第2話 決断
「どうした? 高木君?」
委員長の心配そうな声が聞こえた。
うェ?
どうやらわずかな間、俺は失神していたらしかった。
「…………いや、何でもない」
俺は何とか立ち上がり、自分の席に座り込んだ。
「気にせず自己紹介を続けてくれ」
おかしいのは俺なのか? なんで誰も何も言わないんだ?
もう髪を染めてるとか、化粧だコスプレだの域を飛び出ちゃってるだろ。冗談にしても手が込みすぎてる。
夏休みの間にみんなに何があったん――。
「それ以上近づくのはやめておけ」
やけに通りの良いバリトンの声がした。
今度は何のもめ事ぉ……?
「今晩のシチューを四つん
かっちりとスーツを着込んだ足の長い男。英国人俳優のような紳士面のオールバックが、眉をひそめて警告していた。
「ハッ。先手は譲ってやる。まずはお前から来いよ? 俺は指一本で相手してやるゼ?」
答えたのはヒャッハーな容姿のモヒカン男。人差し指をチョンと突き出し、舌を出して、こいこいと手招きしてる。
えぇえ……。
「なら俺は小指だ」と、オールバック。
それに、「ああン?」とモヒカンが答えた。
一歩の距離を隔てて、一触即発のにらみ合い。
一体何が起こるんだ!? 明らかに正反対の二人の男。まさか指相撲で決着なんてないはず。しかしカッコイイもめ事だなオイッ!?
かぶりつきでそのケンカの行く末を期待する俺をよそに、
「フフフフ」オールバックがいきなり笑う。
「ははははは」それに釣られてモヒカンが目を剥き笑い出す。
突然笑い出した二人をきっかけにして、周りを囲んだクラスメート達も同じように笑い出した。
くっくっく。
ククク。
カカカカッ。
ガタガタと机を揺らし、なぜかそこここで笑い声が上がった。
はははははは。
その中心でにらみ合ったままの火中の男達。互いに間合いの内にいる。
モヒカン男が、天を仰ぎ腹を抱えた。
「アーーーーーッハッハッハッハ!!」
狂気に満ちた目で、男が笑う。
どうしよう……。俺も笑ったほうがいいのかな?
でも正直気味が悪いよ――、
「――何がおかしいッッ!!!」
ヒッ!!
モヒカン男が左右をにらみ、シンと静まり返る教室。
「…………」
はぁああ?
すごいビックリしちゃったけど、それ俺がいつかやりたいってずっと思ってたヤツじゃん!! マジかよ、あぁやれば自然にできるのか……。
「……それで挑発しているつもりなのか? 喧嘩を売るならもう少しはっきり言ってくれ。あいにく俺は感情が死んじまってな」
オールバックが、やれやれとため息をついた。
「奇遇だな、俺も感情が死んでるゼ?」
と、モヒカン男。
「ちなみに俺もだ」
「俺もだ」
「俺もだ」
「俺もだ」
「俺もだ」
クラス中の男連中が我先に、その『俺もだ』の列に連なる。
だから、俺も一応「俺も感情が死んでるぞー」と、手をメガホンにして加わっておいた。
どうしても言っておきたかったから。
その「俺もだ」の列の最後、どこかで「ワン」と声がした。
うェ?
見ると、和田の席に学ランを着たシェパード犬がおすわりしてた。
「…………?」
なあに? 今度は?
……どっから来ちゃったのよこのワンコ?
「……へぇ? お前も感情無いのか、和田君」
胸筋が摩天楼のように張り出したスキンヘッドのおっさんが、犬に向かってそう聞いた。
ブエッ!?
男に向かって、もう一度「ワン」と鳴く犬。
どうやら彼が和田君らしい――
あと、このハゲ誰?
◇◇
「――私は、斉藤『子機』あつこ。能力は『子機』ね。皆と違って私は完全に何もしていなかったわ」
大人びた雰囲気の女子が、髪をかき上げそう言った。どうやら自己紹介はまだ続いていたらしい。
能力? 聞き間違いじゃなければ彼女今、『能力』って言ったよな?
