たらい回しの少女
たかぴー
第1話
親の期待に沿い、勉強を重ね、お金に困ることなく、それなりの高校、それなりの大学を出る。周囲の期待や賞賛のシャワーを浴びながら、皆がよく知るような大企業に就職する、あるいは公務員になる。そして人生の伴侶を見つけ、子を養い、定年まで勤め上げ、その後は夫婦二人で年金生活を送る。
昭和チックに見えて、現代においてもこれが日本人の大多数が心のどこかで憧れる、理想の人生なのではないだろうか。
だれとも不和、諍い、争いを起こさずに送る安寧の日々。決して簡単に手に入る物ではない。
安寧という言葉はいい言葉だ。動かず、じっとしていればいい。無用な失敗やストレスを抱え込まずに済む。やりたいこともこれといってない。ただ時の流れ、大多数が「良い」と言うことに身を任せ、最低限度の消費活動を続ける毎日。
そんな理想を幸せという。ただそれは、だれかから植え付けられた理想かもしれない。それでも、憧れる。身を任せてしまう。
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朝、毎週月曜日から金曜日まで、定刻に鳴り響くスマホのアラームを止める。
眩しいくらいの朝日が、一人暮らしの一軒家に差し込む。
私は25歳、公務員である。職務専念義務、信用失墜行為の禁止、マスコミや世間の厳しい目といった重大な責任を負う反面、充実した福利厚生、安定的な給料、年功序列型のポスト、完全週休二日制、社会保険完備がそろう。
6時に起き、朝のルーティーンワークをこなす。いつものトースト、いつものブラックコーヒー、いつものバター、そしていつものスーツ。
「いってきます」
家には誰も居ない。兄弟姉妹はおらず、母は私が大学入学ぐらいの時から体調を崩し、就職後に死んでしまった。父は、私が就職して2~3ヶ月くらいで母の後を追うように死んでしまった。交通事故だった。二人とも、最期の言葉が「自慢の一人息子だ」だった。それなりにいい大学、もっと単純に言えば偏差値が高い大学に入学できたときも、その大学を首席で卒業し、公務員採用試験に合格したときも、両親は諸手を挙げて喜んでくれた。
「いってきます」という言葉は、世間体では防犯のためと言っているが、それは嘘だ。ただの両親が居た頃の名残にすぎない。今はただ、「いってらっしゃい」という言葉が返ってこない、それだけである。こんな不要な行為はやめてもいいのだが、ずっと続いている。
両親から相続でもらった家は、うんともすんとも言わない両親の遺影と一人暮らしに必要な最低限の家電しかない。
模様替えやインテリアいじりが好きだった母が死に、そしてキャンプが好きだった父が死に、そして人が死ぬその都度、思い出を焼却するかのごとく家にあるものが無くなっていった。
駅までの道のり徒歩15分弱、満員電車に揺られ、いつもの通勤経路をたどる。違うルートをたどろうものなら、通勤手当の不正受給を疑われる。
8時半から17時まで、お客のクレームと上司の命令にもまれながら、坦々と仕事を片付けていく。
「どうしてわたしがこんな税金を払わないといけないのっ!」
「あなたの所得ですと、法律上、税額はこちらです」
「それでも税額が50万だなんて・・・・・・いきなりそんなこと言われても払えるわけ無いでしょう!」
「いえ、あなたの行為は仮装隠蔽行為、つまり税金をごまかしていました。本税の50万円に加えて、さらに重加算税という重いペナルティがつきます」
「私みたいな貧乏人じゃなくて、もっと金持ちからとりなさいよ!」
こんな押し問答が続く。こんなことは日常茶飯事だ。
17時のチャイムがなり、さぁ帰ろうかと思ったところ、隣のグループで同僚達が盛り上がっていた。どうやらこの後合コンがあるそうだ。
