エリート食人くん、入社する。

鍍金 紫陽花(めっき あじさい)

第1話

 俺の家族は食人族。外部に依頼した不良たちに貧しいの女性を捕えさせ、家族はその人間を食事にした。

 代々続く医者の家系で金の心配もなく、不自由のない暮らしをしていた。

 月に一回、家畜を解体して、命に感謝する。それが習慣だった。

 ある日、家族の活動を非難する人々が、家の門前に押し寄せたことがある。『人を食べる行為は倫理に反する』と叫ばれた。だが、数日もすれば消えていった。

 風に吹かれて、彼らの落とした新聞や抗議文が門のなかに入ってくる。『明日になったら返してやろう』そう思って、部屋に持ち帰り、思い立って内容を読んでみた。

 そのとき、人を食べてはいけないことを知った。

 食人族は間違っていた。そもそも、社会を築くには、人の数を減らしてはいけない。

 俺は家を出る決心をした。

 永岡伊三郎という名前を捨てて、この環境から外に出ることで、私は人間として生き直す。

 家族は俺の心情に理解を示さなかったが、もう人を食べることはしない。

 そう誓って、大手製薬会社『インモブルス・ジャパン』に入社した。

 インモブルスは、誰もが知る日本の大手製薬会社だ。

 テレビのコマーシャルで知名度が高く、開発したワクチンは世間でも知られている。政治家とのつながりも太い。

 この会社に所属できたことで、俺は独り立ちできたと言える。

 現在はアメリカ(現在名:ドナルド・トランプ王国)の国有企業が買収され、本拠地も移転している。

 ここまでの道のりは途方もなく長かった。

 まず、貸してくれる家を探すところから始まった。

 結局、親が保証人になってもらい、ようやく家を借りることができた。

 そこから勉学に打ち込み、高校を卒業。大学受験も成功させて、人とのコミュニケーションを理解する。そこから、この会社へ入るためのアプローチとして、勉強会や面接の練習に励んだ。

 入社式、俺と同じ大学から来た数人が、第二会議室で集められている。

 彼らと同じ部署になるなら関係も築きやすい。そう考えていると、指導係がホワイトボード前の扉から入室してきた。

 まずは、打ち解けるような雑談をし、その後、グループごとのディスカッションを命じられる。テーマの書かれた紙が配られ、『戦略が通じるのか』を話し合う課題だった。

 リーダー、記録係、発表者に分かれ、それぞれグループで発表する。


 俺のグループに、『ミツ』という女性がいた。

 彼女も俺と同じ大学出身だった。親が金持ちで、一流の人たちとグループを形成していた彼女に、身元を隠していた俺は近づかなかった。

 それだけに、この場で再会したことに驚いた。

 てっきり、金持ちの男を捕まえて生活を満喫すると思っていた。

 こんな男だらけの仕事に手を出すなんて、勇敢なやつだと、勝手に一目置いた。

 その後、簡単な心理テストを問いて、一日目は終了。

 俺はこの日、周囲と打ち解ける方針を選んだ。ここで、味方を増やしていれば、出世したときに動きやすくなると踏んだ。そこで、男性の二人とミツを誘い、近くの居酒屋に寄った。

 ミツが料理とお酒を注文して、みんなのグラスに注ぎ回る。音頭ともに、乾杯した。

 彼らはインモブルス・ジャパンで出世するため、会社に身を捧げるつもりのようだった。確かに、この会社は未来が明るい。病気という需要は途絶えることがないから、餓死することがなかった。最近は、公害問題も記事にされている。


「いさちゃんは、どこに着きたい?」


 まるで幼少期からの友達みたいな距離だったが、ここは我慢して答えることにした。


「新薬開発部だ。在籍して新薬を見つけることができれば、出世も間違いなしだ」

「おお、きみはとても気持ちが良いな。そんなに正直だと驚くよ。僕もそうなんだ」

「やはりそうか。なら、自分たちがこの会社を盛り上げてやろうじゃないか」

「ああ、新人を舐めては困る」


 酒の席だと調子が合いやすい。男たちは、まだ実現していない理想が、必ず自分に開かれているものだと信じていた。


「だって、俺たちは苦労して大企業に入ることができた。いさちゃんも、俺たちは報われるべきだと思うだろ?!」

「そう、かな」

「そうだって! いさちゃんも、報われるべきだといえ!」

「報われたい!」

「そうだそうだ!……、ミツちゃんはどうなんだ?」

「私ですか? 私も新薬です」


 俺に共感していた男性が噴き出した。


「あははは」

「え、え? なんですか」

「いや、頑張り給えよ」


 立派な夢だった。

 インモブルス・ジャパンは、男女に関係なく重要なポストに就ける。会社に貢献できる有能な人間なら、誰であれ評価された。その理念に共感して、入社を目指す人は多い。

 資金力のある家庭、男性が中心の社会、そういったアドバンテージが圧倒的に有利だ。

 インモブルスは、しがらみの面倒を見てくれない。

 それが内々の理解だ。ミツはまだそこが分かっていない。せいぜい、同僚か上司のなかから旦那の候補を探す流れになる。

 おそらく、男性たちはそう結論付けた。それは、俺も同じ考えだ。

 この社会構造が、有能な彼女の属性を否定している。

 四人とも新薬開発部に回された。俺たちは仲良くしながらも、自分が出世を目指して奮闘していく。

 1年後、俺だけが営業課に回された。

 他の三人は、新薬を開発していないのに、そのまま新薬開発部に残っている。

 『営業に製薬知識が欲しかった』という理由で、俺の将来は閉ざされる。

 この職場に入ったことで、自立したと言える。もう自分で家を借りられた。好きな食べ物を購入できている。

 眠りについたとき、布団のなかで、何かに許せないと考え出しては、止まらなくなる夜が増えた。

 ミツはいいのか?

