世子様と、温陽行宮?!

「ユン武官ムグァン(ヒョヌ)も公主コンジュに気があっただなんて。もっと早くに分かっていれば、今回のようなっん……」

「過ぎたことを申すな。興が醒める」


 ハユンの口元にクォンの人差し指が添えられた。

 悪鬼アッキの事件後、クォンは毎夜のようにハユンの寝室を訪れている。

 彼女の好物や、薬草に関することが書かれている書物などを取り寄せてまで好意を示しているというに、全く気付いていない様子。

 今宵も彼女好みの薬味たれを添えた饅頭マンドゥ(餃子)を用意したというのに、一口食べただけで話し始めた。

 クォンの杯が空になっているというのに、酒を注いでもくれず。

 尽きることのない話を既に二刻(約三十分ほど)も聞かされている。


 悪鬼の事件をきっかけにヒャン公主の縁談話が持ち上がり、公主の気持ちを汲んでヒョヌに国王自ら縁談の話を持ち掛けたところ、ヒョヌはその場で快諾した。

 ヒャンが思いを募らせるのと同じように、ヒョヌもまた密かにヒャンのことを思っていたというのだ。

 現国王妃の遠縁というのもあって、政治的な権力が集中してしまうのでは? と、行動に移すことは避けて来たという。

 そんな両者の想いを知った国王は、翌月に婚儀を執り行うという王命を下した。

 今宮中では、世子夫妻と公主の話で持ちきりだなのだ。


 悪鬼事件で使われた例の呼び鈴はすぐさま廃棄され、魔除けの神気が施された鈴が使われるようになった。

 さらに王宮の至る所に神獣を象った石像や壁画を散りばめ、それらを使って陰陽五行ウミャンオヘンを描き、王宮全体が神獣の神気によって守られるようにした。

 神気を持っているからといって、万能ではない。

 今回の事件で、クォンは改めて国を背負う任の重さを知ったのだった。


 ***


 あくる日の巳時サシの刻(午前九時から十一時頃)、クォンは身支度を終え、ハユンの居室を訪れた。


「何だ、この荷物は……?」

「有備無患ですよ」

「それにしても、多すぎやしないか?」

「え? そうですか~?」


 今朝、日課である国王夫妻への挨拶で訪れたところ、先日の悪鬼事件のこともあり、世子夫妻に温陽オニャン行宮ヘングンでの療養が言い渡された。


 温陽行宮とは、漢陽ハニャンから二百二十五里ほど南に位置している温泉地で、離宮がある場所。

(※現在のソウルから南に90㎞ほどの場所にある/当時の朝鮮では1里がおよそ400m)

 

 温陽で療養するというものだが、実際は大妃デビ様(先王の正妃)へ結婚の挨拶をするために訪れる予定で、ハユンは逸る気持ちが抑えられない。

 大妃は持病の関節痛があるため、漢陽より気候の暖かい温陽で余生を過ごしている。

 そんな大妃様のために、ハユン自ら薬草採取し調合しようと、専用小型農具ホミ(草刈り鎌)や薬研や乳鉢などを持参しようと荷物を纏めているのだ。


「離宮には医官もいるし、さすがにこれら全部を持って行かずとも……」

「何を仰いますか! これは私の手の大きさに合わせて作らせた特注品です! 大妃様にお出しする前に勿論薬剤確認もして貰うつもりですし、ご心配には及びません!」

「……フッ、そうか」


 普通の妃ならば、お気に入りのジャム指輪バンジなどの装飾品を選別したり、それこそ仕立てたばかりの上衣チョゴリ下衣チマを品定めするであろうに。

 ハユンはそんなものには目もくれず、様々な形をしたホミを一つでも多く持ち出そうと必死だ。

 そんな妻にクォンは思わず頬を綻ばせた、その時。


「お前、本当の目的が何なのか、分かってないだろ」

「えっ?」

「クォン、教えてやれ。のんきに草むしりなどしている暇はないとな」

「……そぅ……なのですか?」


 楽しそうに荷造りをしているハユンに水を差すように声をかけたのは神獣の白虎ベクホ

 普段は姿を消してハユンの近くにいるが、時々こうして姿を現し、口を挟んで来る。

 ハユンの視線がクォンへと向けられると、クォンは視線を泳がせたのち、はぁ~と小さな嘆息を漏らした。


「温陽療養はあくまでも建前で、大妃様への挨拶は当然のこと。余たちに課せられた本当の目的は……その、何だ……」


 クォンは言い淀みながら頬をぽりぽりと掻いた。


「はっきりと仰って下さいませ」

「……そうだな」


 ハユンは何事も真相をはっきりさせないと気が済まない性質である。

 好奇心旺盛な性格が、こういう時に発揮されるのは如何なものか、微妙だけれど。


「子づくりだ」

「……へ?」

「余もいい歳(二十一歳)ゆえ、父上アバママが世継ぎを授かるようにとの命を下したのだ」

「ッ?!!」

「まぁ、問題なかろう。温泉に浸かって体が温まれば効果も高まるというものだ」

「っっっ」

「言っとくが、俺様は縁結びでも子孫繁栄を司る神獣でもないからな。俺様に期待しても無理だぞ。まぁ、子を授かるのは国事だからな。せいぜい頑張るんだな」


 言いたいことだけ言って、白虎ベクホはひゅっと姿を消してしまった。


「そんな困った顔をするな。直ぐには無理でも、そう遠くない未来には余もそなたも親になる立場だ」


 特技である薬草採取や薬剤調合をして、大妃様に気に入って貰おうという算段だったハユンは、完全に出鼻をくじかれた状態。

 しかも思いがけず王命を知ってしまい、みるみるうちに紅潮していった。


「まぁ、そういうことだから、宜しく頼むぞ、嬪宮ピングン

「っ……」


 わざとハユンの耳元に囁いたクォンは、頬を赤く染める妻を満足げに見下ろしていた、その時。


邸下チョハ

「入れ」


 扉の外から翊衛司イグィサ(世子の護衛)のヒョヌが声をかけて来た。

 一礼して部屋に入って来たヒョヌは、声を潜めてクォンの耳元で報告する。


「何っ?! 大妃様が昏睡状態だと?!」

「はい。今朝早馬にて先に向かわせた者の報告によると、数日前から昏睡状態だそうです」

嬪宮ピングン、ゆっくりしている間は無さそうだ。我々もすぐさま出立するぞ」

「はいっ!!」


 齢六十手前の大妃。

 朝鮮国では四十歳くらいが寿命と言われているだけに、クォンは焦り始めた。


「ヒョヌ、リュ従事官チョンサグァン(ジヌク)も帯同するように伝えてくれ」

「御意」


 世子夫妻の新婚生活は温陽オニャンの地で、何やら一波乱起きそうな……?


 ~了~


 ***


『お飾り世子嬪(白い国婚)のはずが、なぜか愛寵されています~閨での出来事は極秘につき。』を最後までお読み下さり、誠にありがとうございました。


『第7回ドラゴンノベルスコンテスト』の中編部門にエントリー作品になります。

 架空の李氏朝鮮時代を舞台にした、ロマンスファクションは如何でしたか?

 一瞬でもクスっと笑って頂ける作品になっていたら感無量です。

 また別の作品でお会い致しましょう♪ 蓮条 拝

(※続編があるかも……?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お飾り世子嬪(白い国婚)のはずが、なぜか愛寵されています~閨での出来事は極秘につき。 蓮条 @renjoh0502

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