「おぅ、前田!悪いんだけどさ、飛び入りで女の子の人数が増えちゃったみたいで、男女比が偏ったみたいでなぁ。人数あわせでもいいから合コン、来てくんね?」
「ああ・・・・・・そういうことならわかりました。このまま店に行く感じですね」
「そうそう、ほら、みんな行くぞ」
スーツ姿の独身男性公務員がぞろぞろと役所から出てくる。私以外の同僚は結構本気で出会いを求めているようで、合コンに命を賭けるなんて言っている。そういう雰囲気に私はどうしてもついて行けず、店への道中、盛り上がる集団から3~4歩後ろに離れた位置を一人歩く。
別に同僚と仲が悪いわけではない。悪口を言われるわけではなく、いじめがあるわけでもない。ただ、同じポストで、同じ仕事をこなしている、仕事上でのみの関係。それ以上でもそれ以下でもない。そのせいか、どこか距離を置いてしまう。そしてそれを相手も察してのことなのかわからないが、相手からも距離を置かれている。
だから、口調はいつも丁寧語。会話は仕事で必要な業務関係程度。
私がため口で話すような人はもう、いない。
店に着くと、すでに女の子が長机に片端に一列になって座っていた。女の子も気合いが入っているのか、胸元を強調したかのような服や明るいトーンの服を着ていた。化粧やアクセサリーもばっちりだった。
女の子の人数を数えると、7人いた。対して、男の人数は私を含めて8人だ。
「・・・・・・?私、男女比が偏るから、飛び入りできたんですが、人数おかしくないですか」
「え~、私7人っていいましたよ~」
「そっか、ごめんなぁ~、きっと俺、7人(しちにん)と8人(はちにん)って間違えたんだと思うわ~。前田、めんご!」
「なにそれ、ウケる~」
何がウケるのだろう。仮にも数字を扱う公務員がこの体たらくとは。
「いいですよ、せっかく来たので、私もご飯いただきます」
同僚や女の子達はお酒が進み、会話が盛り上がっていった。どんな仕事してるの?何歳なの?好きな食べ物は?おすすめの店は?趣味は?ぶっちゃけ年収は?好きなタイプは?休日はなにしているの?
マニュアルでもあるのだろうかと思うほどの熱意あるテンプレート質問の応酬。笑いを取る同僚。盛り上げる女の子。彼らの笑いの種として、時折私に話が振られるが、適当に(といったら怒られるかもしれないが)、無難な回答でその場をやり過ごす。
「こいつ、25歳になって童貞なんですよ~」
「え、マジですか」
酒の勢いなのだろう。下ネタの話も出てくる。どうみてもセクハラまがいの発言だろうが、こんなもの気にしていられない。どんな事でも流せばそれできれいになくなる。
「そうなんですよ。私、彼女もいたことない、生粋の独り身です」
「かわいい~」
「でもそんな感じしてるよね~。すっごいお堅い感じ。あっ・・・・・・別に悪い意味じゃないからね」
「いえいえ、別に」
彼女らなりの気遣いなのだろう。つまりは気遣いされる程度の男認定というわけだ。
「えっと・・・・・・皆さんは彼女とかいたことあるんです?」
「え、俺はねぇ~、つい先月彼女に振られました!」
話の焦点が他の同僚に移っていった。
ただご飯を口に運んでは飲み込む、を繰り返しながら、時間が過ぎていった。
夜22時を回り、合コンはお開きになった。
「それじゃ、これでいったん今日の飲み会はお開きということで、後は各自で解散と言うことで!」
店を出た。12月も半ば、軽くお酒を飲んで少しほてっていたものの、風が冷たく感じる。会計を済まし、辺りを見回せば他の同僚達は、カップルを作り、仲よさげにどこかへいってしまった。
家への帰路についたのは私を含めてたった同僚8人中2人だった。
「おお、前田ぁ・・・・・・っ、俺、だれからも誘われなかったぁ~・・・・・・うぅ」
「はいはい、私なんかすでに誰の眼中にもなかっただろうから、マシですよ」
どうして私は酔っ払いの介抱をしているのだろうが。涙する同僚に肩を貸し、千鳥足の歩行をサポートする。
