第3部 外伝3 エピソード1
『虚の魔導士 ~ 存在を超えて ~』
『非存在の世界』
セリスは、ソラ、インフィニス、ルナ、アイラたちとの戦いの果てに、その存在は負の魔力によって消し去られていた。
だが、それは全てが無になったということではなかった。
セリスは、自分が「存在の外」――"非存在" とも呼ぶべき世界に立っていることを理解する。
ルナやアイラへの後悔。罪悪感が胸を締めつける。
――― 私は、存在するに値しない。 ―――
セリスは過去の自分自身を「消す」決心をする。
非存在となったセリスは時間の存在を消し始め、過去にさかのぼり始める。
過ちの根源、かつての陰の王、エレオスとの再会が約束された日――それを目指して。
「消された自分」
陰の王エレオスとの約束の日。
セリスはその日に到着し、過去の自分の存在を消すことに成功する。
それ以降、"影のセリス" として、過去のセリスに取り付く。
過去のセリスは約束の場所に到着する。だが、"影のセリス" によって自身の存在は消されており、エレオスの目には映らない。
長い時間、エレオスは待っていたが、セリスが来ないと判断し、ついにその場を去る。
必至に自分の存在を訴えるセリス。
両親はすでに他界し、エレオスとのつながりも絶たれたかのように思え、自らの存在意義が揺らぎ始める。
セリスの真と虚の魔力は消え去り、また負の魔力を帯びる存在となってしまった。
こうして、セリスの孤独な流浪の旅が始まった。
―― お前は存在するに値しない ――
心の奥底で、誰かが常に囁く。
「……私自身の声なのか?」
だが、"影のセリス" はセリスの存在を完全にかき消すまでには至っていなかった。
時間を消し続け、過去にさかのぼってきたことで"影のセリス" の力は残り僅かであった。
セリスは"影のセリス" との心の葛藤に苦しみながらも、かつてエレオスが残した言葉を思い出す。
「私はかつて、人のためだけに生きていた。人のために生きることは尊い。
だが、自分のために生きることは、自分にしか出来ない、掛け替えもなく奥深いことなのだ。
人のために生きれないとしても、自分のために生きるのであれば、生きる意味はあるのではないか。
生きて、自分がやりたいことをすればいい。――― 決めるのは他人ではなく、自分自身なのだから。」
「修道女」
心の葛藤に疲れ果てたセリスは、道端で力尽きるように倒れていた。
その姿はまるで世界から消えたかのようで、誰も見向きもしない。
そのとき、一人の修道女が静かに足を止め、セリスの傍らに膝をついた。
彼女は彼を抱き起こし、街の片隅にある小さな寺院へと連れて行き、傷を癒す。
彼女の名は――クリスティナ。
「大丈夫。あなたはここにいます。ここにいていいのです。」
その言葉は、初めてセリスが受け取った無償の優しさだった。
寺院での日々が始まる。
セリスは日々、クリスティナが世間から見捨てられた人々に救いの手を差し伸べる姿を目にする。
やがて少しずつ元気を取り戻し、彼女を手伝うようになった。
だが、報われないことも多く、彼女の善意を裏切る人間も少なくはなかった。
そんな時、クリスティナはふと呟く。
「……彼らにも、人には言えない事情があるのよ。きっと……」
クリスティナは魔力を持っていないようだった。
セリスはクリスティナに尋ねる。
「シスター、教えてください。捧げるだけの人生で、あなたには何が残るのですか。」
「そうね・・・。私に残るものは少ないわね・・・。
でも、私が愛を捧げることで、人生を取り戻せる人がいるのなら
―― 私もその人の影で生きていると言えるの。こんな言い方・・・、おこがましいわね・・・。」
彼女にも人には言えない過去があるように思えた。
その時――“影のセリス”は、クリスティナの視線が自分に向けられているのに気づく。
慌てて目をそらし、立ち去る "影のセリス"。
その後ろ姿を、クリスティナは悲しげに見守っていた。
やがてセリスも、修道士として寺院に身を置くようになる。
前を向いて生きようとするセリスの姿を見て、"影のセリス" の心境にも変化が生まれる。
彼を完全に消し去ることはやめ、しばらく見守ろうと決める。
「真の王」
―――真の国の王都
