-2-

 電話の着信音を聞いて永村凛はモニターから意識を逸らした。薄暗い個室に閉じこもって仕事をこなしている彼に電話をかけてくる人間などごく少数だ。

 受話器を手に取り耳に当てると、鈴代亜香里の声が聞こえてきた。


『永村さん、今大丈夫です?』


「ああ、何のようだ?」


『依頼が来ました。半生物案件です』


「そうか。念のため聞くが、オカルトではないのだな?」


『もしそうなら気がつきますよ』


「そうだな。それは失礼した」


 鈴代亜香里は生まれつき人には見えない領域を観測する事ができる能力がある。

 そこに目をつけたのが、永村の所属する研究機関ヒュプノスだった。

 ヒュプノスは表向き、睡眠に関する研究と商品開発を行う営利企業として振る舞っているが、本質は特異な性質を待った人間の保護、研究を行う事にある。

 ヒュプノスに保護された人間は基本的に研究所内に用意された部屋で一生を過ごす事になる。ただし、例外的に外出、組織の監視下ではあるが普通の生活が可能となる者たちもいる。鈴代亜香里はその例外の1人になる。


『要件言ってもいいですか?』


「……ちゃんと申請が通る内容だろうな?」


『大丈夫ですよ。ただ最新式の半生物用テーザーガン使いたいだけです』


「わかった。依頼人の元に赴くのはいつにするつもりだ?」


『今週の日曜日にしようかと』


「4日後か。いいだろう。それで依頼人に確認を取れ。なんとか予定を空ける」


『わかりました。相変わらず監督官様は大変ですねぇ』


「お前が散々我儘を通して特務員になるのを蹴ったからだろうが」


『それは失礼しました。確定したらチャットで報告しますよ?』


「ああ、そうしてくれ」


 受話器を戻して、永村はカレンダーに目をやる。鈴代亜香里が依頼を受けるのは2ヶ月ぶり。依頼の来る頻度としては平均的と言える。

 一般人には殆ど認知されていないため、被害報告が少ない。それに加えて人命に関わるような被害は今のところ報告されていない。

 これらの理由から、ヒュプノスは半生物案件に対応する人員と金を最小限に抑えている。これはヒュプノスに営利企業としての側面もあるため、仕方のない事だ。

 そのような現状の中、その特異性と自由な生活を求めていた鈴代亜香里は利用しやすかった。

 自由を保証しつつ、業務委託という形で半生物案件の仕事を任せることで、殆どリソースを割かなくても良い状況を作った。

 勿論、これは今現在の状況ならばという話だ。頻度が増えたり、甚大な被害が発生すればヒュプノスとしてもリソースを向ける必要が出てくる。出来る限り今の状況で収めることが一番良い。

 永村がカレンダーから目を離したタイミングでモニターに通知音と共にメッセージが表示される。


『今週日曜日で大丈夫だそうです。10時に訪問しますから、お願いします』


 メッセージと共に添付された画像に住所と付近の地図が表示されている。

 メッセージに了解という簡素な返事を返して、永村は仕事を再開した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミラージュ・オブジェクト ひぐらしゆうき @higurashiyuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