夏休み明けたら、俺以外のクラスメイト全員が異世界で魔王を倒して帰ってきてた
すちーぶんそん
第1話 高木たろすけの場合
そして遅刻ギリギリで、教室という空虚なだけの空き箱に
電気を落とした薄暗い室内。
向かう先は一番後ろの俺の席。空調がよく効いた、その退屈な現実に腰かけると、手に持っていたカバンを足元に投げ出す。
そして机に突っ伏し、いつもの日常という牢獄に、俺は寝たフリをした。
チャイムと同時。委員長の声が聞こえてきた。
「起立。礼。ホームルームを始めます」
フンッ。無視だ。
俺に命令できるのは俺自身だけ。俺という命令者無くして、俺に命令することはでき――、あれ?
薄く目を開け、確かめた先。斜め前にいるはずの、お下げ髪の可憐なるあの女。
……どうしたんだろ? ……風邪、かな?
「――お気づきの通りクラスの半分は欠席だ」
ガタッ!
半分も欠席だって? 全然気づかなかったが、確認するとたしかに周囲は空席だらけだった。ついに
オイオイオイオイ……。俺の断りもなく
…………違うな。今の所は『コワイ』じゃ少し肩透かしだ。俺のアンビバレンツな危険性があんまり出てない。そう、恐怖……、きょ……、いや畏怖! そうだ! 俺は『
「どうやら行方不明者も何名かいるらしい」
ガタッ!
え? 委員長ぉ。……ホントに? 田中さん……来てないけど。えぇ……?
「さっそくで悪いんだが、君たちの中に『ブラック・パレード』という言葉に聞き覚えがあるヤツ。もし居たら手を挙げてくれ」
ガタッ!
俺は我知らず、前のめりで委員長の深刻な
知って……そうだ。どこかで……実に聞いたことがありそうなワードだ。……だが
つかの間の思考と、
いや、ここで手を挙げることは……できない。安易に挙手するのはあまりに危険すぎ――えぇ!?
見ると、俺を除く、クラスメート全員の手が挙がっていた。
真っすぐ。ピン、と一斉に。
「…………え?」
……皆知ってんの? 嘘ぉ。ブラック・パレードってなぁに? めちゃくちゃ知りたいんだけど俺もぉ。
でも、そうか……。
ゴクリ。
では、あらためまして。……オッホン!
俺はやれやれ、と、首をすくめながら、静かに手を挙げた。
『ブラック・パレード』当然知ってたゼ? の顔で。
委員長は教室中を見渡すと、
「よし! なら話は早いな」と、話を切り上げにかかった。
ガタッ!!
気付けば俺は立ち上がっていた。
おいッ!! ブラックパレードの説明わいッ!?
「どうした? 高木君?」
肝心なとこを丸ごとハショられた。だが左右を見ても誰一人として、声を上げるものさえいない。
……えぇえ? なんでぇ? ホントにみんな知ってるのぉ?
「――チッ! いや……なんでもないゼ。そのまま続けてくれ」
俺は唇を噛みしめ、静かに席に着いた。
委員長は俺の内心の困惑に、一ミリも気づかないまま、「それでこれからの事なんだが――」と、話を一足飛びに進めやがった。
ふいに、
「オイッ!」と、一番前の席で声が上がった。
俺と気持ちを同じにする同志の登場か? と期待したのだが、その声の主は立ち上がり、
「さっきから痛ぇなァ。……俺の影を踏むんじゃねェよ!」
青い髪と、横顔に刻まれた長い傷痕。鷹のような鋭い目をした長身の男が、委員長に向かって叫んでいた。
ええええええええ!? 誰ぇお前!?
「――おっと、すまんな」
いつのまにかその場所にいた大柄な部外者に恫喝されているというのに、実にクールな委員長。
「……ところで君は誰だ?」メガネを直しながら委員長がたずねた。
もっともだ! 誰なんだあいつは? そして何に怒ってるんだ? 聞き間違いじゃなければ、影を踏んだのがイタイって言ってたぞ? なんだそのカッコイイセリフは?
担任のリアクションが気になって窺ったが、黒板の脇のパイプ椅子に、腕を組んで腰かけ、目をつむったままピクリとも動かない。明らかな部外者が、委員長に因縁をつけてるのに……。
いいのかあんたそれで? あの人髪青いよ? それにすごく怖いし……。
ほんと誰だよ?
