていると、慎介は少し黙ってから何か思い立ったように言葉を紡ぎ出す。
「………宏、今日泊まってもいいか」
「え、今日?別いいけど……。芽依さんたちいいの?」
「連絡すれば大体許可は出る」
「ですよね〜。じゃ帰ろーぜー」
「後で絵見てもいいか」
「わーったよ」
デッサン 椿カルア @karua0222
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