倫理

長万部 三郎太

その鋭い嗅覚で

麻薬探知犬や盲導犬といった、人間社会での明確な役割を与えられた犬たちがいる。

ここにも昨今のモラルを正すべく導入された一匹の「倫理犬」がいた。


倫理犬の役割は道徳の順守と啓蒙にある。


個人情報や機密情報の漏洩、さらには多様化についてなど幅広い知見を持ち、その鋭い嗅覚でヒトが感知できない領域すらサポートするのが彼らの得意分野なのだ。


基本的に犬は人間と行動を共にするのだが、この倫理犬は単独行動を取ることで知られている。それほどまでに賢く、そして自立した存在。



ある時、街中で激しく吠える犬がいた。倫理犬だ。

その視線の先にはまた別の犬がいた。


犬はリードもちろん首輪もつけておらず、飼い主らしき人間も見当たらない。

モラルに反した野犬であった。


またある時、駅前で激しく吠える犬がいた。倫理犬だ。

その視線の先には歩き煙草を吸うおっさんがいた。


おっさんは携帯灰皿を持っておらず、周囲の人間も文字通り煙たがっていた。

モラルに反した人間であった。



このように日々指導に励む倫理犬。

しかし……。


行き過ぎた指導が祟ったのだろうか。

パワハラ疑惑で別の倫理犬から新たな指導が入った。


犬は言う。

お前が倫理を指摘するとき、倫理もまたお前を指摘するのだと。





(すこし・ふしぎシリーズ『倫理』 おわり)

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倫理 長万部 三郎太 @Myslee_Noface

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