真の王は、先王の代に筆頭魔導士を務めていた男であった。
彼は、かつての大動乱の折、真王ナシルと虚王シエンナを世界の扉へ送り出した後、"敵中突破" を敢行し、生き延びていた。
その後、内なる炎を胸に秘め、先王が退位すると実力で王位に上り詰め、更なる高みを目指し続けている。
王位についたのち筆頭魔導士を辞したのは、己の目的に密かに専念するためであった。
真の王は、生前の陽王トランセスから「陰王エレオスが真と虚の両国を狙っている」との忠告を受けていた。
真の王は十数年前の大動乱の折、陰王エレオスと時空の魔女の強さを目の当たりにしている。
彼の脳裏に焼き尽くものは、大動乱の折にエレオスが彼の世界へ帰ったあと、
同士討ちで時空の魔女に大敗北を喫する真と虚の両軍とその戦場、倒れた仲間たちだった。
当時、エレオスや時空の魔女に及んでいなかった自分を恥じている。
「私は井の中の蛙だった・・・。」
一方で、あのときのエレオスが炎と闇の魔導士たちの消息を確認しないまま、彼の世界へ帰ってしまったことを心の中で強く非難していた。
それと同時に、時空の魔女に対する復讐を深く誓っていた。
それ以来、真の王は臥薪嘗胆し、力を蓄え、陰王エレオス、時空の魔女は彼が超えるべき目標となっていた。それが眠っていた彼の野望に火をつける。
彼が考える構想は、地の底深くに沈んだ「因果の結晶」を陰王に先んじて引き上げ、我がものとし、その力で陰王を凌駕する。
十数年前の動乱で「因果の結晶」が地底深く沈んだ折、真と虚の国の境界に地の底深くに繫がる大きな亀裂が出来ていた。
真の王はその亀裂を密かに調査し、その亀裂が「因果の結晶」に繋がっているとの確信を得る。
そして自らは、密かに王務を抜け出しては亀裂の地底深くに赴き、その遥か深部に眠る因果の結晶の"真"の力を引き出し、操る術を身に付けるに至った。
だが、「因果の結晶」を引き上げるには、虚の国を含めた両国の膨大な魔力を注ぎ込まねばならない。
真王の野望の趨勢は、いかに虚の国を素早く征服するかに掛かっていた。
「陰王を超えて、誰よりも先に全世界を征服し、そして "時空の魔女" を倒す。」
「望むところだ――。私が過去の復讐を、果たしてみせる」
真王の内に秘めた野望と復讐の炎は、まさに爆発する寸前だったのであった。
「動乱の悲劇」
数年の時が流れた。
やがて真と虚の両世界の対立は激しさを増し、戦火は街々にまで及んでいた。
セリスが身を寄せていた寺院も、ついにその炎に飲み込まれる。
混乱の中、セリスは「謎の魔力を宿す者」として敵の魔導士に狙われた。
傷を負い、地に伏すセリス。
そこに立ちはだかったのは、負傷者の救済に奔走していた修道女クリスティナだった。
「シスター、そこをどけ。」
「いいえ、どきません。」
「ならば――、死ね」
魔力の剣が振り下ろされ、クリスティナの胸を貫いた。
クリスティナはセリスの手を握り、静かに言う。
クリスティナは、セリスに秘められていた真と虚の魔力と、彼にまとわる「非存在」の力の可能性を信じていた。
「……私は、あなたに眠るその力を信じています。
でも、まず――あなたが、あなた自身を信じなくてはなりません。
どうか……信じてください……そして、その力で、この悲劇から人々を救ってください……。」
そう言い残し、彼女はセリスの腕の中で息を引き取った。
セリスは絶望の中にあったが、その光景は何かの追体験のようでもあった。
脳裏に一瞬過ぎったものは、かつてルナとの決戦の後、彼女に何かを託し、彼女の腕の中で力尽きようとしていた「もう一人の自分」の姿だった。
それはセリスの奥底に眠る啓示であるかのように思えた。
「……私は……。」
背後から迫る敵の魔導士。
「哀れだな。すぐにお前もあの世に――」
その瞬間、セリスの内奥で眠っていた真と虚の魔力が共鳴し、迸るように覚醒する。
圧倒的な力で敵を薙ぎ払い、立ち尽くすセリス。
寺院で静かに生きようとした日々は、もはや過去となった。
クリスティナの死と願いを背負い、セリスは戦場へ歩み出す。
修道士セリスは、この日を境に義勇軍――レジスタンスのリーダーへと変わった。
クリスティナは、彼の心の中で生き続けていた。
「戦いの趨勢」