その時、ピコンっとスマホの音が鳴った。同僚のSNSの通知音だ。
先程まで緩慢だったのが疑われるほどの素早い動作でSNSをチェックすると、急に目を輝かせて来た道を逆走していった。
「・・・・・・っ! まだ俺にも脈がある! 前田、悪いけど、ちょっと俺、戻るわ」
「はい、いってらっしゃい」
また、一人になった。
駅に着くと、クリスマスシーズンのイルミネーションが眩しく辺りを照らしていた。若いカップルや家族連れが写真を撮ったりしている。いつもこんな夜に外を出歩くこともないので、こういった光景はずいぶん物珍しく感じるものだ。
だが、そんな美しいイルミネーションを見ても、彼ら彼女らのように、わざわざ写真を撮ったりするほど心が躍らない。確かに美しい。しかし、それが心には刺さらない。だんだんとイルミネーションが、ただの光の明滅にしか見えなくなってくる。
帰りの電車は空いていた。皆、座席に座り、熱心にスマホの文字を打っている。誰に宛てた文字なのかはわからない。でもきっと、その文字を宛てた先に、彼ら彼女らの居場所があるのだろう。
ぼーっとしていると、私のスマホが振動した。メールだ。「本日、当銀行への入金が確認されました。」という一文。ネットで通帳を確認すると、ボーナスが振り込まれていた。
「あっ、去年よりも少し増えてる」
どこにも遊びに行かないので、通帳の残高は日に日に増えていく。初給料、初ボーナスの時はとても喜んで、最新のパソコンやデジカメ、スマートフォン、ゲーム機、マンガを買ったり、父への恩返しとして旅行をプレゼントしたりした。株や投資信託、FXなどの投資もやったりして、資産形成に努めた。
しかし、どれもこれも飽きてしまった。最初の感動は長続きせず、面倒になったり、無駄だと思うようになったり。
どんな高級食材、好きな食べ物も、2~3日食べればもう見るのもうんざりなってしまう。
どんな趣味も、どうせやっても・・・・・・と最初から諦めてしまったり、たとえ何かを始めてもその無意味さに襲われて、何か適当な理由でやめてしまう。
その結果、つまらない人間。
自己紹介しろといわれても、自分の名前以外言うことがない。
合コンに出ても、なにも話すことがない。
自分を、中身のない定型文で飾り立て、それっぽく仕上げた言葉で表現する。
そうはいっても、別に寂しいという感情は湧かない。私はもともと友達もおらず、一人でいることが好きなタイプだった。勉強を頑張って、目標を達成し、みんなから認められて、賞賛されてここまで来た。自分で言うのも何だが、順風満帆の人生だと思う。
お金も、同世代の平均と比べたらそれなりにある。
欲しいものも、大体は買えてしまう。
それなのに、世界は退屈な白黒の世界になってしまった。
渇いている。それなのに渇望が起こらない。そんな毎日を送っている。
駅を降りると、空は月夜だった。ちょうどきれいな半月だった。
途切れ途切れの街灯に照らされた薄暗い道を歩き、家へと向かう。時間は夜23時を回っていた。こんな夜更けに誰も居るはずはなく、あたりはシーンと静まりかえっていた。
そんな折、制服姿の女子高生・・・・・・だろうか? 一人、女の子が公園の入り口前で佇んでいた。誰かを待っているのだろうか。凝視しないように注意しながら、彼女の様子をうかがう。髪は長い黒髪で、言っては悪いが少しボサボサだ。服も若干汚れていて、ところどころ破けた跡まである。
触らぬ神にたたりなし、という。
私は彼女の前を通り過ぎた。
そして、その瞬間、ドサッという音がした。
振り返ると、女子高生が倒れていた。
たらい回しの少女 たかぴー @takahiro0622
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