第4話 名前と、これから
「じゃあ改めて、これからよろしくなアキラ」
「よろしくお願いします、アキラさん」
レオとトオルに握手を求められ、こちらこそと握り返した。なんだかくすぐったい気分だ。
「ではアキラさん。あなたにも、この館に住んでもらい、そしてわたしが与える武器で異形達と戦っていただきたいのです」
「館に住まわせてくれるのはありがたいが…武器?」
何度か話題に上がっているが、それは一体何なのだろう。言われて思いつくのはナイフや拳銃だが。…そういえばレオは何か銃火器を用いている様子だった。あれも管理人が与えたものなのだろうか?
そう思うと少し心臓が高鳴る気がする。無論意味もなく振るおうとは思わないが、やはり武器を持って戦うというのには多少なりの憧れのような気持ちが湧いた。
「ではアキラさん、こちらに」
管理人に手招きされて高砂に上る。手を出すように言われたので従えば、その手を取られて包まれた。柔らかく滑らかな感触に先ほどまでとはまた違った意味で心臓が早鐘を打って耳が熱い。
「”記憶よ 心を映し出せ” ”智者に杖を 勇士に剣を 強き意志に祝福を”」
「”闇を晴らす光 今ひとたび姿を現して―――”」
唄うように願うように言葉が紡がれる。それに応えるかの如く、窓から差し込む光がにわかにざわめいた。光は何かの形をとろうとゆらゆら揺れて、重なった手からも光の粒が零れる。科学の技術ではない、かと言って手品であろうはずもない、だってこの現象を飲み込めてしまうだけの体験を既にしてしまったのだから。
「——————」
ふと、管理人が今まで浮かべていた笑顔を消して眉をひそめた。握られた手にこもる力がわずかに強まる。なにかあったのかと問う前に管理人が口を開いた。
「アキラさん、怪物と対峙して戦う自分自身の姿を思い浮かべてみてください」
「戦う自分の姿を…」
「今のあなたの記憶だけでは武器を形作るに至れません。だからそこにあなたの心を混ぜ込みましょう。目を閉じて、空想して。戦うあなたはどんな姿ですか…?」
密やかな声に自然と目を閉じた。目の前に、俺を襲った怪物がいる。近くにはトオルもレオもいない、完全に一対一だ。そんな時俺はどう戦う、どんな武器で戦う?俺は、俺が力を手にするなら―――……。
「…俺は。大切なものを取り戻すために、守るために戦える力が、欲しい」
独り言のように呟いた言葉を皮切りに、不安定な揺らめきを保っていた光がひと際強く輝き始める。それはするすると俺の手の内に収まっていき、次第に明確な形と重さを持って現れ、やがて光が収まるとその全貌が露わになった。
「真っ黒…」
トオルがぽそりと言葉を漏らす。その言葉の通り、俺の手にはいつの間にか真っ黒な剣が握られていた。刃はおおよそ80cm程、柄頭には何やら窪みがあって柄や鍔には細やかに装飾が彫り込まれているが、その全てが黒一色に染められていた。
光に透かしてみれば多少何か見えるかと頭上に掲げてみても、光すら反射しないのか相変わらず真っ黒のままだ。
「それがアキラさんの武器。あなたにとっての『守る』という行為が、その刃の後ろに誰かを庇う事なのか、あるいは敵を斬り伏せることなのか…。楽しみです」
意味深に管理人が告げた。どういう意味なのか聞く前に、頭をわしわしと力強く捕まれ揺すぶられた。
「剣か、格好いいなこの野郎~!!」
「アキラさんに良く似合ってますね」
レオとトオルが後ろから近づいて褒めてくれる。どんな顔をすればいいのか分からなくて曖昧に笑おうとしてみたが、上手く表情が動かない。2人は頭上に?を浮かべていそうな顔で、居たたまれず管理人の方を向く。
「……それで。俺はこれからこの剣で怪物を倒せばいいのか?」
「当面はそれで良いと思いますよ。この館でのルールや町の事は…そうですね、トオルさんに教えていただいてください」