一方、戦局の趨勢は両国の筆頭魔導士同士の決戦により決した。
筆頭魔導士ルナとアイラ――旧友同士の一騎打ちは、ルナの勝利に終わった。
だが彼女は、友に最後の止めを刺すことはできず、アイラは密かに九死に一生を得ていた。
大勢を決する勝機と見た真の王は、怒涛のごとく虚の国に侵攻。
虚の国は王都を残すのみとなり、その陥落は時間の問題であった。
真の国の支配下に落ちた地域では、容赦ない統治と魔力の搾取が始まっていた。
「これで陰王より先に “因果の結晶” を手に入れられる。勝機は我にあり。」
真王は不敵に嗤った。
深手を負ったアイラは、あてもなく彷徨っていた。
アイラにはルナ戦う前からルナに気持ちで負けていたと感じていた。過去に一度もルナに勝ることが出来ていなかったのであった。
その不安と重圧に押しつぶされそうになりながら、それに抗う戦いであったが、ルナを乗り越えることは遥か遠くに感じていた。
自身の敗北によって虚の国の命運を決してしまったという重責に押し潰され、王都へ戻ることもできない。
自分に残された道が見えず、ただ彷徨うしかなかった。
やがて、真の国の精鋭魔導士たちに包囲され、追い詰められる瀕死のアイラ。
その身を襲う魔術の刃を阻んだのは、世界の扉を越えて現れた陰の魔導士――インフィニスだった。
彼はアイラを安全な場所へと運び、手当てを施す。
「あなたは勇敢に立ち向かわれた。もう動かないほうがいい。今のあなたには手当てが必要だ。」
友に敗れ、己の無力に打ちのめされながらも、彼の言葉と献身的な介抱は、アイラの心を静かに救っていった。
インフィニスは虚の国を覆う惨状を目の当たりにし、確信する。
――この魔力搾取が続けば、負の魔力の奔流がさらに陰の国を蝕む。必ず止めなければならない。
彼はアイラに、裏社会で影響力を持つレジスタンスへの合流を提案する。
そこには、真と虚、両方の魔術を操ると噂される謎のリーダーがいるという。
彼と連携してもう一度平和な世界を取り戻すべきだと。
インフィニスの真摯な想いに背を押され、アイラは次第に立ち直っていく。
やがて、彼女は再び立ち上がる決意を固めた。
「私は……まだ終わってはいない」
数々の困難を乗り越える中で、二人の絆は深まり、やがて互いの心を支え合うものとなっていった。
「罠」
一方、ソラは世界の扉をくぐり抜け、真の国に現れていた。
彼女は行方不明のインフィニスを探すと同時に、この世界で際限なく消費される魔力を止める術を探していた。
しかし、旅の途中でソラの「虚」の魔力が露見し、虚の国の間者として「真」の魔導士たちから追われる身となってしまう。
その窮地を救ったのは、レジスタンスのリーダー、セリスだった。
ソラが自分と同じく複数の魔力を操る存在であり、また純粋に「自分自身への問い」と「世界への問い」に向き合っている姿を見て、セリスは共鳴を覚える。
セリスはかつて自分もその問いに思いを馳せていたことを思い出す。久しく忘れていたその問いに思いを巡らすセリス。
一方のソラもまた、なぜかセリスに尋ねたいことが数多くあるように感じていた。その理由は分からぬままに。
戦争は終結に向かいつつあったが、真の国では魔力搾取の圧政が続いていた。
ソラはレジスタンスに加わる決意を固める。
レジスタンスの内部でも不満が高まり、大規模な反抗を起こすべきだという声が上がる。
虚の国はまだ完全には陥落していない。今、決起すれば、真の王を退け、世界を元に戻せるのではないか――。
セリスはついに決起を決める。
だがその動きは、すでに真の王に読まれていた。
彼の真の狙いは、裏の世界で暗躍して存在感を高めているセリスを炙り出し、抹殺することだった。
そして反乱分子が集結したところを周到に包囲し、捕虜としたものを奴隷化して魔力摂取に従事させる魂胆であった。
レジスタンスの中に真の王の間者が幾人も潜んでおり、彼らは知らぬ間にその罠へと誘導されていたのである。
情報はすべて筒抜けだった。
疑念を抱いたセリスたちは間者を捕らえ、真の狙いが自分自身の抹殺にあると知り愕然とする。
すでに真の魔導軍による包囲網は迫っていた。
最初から仕組まれた戦いであり、敗北は明らかであった。
セリスは敗北を悟り、静かに言った。