なんだろうコキって……。
「すごいな斉藤さん。『完全に』か?」
そこじゃないだろ委員長ぉ。斉藤さんがせっかくネタ喰ってきてるんだから。
「えぇ。完全に何も、よ」
斉藤さんはどこまでもクールにそう言った。
「では最後に『した』と思ったのはなんだね?」
何なんだよそのインタビュー。どこに突っかかってるんだ。
「うーん。……しいて言うなら、王城の歓迎食事会で、おかわりしてそのまま残したことかな」
おうじょう?
「すごいなそれは! ずいぶん『してる』じゃないか!」
まるごとか? と、息荒く委員長が尋ねていたが、俺には、彼の感動ポイントがまったくわからない。
「ええ。何もしてないわ」
あんまりにも深すぎて浅い会話。
結局こきってなんだよ?
まぁ好きにしたらいい。二人の世界だ。俺は、視線を横に向けた。
「うわぁ!」
そこには、眼帯を付けた角刈りの男が、大きなライフルを抱え、机の上に足乗せてスヤスヤ寝ていた。
ええええ……。
その奥。窓枠に腰掛け、足をぷらぷらさせながらガムを噛んでるヤツがいる。
「ちょッ」
髪の毛が床についてる女。その前に、髪の毛が天井についてる男。
「ええ……」
その向こうで顔がライオンの男が、「オマエ少し変わったナ」と、隣のしわしわの爺さんに話しかけていた。
爺さんは、「あぁ、少しな」とウインクしていた。
……。
一人称が「オイラ」の人面ゴリラが、夏休みの間中ドラゴンと戦っていたと、苦労話をフカしていた。
それを聞いたとんでもない大男が「オデはドラゴンを毎日クッテタ」と答えた。
……。
大男が座っている席。
そこは、俺の唯一の友達、オカキの席なのに……。
どこいっちゃったんだよ……オカキ。お前も田中さんみたいに行方不明になっちゃったの? 皆わっけの分かんない事ばっかり言ってるし。そもそもこいつら誰なんだ? ブラックパレードってこういう事ぉ?
「――そりゃスゲェなオカキ!」
はァ!?
見ると、ドラゴンを食ったという大男が「エヘヘ」と頬をポリポリ掻いてる。
「――お前オカキなのッ!!?」
「あ。タロチャン。ヒサシブリ」
三台並びの自販機より大きなカイブツが俺に向かって手を振ってる。
「おま? へ? でか? は?」
遠近法が乱れたその空間。まさか人な訳がない、ロッカーだろうと思って今まで左脳が見逃していたその男。
腰をかがめていても天井にわずかに背中がついてる。
「う……そだろ……お前も? ……何があったんだよ?」
小学校からの友達。オカキ。
『夏休みは家族でお出かけするから』とメッセージが来て以来、返信の無かったオカキ。
「ナツヤスミ。色々」と、カイブツ。
ええええええええ???
足下の床が崩壊するような感覚。体の力が抜けてしまい、椅子に座っていられず、俺はその場にへたり込む。
オカキの言葉がカタコトになったのはアメリカ製のプロテインの影響なのか?
そういえば『ネットでぶら下がり機も買った』って言ってたけども……。ひと夏で、こんな事なるの?
いや……まさか。それでも……。
はぁ、はぁ。
ポケットから携帯取り出し母さんにメールする。
『絶対お年玉で返すから、NASAが監修した背が伸びるぶら下がり健康器具買っ』
「あれ……?」
ふいに携帯に雨粒が落ち、袖でぬぐった。天井を見上げたが、特に濡れてはいなかった。
どうして――。
「あぁ……」
俺、泣いてるのか。
クラスのあちこちから、『夏休みの思い出』が聞こえてきた。
王国だの帝国だの、魔王だの、異世界だの。
そここで飛び交う信じがたい思い出の数々。
魔皇帝アンバルブライベンって何だよ?
どうして――、
どうして……、
どうしてェッ!!?
みんなどうしちゃったんだよォッッ!!!??
すっッツッごい充実した夏休み!!!
あぁ! あふれる涙が止まらない!!