「えぇっ、ぼぼ、僕ですか!?」
突然自分に話が振られて驚いたのか、トオルは動揺と不安に声を震わせた。
「トオルさんはよく他の方を気遣ってあげていますし、この館で唯一治療ができる方ですから、アキラさんが怪我をされたり、体調を崩したりしたときも安心でしょう?」
「自分以外にも適役の方がいるのでは…」
「あなた以上に向いている方はいないと思いますよ、自信を持って」
もぞ、と腹の前で組んだ手を落ち着かなさげにいじるトオルに管理人は励ましの言葉をかける。それでもまだ不安げに視線を彷徨わせていたが、やがて決心したように1つ深く息を吐いて、俺に向き直る。
「は―――…。わかりました。僭越ながら、僕がアキラさんの教育係…的な感じで、案内させていただきます」
「よろしく頼む」
「頑張れよトオル!なんか困ったらオレにも頼ってくれていいぜー!」
「お願いいたします。トオルさんやレオさん以外にも、わたしや他の方がいらっしゃいますから、なにか聞きたいことがあれば気兼ねなく頼ってください」
ひとまずは話がまとまり、管理人に鍵を渡される。
「2階に上がって、右手側の廊下の一番奥の部屋です」
トオルに案内された先は8畳ほどの広さの洋室だった。窓際に置かれたセミダブルベッドには清潔なマットレスと布団が敷かれ、程よい反発の枕が置かれている。
広い机と足掛けの付いた椅子が備え付けられていて、クローゼットと腰の高さほどのラックが2つ。天井の照明はガラス細工だろうか、繊細な意匠が見て取れた。時計はこち、こち、と規則正しく時を刻んでいる。
「今日は色々あって疲れたでしょうし、服やラグの調達は明日に行きましょうか。今が…ええと、夜の2時かな。8時に朝食が出ますから下の食堂に降りてきてください」
「分かった」
「食事とかお風呂のルールも明日から少しずつ教えていきますので、今日はゆっくり休んでください。僕はこれで失礼します」
「ああ、おやすみ」
ぺこ、と会釈してトオルは退室する。1人の部屋は静かだが、先ほどの住宅街のような嫌な静けさではない。わずかに人の気配と温かみを感じられるここは、初めて来た場所のはずなのにどこか懐かしくて落ち着くのだ。
「…」
剣を壁に立てかけ、ばふん、とベッドに倒れ込む。色々…本当に色々あった。気づいたら知らない場所で目覚めて、怪物に襲われて、助けられて、館にやってきて、あの怪物と戦うことになって、武器をもらって…。
「ここから出るためには、記憶を取り戻さないといけない…」
1人呟く。どこかに行かなければ、と思う気持ちは消えない。なら、記憶を取り戻して俺がどこに行くべきなのかを知らないといけないだろう。
「記憶が全部戻ったらここから出て行かなければいけないんだろうか…」
ふとそんな考えが頭をよぎった。記憶がないから故の不安からだろうか、例え危険があるとしてもこの町から出ていきたいとはあまり思えなかった。それも明日、トオルたちに聞いてみようか…。
とりとめもない思考はまどろんでいく意識に消えて、気付けば俺は泥に沈んでいくように眠りについていた。
「今日はいい夜ですね」
皆が寝静まった館の中で管理人の少女は1
きぃ、ぎ、と安楽椅子を揺らしながら、自らの眼帯に指を添わせた。
「記憶は心。記憶を喪えば心も欠ける。壊れた心をもう一度得た時に何を思うのか、何を知るのか……」
その言葉に声を返すものはいない。ガラス細工のように熱を持たない瞳が夜の闇を見上げ。
「楽しみですよ、アキラさん」
貼り付けた笑顔の奥にわずかに覗いた揺らぎは、誰も知るよしのない事だ。
虚の園にて花を待つ 傘屋きるて @kirute
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