 他の無能そうな男性は?

 俺が何をした。


 営業の仕事は向いていなかった。書類作成に営業先との接待。先輩に教わった仕事が、私の手に回ると達成できない。どうして出来ないのかも分からず、何度も聞き返しては怒鳴られる。営業の同僚たちからは、偉そうな態度が気に障ると言われた。

 次第に、新薬開発部とも連絡が取れなくなり、彼らの噂を耳にするようになった。大きなプロジェクトを任され、会社がプレリリースに向けて大きく動いているという話だ。

 ずっと俺はその宣伝を手伝わされた。あの花形に私は触ることすらできない。引き立て役に成り下がっている。


「いや、これでも俺は恵まれている。外の世界に馴染めている」


 言い聞かせる毎日。気が付かなかったミスを処理しては残業する。納得のいかない日々のなか、会社の出口にミツがいた。

 ミツは鞄のなかを探している。その近くに、落とし物であろう携帯があった。

 無視しようと思ったが、携帯を渡してあげることにした。

 姿勢を低くしている彼女の頭に、俺の影がかかる。ふと顔を上げた彼女に携帯を突き出す。ミツは『ありがとう』と左手で受け取った。薬指には指輪が嵌められている。



 それから数カ月ぶりに、ミツと俺は顔を合わせる。

 あの研修が懐かしく思えるほど、今の日常は灰色だ。

 

「他の面子はこなかったのか」

「うん。今は忙しい時期だから、急に集まるのは無理だったみたい」

「ミツは仕事に戻らなくていいのか」

「今日は帰ることにした。それに、やることは済ませてるよ」


 まるで、両手いっぱいの荷物を玄関の床に広げ置くように、プロジェクトのことを喋る。自分に専門知識が備わっているから、言葉が詰まって、専門用語の説明もしなくていいのだろう。ただ相槌を打つだけになっていた。

 だんだん惨めになってきた。あの世界に俺がいない。


「クソみたいな上司しかいないけど、食らいついてるよ」

「ミツって温厚そうな見た目なのに、イケイケだよね」

「ちょっと、それ褒めてるの?」

「褒めてるよ」

「本当かな。永岡くんって本心が分からないからな」

「なに。本心って」


 ジョッキに残っていたビールを喉に流し込んだ。追加の注文しては、そのまま彼女が話を続けていく。


「だって、永岡くんって私たちと距離をとってるよね」

「え、それは君たちだろ」

「ええ?! なんでよ。確かに忙しくて返事できないけど、遊ぶのが嫌なわけじゃない」

「またうまいこと言うね」

「私の思いは本心だよ。永岡くんの本心が聞きたい」


 自分は情に弱いと感じた。熱意に当てられて、もう気を許しても罰にならないじゃないかと思って、先のことを考えるよりも、口が動いた。


「俺は、新薬に戻りたい」

「……」


 新人のミツでは達成させられない夢だった。

 あのとき望んだ夢の一つが、俺にだけ続いていない。理想は理想のままで、俯いた現実を進まなきゃいけなかった。後退すれば、家族の元へ帰らなきゃいけない。

 家族は会社よりも俺を肯定してくれた。あの門は俺のために開かれていると思える。

 自分に考えているうちに、ミツは自分の思いを話し始めた。


「上司の付き合いに、ついていったことがある。そのときに、どうして永岡くんを外したのか聞いたの」


 俺は枝豆に手を伸ばした。口のなかに漂わせ、皮を押して豆だけを排出する。

 二粒噛んだ。

 まずい。


「永岡グループの跡取り息子だ。いつかは製薬会社から離れていく存在に投資することができない。永岡グループは他の息子もいるけど、変な影響力を与えたくない」

「それは」

「ん?」

「ミツも思ってる?」

「思って、ない。というか、永岡グループってすごい金持ちのところじゃない。同じだとは知らなかった」

「ミツは、どんな家なの?」

「最初は貧乏だったよ。父親がでてってお母さんが頑張った。お客さんだった銀行の総務と婚約して、私は勉強ができるようになった。そこから、覚えることが楽しくて、ずっと薬を調べた。あの粒が人を救うことができるんだよ。それがすごいと子供の頃は思ったの」

「うん」

「上司もお金がなかった家で育ったみたい。要は逆ギレなんだよ。おかしくない?」


 だったら、ミツは能力じゃなくて境遇で残されたということ。そして、俺は親が金持ちだから外された。いや、彼女だって金持ちの家族に落ち着けている。

 彼女は俺が戻れるように計らってるらしいけど、結局は営業で働いている。

 どうしてこんな目に合わないといけない。俺だって他の奴らと同じように努力しているのに、親が金持ちだから奪われていく。親の力は何も関係していないのに。その影響力が、自分の人生を閉ざしていく。彼女だって、上司と同意見じゃないのか。こんな分かりやすく話してくれるのは、もう俺が戻ってこないと分かってるから。少なくとも、1年の格差は付いている。現場から離れて、大企業の花形についていけるのか。

 どうして、こんなに頑張ったのに。

 こんな理屈の通らない理由で、貧乏な人間が阻んでくる。


「俺のためにありがとう」


 その後、店を出てからミツを家まで送った。彼女が寝静まったら、手首を齧ってみる。最初のお酒に、薬を服用させたから、彼女は多少の痛みでは起きない。じわじわと歯を進めて、肉と血を味わってみた。


「美味しい」


 その後、会社を退社した。

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エリート食人くん、入社する。 鍍金 紫陽花(めっき あじさい) @kirokuyou

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