「……済まない。これは、すべて私の責任だ。どうか皆、逃げてくれ。」
彼は自らの命を賭して敵の軍勢を食い止めようとする。しかし、ソラは強く言い放つ。
「セリス、諦めないで。あなたがこの世界の最後の望みなの。再起を図ってください。ここは私が食い止めます。」
その言葉に、セリスははっとし、彼女を見つめる。
さらに、かつてクリスティナと共に救った寺院の孤児や老人たちまでもが「あなたを逃がすために戦う」と誓う。
ソラを含むレジスタンスの仲間たちは皆、命を懸けて敵軍へと立ち向かった。
セリスは皆の意志を受け取り、無念を嚙みしめながらも、次の希望へと生き延びることを誓い、戦場を後にした。
『交錯する真と虚』
戦場を後にしたセリス。
だがその胸には深い葛藤が渦巻いていた。
彼は守れなかったクリスティナを思い出し、苦悩する。
「私は……何も守れないのか。」
かつてのエリオスの言葉が蘇る。
――自分がやりたいことをすればいい。 決めるのは他人ではなく、自分自身なのだから。
セリスは逃亡をやめ、来た道を引き返す。
「見捨てることは出来ない。失いたくない。皆を守り、必ず生き延びて再起する――それが私の道。」
鬼神のごとき力で討伐軍を打ち破り、仲間たちのもとへと辿り着いたセリス。彼は軍勢を押し返しながら叫ぶ。
「ソラはどこに!」
「敵本隊との前衛に……ですが、前衛は壊滅寸前です!」
セリスは討伐軍本隊へと突進する。そこにはソラを倒し、捕らえた真の筆頭魔導士ルナの姿があった。
セリスとルナの視線が交わるその瞬間――
"影のセリス" を介して、セリスとルナの二人の心に衝撃が走る。
"影のセリス" の心は大きく動揺。後悔、罪悪感、切ない恋心、全てが入り混じり、彼の "非存在" は揺らぎ始める。
それは存在世界に伝播し、かつて、消し去ったはずのセリスとルナの悲壮な対決、その断片が二人に伝播する。
「私は、知らないどこかで彼女に、何か取り返しのつかない過ちを犯してしまったのか。」
理由も分からぬ深い後悔と切なさに襲われるセリス。
一方のルナも激しく動揺していた。理由も分からない大きな悲しみと切なさに襲われている。
「彼と私の間で、一体何が・・・。」
ルナは思いを振り切り、セリスに突進してくる。
だがセリスは戦意を失い、動けない。
「私は……存在してはいけない……」
そんな声が心に木霊する。
ソラは真の魔導士たちに連れ去られていく。
セリスは膝をつき、ルナにやられようとする瞬間 ――― 強力な虚の魔力が二人の間に割って入った。
アイラだった。
アイラの胸にもルナとセリスを見た瞬間、理由も分からない悲しみ、失意とともに、その心に熱い闘志が込み上げてくる。
その感情の高ぶりに大きく動揺するアイラ。
インフィニスが周りの敵を一手に引き受けて、アイラに言う。
「さあ、過去に決着を」
我に返るアイラ
「ありがとう、インフィニス。ここまで導いてくれて。」
アイラとルナの再戦が始まった。
アイラはルナに一歩も引かず互角の戦いを繰り広げる。
戦局の膠着を悟ったルナは、撤退を決意。討伐軍とともに引く。
アイラとインフィニスは討伐軍の追撃より、セリスや残ったレジスタンスの手当に回ることを優先する。
レジスタンスに加わったアイラとインフィニス。
だがアイラの胸には、なぜかセリスへの異様な関心が募っていた。なにかの運命なのか。
インフィニスはそれを察し、ためらいながら言う。
「彼のことが気になるのなら……私のことは……」
アイラは遮り、真剣な眼差しで答える。
「彼のことは大切に思えるけれど、私はあなたのほうが大切。だめかな・・・。」
インフィニスは微笑み、静かに頷く。
「大切なものがたくさんあるのは、幸せなことだ。君が幸せでいてくれるなら、私はそれだけでいい」
アイラやインフィニスとの出会いにより、セリスは絶望から一歩立ち直りつつあった。
だがその苦悩は、まだ完全に癒えきるものではなかった。
『罪と目覚め』
一方、退却したルナ。
反乱を鎮圧した後、捕らえられた人々が奴隷として扱われ、魔力供給の労役を強いられている現状を目の当たりにする。
前々から真の王のやり方に疑念を抱いていたルナの胸には、重苦しいものが広がっていった。