委員長より頭一つ背の高い青髪の男は、おっかない顔をすがめて、
「俺を忘れただって? フッ。まぁいい。俺の名は、
……え? 秋山ってあの秋山? 嘘だろ……、全然雰囲気も何もかも違うじゃん。パソコン部の秋山って、絶対俺より背が低かったはず。夏休みの間にいったい何があったんだ!?
委員長は、自称秋山のセリフを丸っと飲み込むと、
「秋山君か。すまなかった。影を踏んでしまって」と言って、あっさり頭を下げた。
その謝罪に秋山は両手を上げ、いやいやと首を振る芝居がかった仕草で応えた。
青い後ろ髪がわさわさと揺れ、それがあまりにカッコイイ。
どうやら二人は和解したようだった。
何今の一連のヤツぅ!? 影踏んで痛くてゴメン? 何言ってんだか全然分かんないけど、とにかく俺好みなんですけどぉ!! すっごくぅ!
俺は、机の下で携帯を取り出すと、急いで母さんにメールする。『今日帰ったらメイク教えて! あと、土曜日に美容院に行きたいから』
お金ちょうだい……っと。
……ふう。汗のやろうが止まりやがらねぇ。今日はやけに学びがありやがるゼ。俺は赤く染めてみようかなぁ……。
「それでブラックパレードについてだが――」
いきなり来た!! いいぞ委員長、続けてくれ。
俺の沸き立つ内心を邪魔するように、右前方の席から質問が飛ぶ。
「ちょっとまて! お前ホントに秋山か?」
あぁあん! それもいい質問だしぃ! そっちも気になるけど! でも今はどう考えてもブラパレの話が先だろうて?
俺はやきもきしながら質問の主の方をうかがった。
「…………えぇえ?」
アンタも誰ぇ?
全然見たことのない、テンガロンハットを目深に被ったガンマンのような男が、秋山の隣の席に座っていた。
「む? お前こそ誰だ?」と、テンガロン男を見下ろし、青い秋山がたずねた。
ホンマや。
立ち上がったその男は、
「俺かい?」と、言いながら両手の親指で自分の顔を指した。
……え? なんで聞き直すんだ? アンタに決まってるだろ今の流れで考えて。
しかし今の返しは渋いな。かなり得点が高いぞ、アニメみたいないいセリフだ。
覚えておこうっと。
秋山は、男の「俺かい?」のセリフに、片方の眉をクイっと上げるだけ。
ただそれだけで返事を促した。
「俺は…………忘れちまった」
しばらくの間天井を眺めた後で、テンガロン男は少し口を尖らせてそう言った。
「――――ッッ!!!!」
はぁ!? かっこいいんですけどぉ!!
聞かれたら……名前を……わすれた……っと。
俺は慌てて携帯を開き、メモアプリに今の出来事を記録する。
気分は、男磨きのセミナー感覚。今日の教室は実に酸素濃度が高くていやがる。
「よし! それなら自己紹介にしよう」
みんなも久しぶりに再会したことだし、ついでに近況を知るにはいい機会だ、と委員長は続けた。
はあ? 自己紹介だと? まさかこいつもクラスメートとか言うんじゃないだろな? それと俺のブラック・パレードの説明会はいつ始まるんだ。そっちもないがしろにしてはダメだぞ委員長。
俺の内心に気づかず、委員長が仕切る。
「では相川さんから順番に――」
廊下側の最前列。自己紹介を促され、そして立ち上がった相川さん。
「あたくしは――」
ガタッ!
俺は椅子から転がり落ち、したたかにわき腹を強打した。
「ヘブッ!」
視線の先には信じられないその光景――。
「タイクーン伯爵家三女、ティファーナ・ラ・タイクー……あ、間違えましたわ、相川です」
そして頬に手の甲を当て、オホホと笑う自称相川さん。
「この夏休みの間は、少し遠くに出かけておりました。皆さん、ごきげんよう。また仲良くしてくださいましね」
腰までの金髪に、ヒラヒラした薄ピンクのドレス姿の外国人少女がそこにいた。
ええぇ!? 彼女がソフトボール部副キャプテンの相川さん?
あのおかっぱで、いつも鼻の頭に絆創膏をつけてたあの相川幸子さん?
記憶の中のこんがり日焼けの快活なスポーツ少女の面影も何も無い。そこにおわすのは、アニメの中からたった今飛び出してきたに違いない、真っ白い肌の新鮮なお貴族様――。
「あうあうあああう?」
山ウドを採りに行った小学三年生のあの日。おばあちゃんだと思って話しかけた相手が、熊だった時以来の衝撃に、脳みそがケイレンし、俺は意識を失った――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます