暴力反対運動会

田中U5

暴力反対運動会

 喧嘩とか暴力なんて、よくないことだ。

 だから、やらないの。

 俺はね。


 *


「お前、小六まで空手やってたんじゃねえのかよ? 必殺技とか出せよ! ほら、昇龍拳とかさあ!」

 学校には死角がある。教師や生徒の目に入らない場所がいくつも。そういうところで俺たちは、ゲットしたボサメンを使ってバトルする。

 例えば今日は、第二グラウンドの隅にあるプレハブの用具室。

 埃っぽい室内で、二体のボサメンが取っ組み合う。

「やあっ!」

 詰め襟の学ランを着たタカパッチこと高橋が、うわずったかけ声とともにパンチをくりだす。

「うぐっ!」

 小柄で銀縁眼鏡の、コジピーこと小島が、それをまともに顔面で受け、鼻をおさえてうずくまる。

「コジピー、メガネは外した方がいいよ」

 もう遅いか。

「あいい」

 殴ったタカパッチも、痛そうに右手をかばってる。指のすき間から、血がしたたり落ちた。コジピーのか、タカパッチのかは不明。

 まあ、慣れてないとそうなるよ。俺もはじめてオヤジ殴った時、そうだった。

 結局、喧嘩や暴力は慣れが大事。タカパッチも、あと何回かバトルをすれば、慣れてくるって。

「おおい! なに休憩してんだよ。まだ倒れてねえぞ、相手は! やれよ、蹴りでもなんでもいいから、やれって!」

 タカパッチに向かってそう怒鳴るのは、吉田こと吉田。こいつはボサメンじゃなくてトレーナーだから、吉田のまんま。どうでもいいけど、お前、昼に食った焼きそばパンの青のり、歯についてるよ。

「え、まだやるの……」

 言われたタカパッチは右手をおさえたまま、オロオロしてる。

「あのさ、俺たちは君らの本気が見たいのよ。困難に立ち向かう強さが見たいの。真面目にやってくれないとさ……」

 俺は視線を足元にやった。

 タカパッチがさっきまで見せびらかしてた最新機種のケータイは、俺のローファーに踏んづけられてる。靴底とコンクリの床にびっちり挟まれて、今にも割れそう。

 ほら、パキッって音がしただろ。

 それを見たタカパッチが、必死の形相でコジピーの腹のあたりを蹴り上げた。

「うぶっ」

 コジピーは、血の混じったよだれをまき散らしながら、くの字になってごろごろ転がる。うん、俺もオヤジに蹴られた時、そんな感じだった。

 吉田は、それ見てゲラゲラ笑ってる。いや、笑ってねえ。

 急に真顔になった。

「なんか飽きちゃったな」

「俺はとっくに飽きてるよ」

 暴力は慣れるものだ。慣れた次には飽きがくる。俺たちは、もう飽きちゃった。殴られるのも、殴るのも。だから、別の楽しみ方を思いついたんだけどさ。

 校内にいるだろ? なんかボサッとしてる奴。そういうメンツを何人かつかまえてきて、脅して、闘わせるの。ボサッとしたメンツをバトルさせるから、ボサメンバトル。はじめのうちは「いけヒカシュー、十万アンペアだ!」とか言って笑ってたんだけどさ、やっぱボサッとした奴がモタモタぎこちない仕草でバトルしてても、面白くはない。

 だから空手経験者とか、体操やってました、みたいなのも引っ張ってきたんだけどさ。あ、いるのよ、ボサメンにもスポーツできる奴って。

 でも、やっぱボサメンはボサメンだった。

「やめっか、ボサメンバトル」

 俺は足に力を入れる。靴の下でケータイのボディがメキメキ音を立てた。さらに足を上げて、踏みつけると、赤と白のチョコみたいなボタンがはじけ飛んだ。

 二ヶ月ぐらいのブームだったな。集めたボサメンはどのくらいだろ? ざっと二十体? どうせなら、全員集めてバトルロイヤルでもやらせればよかった。

 目を落とすと、石灰で白く汚れた床に、コジピーの吐いたよだれが、赤い水玉をつくっていた。

「そういや、もうすぐか。運動会」

「体育祭だろ?」

「どっちでもいいよ。かったりい」

「サボるか?」

「いや、出席日数が足らん。ダブりたくねえ」


 *


「川越君、騎馬戦はもう集合始まってるよ。メンツは決まってるし、上に乗ってるだけでいいからさ。頼むよ」

 おどおどしながら体育委員のバカが言う。

 あっという間に運動会、じゃねえ体育祭の日になった。俺はなるべくクラスの代表にならないよう、委員には脅しをかけてたんだけど、それでも騎馬戦には出てくれって。

 でも吉田はけっこうウキウキしちゃっててさ。なんか彼女ができたとかで、体育祭のあとにデートなんだって。いいとこ見せたいらしく、クラス対抗リレーも出るんだってよ。お前、そんなに足早くねえだろ。

 で、集合場所に行ったら、見知ったボサメンがずらり。そいつらが騎馬になって俺らは上に乗る。吉田はもう彼女のことしか考えてないから。

「テメエら、負けたら後でヤキ入れるからな」

 なんて脅し文句を吐いてる。

 いいから、さっさと終わらせようぜ。ハチマキが蒸れてかゆいんだよ。

 ボリボリやってたら、開始のピストルがパーンって鳴った。真っ青な空に、やけに響いた。とたんに吉田の騎馬がまっ先に突っこんでく。すぐに小競り合いが始まって、十騎ぐらいがもみくちゃになる。砂煙がもうもう上がった。

 うわ、やだやだ。

 とか思ってたら、俺の騎馬も、下の奴らが勝手に走りだして、そのぐちゃぐちゃに突っこみやがった。すぐに頭のハチマキめがけて、あっちこっちから手が伸びてくる。勢いつけた誰かが、盛大に俺につかみかかる。バカ、お前なにしてんだよ。

 バランスを崩して、俺は背中から地面に落ちた。いってえ。

 まわりの騎馬も将棋倒しみたいに、次々と崩れてる。あぶねえなあ。すぐ立ち上がろうとしたけど、俺の上にデブが乗っかってて動けねえ。蹴り上げようと思ったら、今度は足が動かせねえ。誰かがつかんでるんだ。

 それで、やっと気づいた。

 これ事故じゃねえや。乗ってるデブは、前に俺がゲットしたボサメンだ。カネボンこと金子。そいつはがっちりと俺の両腕に手をまわして、身動きとれないようにしてた。

「オイ! 金子なにしてんだテメエ!」

 怒鳴りつけたが、顔をあわせようともしない。

 見たら吉田も倒れていた。俺のすぐ近くで、同じようにボサメンふたりに組みつかれてる。

「バカ、テメエらこんなことして、ただですむと思ってんのか!」

 叫ぶ吉田と俺のまわりを、いつの間にか、ボサメンたちが垣根のように取り囲んでいた。

 ああ、そういうこと。

 コジピー、カネボン、シミジミ、パンツマン、タカパッチに、えっと、お前ブーターボだっけ? あとは、忘れちゃったけど。

 まいったなあ。こいつら、すっかり暴力に慣れちゃったのね。

 暴力をふるわされてるうちに、すっかりそのやり方に慣れてさ。それが、まわりまわって、俺たちに帰ってきた、と。

「えいっ、えいっ」

 もう吉田は蹴られていた。ひょろっとしすぎて体操服の袖がガバガバの、シミジミこと清水が、甲高い声を上げながら、吉田の顔面を何度も踏みつける。

「てっ、てめっ! やめっ! おっ! このっ!」

 なんか喋ろうとするんだけど、そのたびに蹴られる。あっという間に吉田の顔は血まみれになった。他の奴らも、ところかまわず蹴り始める。すぐに、吉田は、ぐったりして、動かなくなった。それでも蹴りは終わらない。

「えいっ、えいっ」

 おいおい、そこまでやる? 俺たちってそんな悪いことしてたっけ? そこまで恨み買うようなことしてたっけ?

 してたわ。

 でもさあ、お前らだって、けっこう楽しんでたんじゃねえの? ボサメンバトル。ほら、今だって、いい笑顔してんじゃん、タカパッチも。俺たちのお陰よ、こんな風に、暴力を楽しめるようになったのって。

 つまりは俺が育てたようなもんじゃない。俺がお前らのオヤジってわけでしょう?

 あ、だからか。

 子どもは親って壁に立ち向かって、強くたくましくならないとね。

 俺がオヤジを乗り越えたみたいに。

 顔に影が差した。タカパッチが大きく足を上げていた。

 学校指定のボサッとしたスニーカーの底には、グラウンドの砂利がいくつも詰まってた。

 その時さ、オヤジの見た光景ってのも、こんな感じだったんだなって。

 ボサッと考えちゃった。

 やだやだ。

 

 ほんと、暴力反対。


【了】





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