side 智春 現在ロールプレイング

筆を置く

驚くほどに何も描けない


朝貝 智春(あさがい ちはる)、絶賛スランプ中だ。


「気分転換でもすっかぁ〜」


こういう時は気分転換に限る

智春はカタンと音を立て、立て付けの悪い椅子から立ち上がった。


屋上の鍵は普段旋錠されているが、智春の手にかかれば三秒も掛からない。

これは智春が幼い頃からの趣味で行っている知恵の輪からくるものでもあった。


智春の父親は仕事に忙しい人間で、母親は暇を持て余している智春を見兼ねて、自身の作成したパズルピースや知恵の輪、簡単には開かない宝箱などの玩具を贈った。

余談だが、智春の母は『朝貝』という姓であり、その手の業界では結構名を馳せるクリエイターだったりする。


それにドハマリし、気がついたら周囲の子たちはゲームや戦隊モノの玩具で遊ぶなか、智春は知恵の輪を必死に解く人間となっていた。


閑話休題


そんなわけで智春の特技はピッキングである。いつもの調子で固く閉ざされた立て付けの悪い扉を軽やかに開け、屋上へ入る。


手入れされていない屋上のコンクリートの床は勿論汚くって、でも何故だか智春はその場所が一番落ち着いた。


「空が一番近い場所だからかな」


ぼんやりと少しばかり曇った夕景空を見上げ、深呼吸をひとつ、カンカン、と酸化鉄にて錆びた梯子のパイプを掴み、手が汚れるのも厭わず一番高い場所へ駆け寄る


持ってきた毛布を床に敷いて、ごろんと頭をアスファルトに打ちつけぬよう横たわる。


(嗚呼、今日も空が綺麗だなぁ)


すると、ギィ、と扉が開かれる音が聞こえてきた。

どうやらお客さんが来たようで、智春は知っている来訪者に『にゃっほー』と緩く手を上げた


声の主に気づいた屋上への来訪者は、智春の間の抜けた様子に一度ため息を吐くと、パイプの梯子をつたって、上へと上がってきた。


「やっと見つけたよ」

「さっきぶりじゃん、夏也」

「部室にいなかったから、心配した」

「そりゃま、悪し悪し」


たはは〜、と笑いながら軽く謝罪をする。そんな智春の様子に少しばかり呆れたように『まったく』と一言、夏也は肩の力を抜くと、毛布に包まる智春の隣に拳ふたつぶんくらいの間隔を開けて座った


「美術部、小川(おがわ)先輩が心配してたぞ『朝貝がまた失踪したぁ〜ッ!』って」

「失踪って…ただの気分転換じゃんか」

「その気分転換に一週間以上かかった事もあっただろ」


呆れたように溜息を吐く癖、こうして自分を探しに来てくれる夏也は良い奴だ。

同じ美術部仲間で、『朝貝』智春という才能を見ずに、ただの朝貝『智春』として接してくれる、不思議な人間


「兎に角、締切は守らないと、美術部の沽券にも関わるって鬼の副部長も言ってるし、締切は守って提出した方が良いみたいだぞ」

「…ねー、夏也」

「なんだよ」

「此処って冷えるね」


侵入禁止の屋上の、一番上の、空から近い場所。

どうしてそんな当たり前の言葉がポロリと溢れでたかも分からない。

訂正の言葉を探そうと、ああだ、ううだの智春が唸っていると、目をぱちくりさせた夏也は、ひとこと口にした


「…そりゃぁ、空に一番近い場所だからじゃ?」

「…ポエミー、シンパシー感じたわ」

「勝手に感じるな、ドアホ」


恥ずかしくなってきたのだろう、耳まで赤く染めた夏也が面白く感じて眺めていたら、夏也の真後ろに白い放射線が偶然見えた


「…ぁ!」

「?」


不思議そうに首を傾げる夏也すら無視をして、手を組み願い事をする。


(どうか、どうか、)


「…よし!今なら面白い作品が描けるかも!」

「今のどこにその要素があったんだよ⁉︎」

「さっき、流れ星が流れたんだよ、多分此間流れた、しぶんぎ座流星群の残骸だと思う!」

「マジで⁉︎うわー!俺も見たかった...!」


頭を抱えて本気で悔しがる夏也が面白可笑しくて、智春は笑った


「今度また一緒にサボタージュして観ようぜ!」


『部活をサボるのはよくねぇだろ!』などとお小言も多少聞こえた気がしたが、素知らぬふりを決め込んで、智春は欠伸を噛み殺した


毛布から立ち上がって、緩く畳んで、錆びた鉄格子を降る


「ぬぇー、なつやん」

「なんだよ、智春」


「お前さんが俺のヒーローだよ」


にんまり笑って言えば、少し恥ずかしそうな旧友の姿。


これなら、なんだかスランプも乗り越えられそうな気がする


(夏也が近くに居ると、不思議と肩の力が抜けるんだよね、なんでだろう)


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