風の始まりの色

藤泉都理

風の始まりの色




 風の始まりの色を見つけて来い。

 傘使いの師匠、瑞輝みずきにそう言われた八千草やちぐさは力なく返事をしたのであった。




 傘使い。

 和傘で風を掴んで世界中旅をする者の事。

 通常十歳未満から修行を始めなければ、傘使いになる事は絶対に無理だとも言われていた。




(そりゃあさあ。ぼくはさあ。二十歳から始めましたよ。だって、傘使いの存在を知ったのが二十歳だったんだもの。しょうがないじゃないの。十歳未満じゃないから無理だって何度も門前払いされたもの。何度も何度も何度も頼み込んで漸くいいよって言ってくれたのが、瑞輝師匠だったんだ。でも。それも、)


 とぼとぼとぼとぼ。

 力なく歩を進める八千草は涙目になってしまった。

 追い出されたと思ったのだ。

 厳しい修行も途中でへばってこなせず、何故か八千草が和傘を開いている時に限って、風が凪いでいるのだ。風を掴むなんて夢のまた夢の話である。


(そりゃあ、こんな。傘使いの才能が。こんっっっなに傘使いの才能がないぼくなんて。さ。瑞輝師匠も呆れて放り出すよね。そりゃあそうだよね。こんな。こんなさ。教えても成果を出せないやつをさ。打っても打っても響かないやつをさ。いつまで教えるって言うんだよ。もう無理だって。放り出すよね。風の始まりの色。なんてさ。風に色なんかついてないじゃん。それを見つけて来いってさ。もう破門も同然の言葉だよね。は。はは)


 月明かりもなければ灯火もないにもかかわらず、ほのかな光を纏わせて舞い散る桜の花びら。

 昼間の清楚な印象とは違い、夜は蠱惑的に見えるのは何故だろう。


(ああ。いいなあ。桜の花びらはきっと。風を掴んでいるからこんなに優美に飛べるんだろうなあ)


 八千草の心を強く掴んだ傘使いもまた、とても優美に軽やかに自由に飛んでいた。

 和傘好きも相まって、絶対に傘使いになろうと強く強く自分自身に誓ったのだ。


(はあ。やっぱり。十歳未満じゃないとだめなのかなあ)


 桜の花に入り混じっている若葉に向けてそっと手を伸ばし、触れるか触れないかの微妙な距離を保って静止する。

 やわらかく、みずみずしく、きらめいて見える若葉。


(風の始まりの色も、きっと。こんな色なんじゃないかなあ)


 そっと手を引っ込めて、手に持っている和傘へと目を向ける。

 幼い頃からずっと使い続けている渋い小豆色の和傘。

 和紙が破れたり、傘骨が欠けたり、糸がほつれたりしたら、自分で修理した。死ぬまでずっと、修理して使い続ける。


(………もしかして。渋い小豆色。って、可能性もあるよなあ。風の始まりの色)


「はあ。ないな。ないない。始まりっていうくらいだから、若いに決まってるよね。若葉に決まってるよ。渋い小豆じゃないよね。はあ」


 とぼとぼとぼとぼ。

 八千草は拓けた場所へと歩き続ける。

 一晩屋根と壁のない場所で眠って風を感じ続ければ、きっと風の始まりの色も見えるのではないかと考えたのである。











 夢を見た。

 風使いになった自分が自由自在に、ではなく、時々掴み損ねては落下しながらも、自由に飛翔して旅をする夢。何故か瑞輝師匠も一緒である。やけに瑞輝師匠が煌めいて見えた。あははうふふと嬉し恥ずかし気な空気を放出しながら、追い越し追い越されて、飛翔していた。

 ぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐん。

 自分も瑞輝師匠も徐々に飛翔速度を速めていく。強めていく。

 おかしいな。と思った。

 まるで自分が風になったみたいな感覚に陥ったのだ。

 風になった自分が和傘を掴んでさらに自由に軽やかに優美に飛翔を高めていく。

 あははうふふと瑞輝師匠と笑い合いながら。


(あれ? もしかして。ぼくって、)











「なあ? 何で俺の顔を見ないんだ?」

「えっ? いえ? え? 見てますけどガン見してますけど? ぼくはもう行きますよ! 風を掴みまくって、立派な傘使いになるんですから! 二十歳。いえ、何歳から始めたとしても傘使いになれるんだって証明するんですから!」

「………ああ。行って来い」


 八千草は瑞輝の怪訝な表情に背を向けて走り出す。

 喜ばしい事に夢の中で八千草は、風の始まりの色を見つける事ができたのである。

 若葉色でもなければ渋い小豆色でもない。

 嬉し恥ずかしの恋の色だった。


(あ~~~。だめだあ。瑞輝師匠の顔をまともに見る事ができないっ! 恥ずかしいよおおおおお!!!)


 八千草は勢いよく小豆色の和傘を開いては恋の色の風を掴んで、地面すれすれを飛翔し続けるのであった。









(2025.4.17)



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風の始まりの色 藤泉都理 @fujitori

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