ルナはセリスから感じた罪悪感と同じ罪悪感を感じ続けていた。
そして、捕縛したソラから、ソラの素性とソラの世界の現状を知らされる。この世界の過剰な魔力摂取がソラの世界を崩壊させようとしていると。
ルナは決心を固める。セリスに協力し、彼と共にこの罪悪感を払拭しなければならない。
ルナはソラとともに、密かに真の陣営から離脱し、レジスタンスのもとを目指す。
『泉の誓い』
レジスタンスは、アイラとインフィニスの参入により再び体制を立て直しつつあった。
虚の筆頭魔導士アイラがレジスタンスと手を組み、反旗のために立ち上がったことは両世界の全土に伝播する。
進軍を続けるレジスタンスは、やがてかつてのセリス、ルナ、アイラが出会っていた小さな泉のある街にたどり着く。
ちょうどその地で、ソラとルナがレジスタンスに合流した。
泉の街の圧政からの解放はほぼが完了しつつある。
だが、セリス、ルナ、アイラその街の外れにある小さな泉に三人は足を止め、無言のまま立ち尽くす。
その時、敵の残党の攻撃の余波がその泉に降り注ぐ。泉が壊されようとした瞬間、その攻撃はなぜか消え去ってしまう。
攻撃を消し去ったのは"影"セリスであった。
"影"セリスは自身の行為に葛藤する。
「私は、かつての私を消し去るのではなかったのか。」
その瞬間、魔石に三人の友情の誓いを込めて、泉に投じるかつての三人の姿が一瞬脳裏に浮かぶ。
三人が泉を覗き込むとき、一瞬だけ水面に映る今とは違う別の自分たちの姿。
三人の胸に、かつて確かにどこかで「三人が共に幸せであった」記憶の断片が閃光のように流れ込んでいた。
沈黙を破ってルナが言う。
「私たちの知らないところで、何があったのかは分からない。けれど……悔いに縛られるより、これからどう生きるかのほうが大切だと思うの」
その言葉に、セリスの胸に重くのしかかっていた苦悩が、ほどけていく。
『決戦』
レジスタンスはついに、真王の魔導軍との決戦を迎えた。
幾重もの魔法が飛び交う激戦が続いた。
そして、ついにセリスたちは真王を追い詰め、勝利を手中に収めたかに見えた――その瞬間。
強力な魔力がそれを阻む。
陰王エレオスだった。
「なぜ……あなたがここに?」ソラの声が震える。
真王は冷然と告げる。
「私が世界の全ての国を支配し、彼が世界の全ての魔力を支配する。そういう取り決めとなった。」
驚愕するセリス、ソラ、インフィニス。
セリスがエレオスに問いただす。
「なぜそんなことをするんです。」
逆にエレオスはセリスに詰問する。
「なぜ、約束の日に来なかった。」
「それは・・・」
セリスは返答に窮し、言葉は続かなかった。
インフィニスがエレオスに食下がる。
「なぜなんです!」
「話したところで、情を捨てられぬお前たちが、納得することはない。お前たちの理解など求めていない。
私は私のためだけに戦っている。私の道を阻む者は、誰であろうと排除する。」
「あなたは・・・、間違っている。」インフィニスは拳を握りしめながら呟く。
「・・・あなたはもう、かつて私が師と仰いだあなたではないのですね・・・。ならば、私もあなたを止める。これ以上、悲しみを生ませないために。」
セリスはクリスティナを思い浮かべながら、エレオスと対決する意思を固めた。
陰王エレオスとの、運命の戦いが始まった。
『"非存在" の力』
セリスたちは、真王とエレオスの圧倒的な攻撃の前に追い詰められていた。
だがその時、真王の魔力がふと怯む。
――"影のセリス" が、残りわずかな力を振り絞り、真王の魔力の一部を消し去ったのだ。
その一瞬の隙を突き、セリスたちはついに真王を討ち倒す。
エレオスはその光景を目にし、低く呟いた。
「……妙だ。"存在" が見えない何かがいるようだ・・・。」
エレオスは膨大な魔力供給を受け、究極魔力の発動に迫っていた。
だがその裏で、"影のセリス" が非存在の力をもって魔力を打ち消そうと必死に抗っていた。
やがて限界は訪れる。
"影のセリス" の力は尽きかけ、逆にエレオスの魔力は勢いを増す。
そしてエレオスの魔力は極限にまで高まり、究極魔力が発動した。
奔流のごとき魔力が、セリスと仲間たちを飲み込み、圧し潰されそうになる。
その刹那――
