side 光希 満ちる月に欠けた石

ピ、と機械音を鳴らしてガコン、と落ちた缶ココアを拾う。


今日は一段と冷える。白い息を吐きながら、夢見夜光希(ゆめみよ みつき)は温かい缶ココアを自販機の取り出し口から取り出した。


ひんやりとした指先にじんわりと広がる暖かさ、どうやら自分でも知らぬうちに相当冷えていたらしい。


星でも眺めてぼんやり帰ろう。

なんて頭の中でのんびり考えていたところで背後から声をかけられた。


「光希?」

「君の名前なんだっけ」

「夏也だよ、本当忘れっぽいなー、お前は」


『というか、名前くらいそろそろ覚えてくれよ』という夏也は先月辺りか、隣町から引っ越してきたばかりの編入生だったりする。


隣の席に座った夏也は周囲の生徒たちの視線や質問に物怖じせず、全て簡潔に答えていた。所謂『真面目』な気質なのであろう。


人とコミュニケーションを取ることがあまり得意では無い光希には関係のない話だ。そう、思っていたのだが


光希が授業中居眠りをした時、深くは聞かずに代わりに板書したノートを後で見せてくれたりだとか

移動授業の際、物忘れが激しい光希が校舎内を彷徨っていたりした時に何も聞かずに教室へ案内してくれたので


必然的に仲良くなってしまった。


光希は少し悩んだ末に自販機の元までスタスタ踵を返すと、ピ、と缶お汁粉のボタンを押した。


「いつもの礼」

「なんの?」

「僕が困った時、助けてくれるから」

「そんな事したっけ」


そう言いながらも『ありがとう』と貰ってくれるあたり、彼は人が良いのだろう。

ココア缶を勢いよく振り、プルタブを開ける。ぼんやりと星を眺めながら歩いていると『折角だし、駅まで一緒に帰ろうぜ』と背後から追いかけてきた夏也が言った。

首を縦に振り、何となく世間話の一環で口にした。


「僕さ、幼い頃から物忘れが激しくて、方向音痴なのも相まって、周りから結構避けられてたんだよね」

「へぇ、そりゃあ、苦労したろ」


「うん、でも、五歳くらいの頃だったかな、気づいたら知らない土地まで歩いていたなんて事があってね、幾度もそういったことがあったからか、ある程度の体力がついたから、苦労したとは思っていないよ」


「えぇ…、それは、親御さんが心配しただろ」


「ううん、僕の両親は幼い頃に喧嘩別れしたから」

「…そうか」


バツが悪そうな顔をして夏也が視線を逸らした。変なの、勝手に話したのは光希だというのに、聞いて勝手に傷ついている。

光希はなんだか人が良過ぎる夏也に苦笑して、困ったように応えた


「その両親なんだけどね」

「おう」

「八歳の頃、僕が学校へ向かおうとして間違えて関東平地の山奥まで入ってしまった時に、野生の熊と遭遇してしまってね」


「両親は何処へ?」


「時期尚早、この後に出てくるから」

「どうやって熊と闘って両親に繋がるんだよ」


夏也が首を傾げた。そりゃあそうだろう。今、光希が話している内容は、光希自身初めて自分から他人に話した経験談なのだから。


「死闘を繰り広げた末に、僥倖な事に実の父さんと再会できてね、その山奥で修行を重ねて…ある程度方向音痴気質が良くなって、山から降りてきて、今の僕があるんだ」


「父さんと再会できたのか⁉︎」


「うん」


頷くと夏也は口をあんぐり開けた。そんなに変なことを言っただろうか?


そんな事を思いながらココアを啜ると未だ熱かった。舌がヒリヒリする。

隣を歩いていた夏也は『まぁ、世界は広いしなぁ…』と言うと寒さで悴んだ指でプルタブを開けた


「光希の方向音痴は元はもっと酷かったのか…」

「うん、今よりだいぶ」


「じゃあ今の住居はどうしてるんだ?」

「父方の祖父の家に居候中」


「…迷子には?」

「本当に不味い時は方向音痴の爺ちゃんとバッタリ会うから大丈夫」


「お前の爺ちゃんも方向音痴かよ‼︎」


夏也の叫びが闇夜に木霊した。電柱に止まっていた烏が飛んでいった。夏也は驚くと声が大きくなるらしい。面白い奴である


星をぼんやりと眺めながら歩いていると、途端、夏也に声をかけられた。曰く『ぼんやり星を眺めながら歩いていて逆に迷子にならないか?』だそう、光希の身を案じてくれているらしい、優しい。

光希は唸った末に答えを出した


「道に迷った時は星を見て、方角を覚えて歩く。星は僕の道標なんだよ、父さんと爺ちゃんの教え、だから、あんまり迷わないから大丈夫」

「そうか…」


夏也が西の方角へ目を向けた。理に適った物言いに納得したらしい。

まあ、それはそれ、これはこれなので。


「だから、本当に僕が辛くなったら、今度は夏也が道標になってね」


「役割が重要過ぎて重荷過ぎる!」


断りきれない彼は、光希にとって眩し過ぎるくらいの光だ

夏也は光希が困った時に手を差し伸べてくれるから、光希にとっての最高温の熱さを誇る星の光なのだ


そんな事を言ったら、彼はもっと困ってしまうだろうから、決して言わないけど


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏日和! 雪乃 空丸  @so_nora9210

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