第4話 消失
雑居ビルの4階、蘭丸の事務所。
雨が窓を叩き、乱雑な書類とタバコの灰が薄暗い部屋に沈む。蘭丸は上着をハンガーに放り、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。
「座りなよ。あんたも飲む?」
城田は部屋を一瞥し、警戒の目を緩めず椅子に腰を下ろす。ポケットからペンダントを取り出し、握り潰すように手に持つ。
「…いらねえ。」
蘭丸は肩をすくめ、タバコに火をつける。
「まぁいいけど。とりあえず、ここなら安全よ。少し落ち着いて話しましょ。」
城田の視線がペンダントに落ちる。蘭丸はそれを見逃さず、煙を吐きながら切り出す。
「そのペンダント…よっぽど大事なんだね。」
部屋に沈黙が落ちる。城田の指がペンダントを強く握り、銀の鎖が軋む。やがて、掠れた声で話し始める。
「これは…俺の女の物だ。あいつは俺の全てだった。『Y』は、そいつのイニシャルだ。」
彼の目は遠くを見る。声には抑えた怒りと深い痛みが滲む。
「俺がムショにいる間に、鳩山組のクズどもが…優希をヤクで壊した。体も心もボロボロにして、死なせた。帰った時には既に手遅れだった…。俺は、何もできなかったんだ。」
拳を震わせながら城田は語り続ける。
「だから…せめて実行犯の奴らとヤクを黙認した上の人間達…全員、俺がこの手で始末する。優希が味わった以上の地獄を見せる。そう、決めた。」
城田の目が蘭丸を捉える。黒く濁った目の奥には燃えるような復讐の意志がある。蘭丸はタバコを灰皿に押し付け、静かに頷く。
「…そっか、重い話だね。」
彼女は立ち上がり、窓辺に寄る。雨の街を見下ろしながら、口を開く。
「私も少し話すか。鳩山組の小暮って男があんたを探せって依頼してきた。20万で城田研を突き出せってさ。」
城田の目が鋭く光る。蘭丸は振り返り、淡々と続ける。
「けど、アイツの話…なーんか引っかかるのよね〜。私、人を見る目はある方だと思うんだけど、裏がありそうって言うかさ。」
城田はペンダントを握り、硬い声で返す。
「…俺を売る気か?」
蘭丸はコーヒーを一口飲み、薄く笑う。
「私は便利屋よ。あんたが小暮より高く私に依頼してくれるなら、味方でいてあげる。」
城田の眉がわずかに動く。
「…なぜ、そこまでする?」
蘭丸の目が机の隅の写真立てに一瞬だけ触れる。そこには、変わらず笑う男の顔。彼女はタバコを手に、静かに言う。
「…私にも、いたのよ。私の全てだ、ってそう思えるような人がね。」
その声は、先程の軽さとは違う、重みを帯びていた。
「あんたがどうしようもないクズだったら素直に小暮に渡そうと思った。けど、今は…あんたの行き着く先が見たい。もしあいつが生きてたら、きっと同じことを言うと思う。」
蘭丸はコーヒーカップを置き、城田に視線を戻す。
城田は何も話さず真っ直ぐこちらを見て話を聞いていた。
「…少し話しすぎたかな。それよりあんた、ちょっと休んだら?事務所の奥に仮眠室があるよ。」
城田はペンダントをポケットにしまい、かすかに頷く。
「…少し、借りる。」
蘭丸は小さく笑い、奥の壁の隠し扉を開ける。雨音が事務所に響く中、城田は暗い部屋へと消えた。
灰と復讐 たじま @tjm_OprO
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