セリスの耳に、澄んだ修道女の声が響く。
――― 目を覚ますのです ―――
――― 消え去ったものは、無くなってはいません ―――
「クリスティナ!」
セリスは自身が過去に持っていた、それまで目を背けていた負の魔力の中心、"非存在の力" が充足されているのに気づく。
"影のセリス" が消し続けていたエレオスの魔力供給は無くなった訳ではなく、 "非存在の力" へと形を変え、セリスに蓄積されていたのだった。
その "非存在の力" ――― 消え去り、非存在となった人たち、
クリスティナ、寺院の孤児たち、老人たち、多くの人たちがセリスを振り返っている光景が浮かぶ。
そして最後に、なぜか「もう一人の自分」が自分を振り返っている。
虐げられ搾取された多くの人々――消え去った人々の想いと魔力が集まり、セリスと仲間たちの力と融合する。
その未知なる魔力は、エレオスの究極魔力に立ち向かう。
セリスは感じていた。
「究極など……存在しない!」
その未知なる魔力はエレオスの究極魔力を超え、エレオスを倒すと、その残光はこの世界から消え去った。
セリスは、息絶えようとするエレオスのもとに駆け寄り、彼を腕に抱き抱える。
無言でエレオスを見つめるセリス。
しばしの無言の中、エレオスはセリスの背後にいる "影のセリス" に気づく。
「お前は・・・そうか・・・そういう世界があるんだな・・・。」
エレオスは、なぜセリスが約束の日に来れなかったのか、分かった気がしていた。
約束の日にエレオスと会い、彼の計画に従ったセリスは後悔するのではないかと。
そしてエレオスの計画に従い、悔いを残したセリスが今、 "影のセリス" として目の前にいて、立ちはだかっているのだと。
「世界は、想像を超えて豊かなものだな・・・。ありがとう、セリス・・・。」
そう言い残し、エレオスはかつての愛弟子の腕の中で、静かに息絶えた。
『存在を超えて』
戦いの後の静けさの余韻の中
ソラは、かねてから聞きたかった問いの1つを、思い出したかのようにセリスに尋ねる。
「ねえ……この世界の存在の外に、存在しない何かがあると思う? 何かが消え去ることは、何かを生み出す "力" となっているように思えるの・・・。」
―― 非存在 ――
セリスはそのことを考える。
彼は存在しないもう一人の自分の影を感じていた。
エレオスとの約束の日に彼に会い、彼の真意を聞いていたもう一人の自分がいるのではないかという思いに駆られている。
その先には何があったのか・・・。
かつて、セリスを救った日のエレオスの不敵な自信と、優しさに満ちた言葉が脳裏に過ぎる。
「私たちには “見えていない” だけなのかもしれない。
……世界は、想像を超えて多彩で豊かなものなのではないだろうか。
―― 私についてくるといい。必ず、その謎を解き明かしてみせよう。」
同時に、かつて人々に無償の愛を捧げ続けた、クリスティナの声が蘇る。
「そうね・・・。私に残るものは少ないわね・・・。
でも、私が愛を捧げることで、人生を取り戻せる人がいるのなら
―― 私もその人の影で生きていると言えるの。こんな言い方、おこがましいわね・・・。」
しばし感傷に浸ったセリスは答える。
「存在する。存在しない。――その区別は、この広い世界から見れば、私たちの "勝手な区別" に過ぎないのかもしれない。
私たちの枠を取り払ってみた時、新しい何かが見えるのだと思う。
"無" とは、私たちが認識できないものの総称で、本当は多彩で豊かなもの。
つまり、
――― "全ては、どこまでも有り続けている" ―――」
「……!」
ソラは、自身の問いの核心に触れたような気がした。
その瞬間、セリスとソラは後ろに何かの気配を感じる。慌てて二人は振り返るが、そこには何も見当たらなかった。
彼らには見ることは出来なかったが、その視線の先には "影のセリス" がひっそりと立っていた。
「・・・・もう、ここまででいい。なら行こう、存在の外の世界へ。
―――さようなら、もう一人の私。」
彼は静かに姿を消した。存在を超えた外の世界へと。
交差の魔導士 オズ @oztsmt
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