俺のこの夏の思い出――。
弟と、弟の小学校の友達と4人で映画館に行った。楽しかった。
お盆におじいちゃんの家でホタルを見た。楽しかった。
あとは家でスマホで動画見てた。楽し、かった。
以上。
俺の、
夏の思ひ出――。
「う嗚呼嗚呼アアアああああああああ!!!!!」
神よッ!!
「どうした高木!?」
どうなってんだオイッ!!
「あうあぁううああぁううああああーー!!!!!!」
俺の田中さんをどこかに奪いやがった!!!
友達の『岡きみお』は、ドラゴン食いの化け物に変わり果て、クラスメートは軒並みイカレて超カッコイイ。
「ワシわいィッッ!!?」
ならせめて俺にもチャンスを寄越せ!
クモでもいい! 非生物だっていい! なんならチート無しだって――!!
「ずるいぞおおおおおオオオオオオオ!!!!!」
止めどなく溢れる涙が膝を濡らす。
うああああああああああああああぁぁぁぁぁ。
「――お前も苦労してたんだな」
ポンと肩に手を置かれ、見上げると先ほど見た、青髪の男がいた。
え?
「今まで解ってやれなくてスマン」
今度はテンガロンを被ったガンマン。
なんだ? 何を言ってる?
「こうして世界を救って帰ってきて初めて、お前の苦しみを理解したよ」
オールバックの紳士が。
は?
「ドラゴンと戦って初めてお前が抱えてた恐怖を知ったゼ」と、モヒカン。
優しい目をした男たちが、口々に慰めの言葉をかけてきた。
「…………うぅ。グスン」
……知らないよ。ドラゴン? 恐怖? 何の話だよ? むしろ今からでも知りたいよ。
「世界の重さ。今まで一人で重かったろ?」
なんだそれ? 重いだろどうせ。だって世界なんだから。
「なぁ、高木? お前は言い寄ってきた美女たちとの一晩の誘惑、これまでどう躱したんだ?」
あやまちたいよ。なんだよそれ? 俺に聞かれてもわからないよ。
「お前の苦しみに今頃気づいたんだ……」
え? さっきからみんな何の事言ってんだ?
「お前が川原で月を
……。
「高木がたまに校庭の木の上に立ってたのとかさ。夜中に。あれ全部俺達を守ってくれてたんだな……」
……。
「お前が今まで戦ってくれてたんだな。俺たちの代わりに――」
……。
「おかけで俺たちは日常すごせてた」
「う、……うん」
そう……、
…………そうかも。
えへへ。
「ありがとう高木。これからは俺たちも戦うゼ?」
青髪の男から差し出された右手。
俺はそれを――、
「――私は『田中・快感・テクニコ・やす子』よ」
それは心臓の止まる一言。
「え?」
時間も、
「何……だ……と?」
止まった。
たなか、
快感、
テクニコ、
やす……子?
「――王都でグレーなマッサージ店を経営していたわ」
視線の先、お下げ髪の可憐なるあの女の席に座る人物が放ったセリフ。
「すごいな! 実に興味深い。ピンクだ! グレーといってもピンクじゃないか!」
委員長の合いの手。
だが、見る影もない。夢ならどうか醒めてくれ。
「TS……してるじゃん……」
そこにいたのはプロレスラーみたいな丸坊主のおじさん。
ポキン。
◇◇
「さて、ブラックパレードについてだが――」
俺を置いて世界は変わってしまった。
「見立てでは、新月の晩に――山の――」
寝る前に毎日祈ってた、俺が望んだ世界の変化。
それが、こんな形で。
「これからは、チームを――ための班――」
密かに恋した田中さんは、今やベテランお水でおネエでプロレスラー。
「まず――見があれば遠慮な――」
親友のおかきはマンモスみたいな自販機に。
「例えばスリ――で動くとして、週に――」
俺だけ家でお留守番――。
「さっそくペアを組――、仮に――」
委員長が何か言っていたがほとんど聞いていなかった。
「…………」
この世は残酷で、俺の望みは神の耳には届かない。
「……」
俺は机の下で携帯を取り出し、母さんにメールする。
送ったのは、
たった、
一文。
『帰りに、トラック買ってきて』
了
夏休み明けたら、俺以外のクラスメイト全員が異世界で魔王を倒して帰ってきてた すちーぶんそん @stevenson2
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