第5話 龍魔リコ
「一分前か」
手首に巻いた金色の腕時計を確認してから、つばきは私の顔を見上げた。
彼女の無感情と私の緊張が交差する視線はなんだかピリピリとしていた。
「時間には間に合ってるから大丈夫だよ。じゃあ今すぐ服脱いで全部頂戴」
校則で許可されているメイクで真珠に似た白色になったつばきの顔に、橙色の夕日が差し込んだ。
彼女の肌はすっぴんの健康な女子生徒みたいに赤みのある色となり、ここで服を脱げとおかしな事を言う彼女だって機械じゃない人間なんだと、そう思った。
「……ここで?」
「他にどこでするって言うの? まあ校門の前とか公衆の面前で脱ぎたいって言うなら止めないけど、周りはどんな目するだろうね」
そういう意味で言ったんじゃないことくらい、つばきだって理解しているはず。
さっきは監視の目なんて付けずに私を一人きりで送り出したのに、今度は自分の目の届く範囲にしろと言っているのだ。
私が気づかなかっただけで監視役はいたのかもしれないが。
私が大人しく着ていた制服を脱いでつばきに渡すと、彼女は現金または金目のものが隠されていないか隅々までくまなく探し、何もないことを確認すると私の制服は土の上に放られた。
その間に
するとつばきは無表情を屈託のない笑顔に変えて、両手を組んで自分の右頬に当てた。
「明日十銀(日本円で言う十万円)持ってきてね。そしたら許してあげる!」
あなたに許されなければならないことを私は犯したのですか――とは聞きたくとも聞けなかった。
もともと私の家は裕福だったから、出せないことはない金額だったため、私は頷いてしまった。
「わかった……」
私がそれだけ言うと、つばきと愛夏は満足そうに笑いながら光の射す方へ歩いて行った。
まるで普通の学生のように。
「おはよう
翌朝登校してきた私は、可愛らしい声で隣の席の
昨日わざわざ教室まで来てくれていたキティが、あの後ちゃんとそのまま家に帰ったのかどうか、見届けられなかった私はずっと気になっていた。
私は家に帰ってから安否確認のメールを入れ、今朝もメールを送ってみたのだけど、既読だけがついて返事は来ていなかった。
「おはよう……。か、風邪とかかなぁ?」
なるべく普通に振る舞って、風邪とは違う心配をしていることを隠しながら私がそう言うと、萌音は顎のところにちょこんと曲げた人差し指を当てた。
「華補ちゃん、キティちゃんから何も聞いてないの?」
「メールしたんだけど既読スルーで」
「えーそうなの? 大丈夫かな?」
不安そうにスマホの画面を見つめる萌音の様子から察するに、きっと彼女にもキティからの連絡は来ていない。
「ね、心配――萌音ちゃんは誰からキティちゃんが休みだって聞いたの?」
私がそう尋ねると、萌音は顔をこちらに向けた。
「キラから聞いたの〜」
「えっ、キラってもしかして、魔王軍の
「そうだよ〜」
ほわほわと軽い口調で言う萌音は、呼び捨てをするくらいだから彼と仲が良いのだろうか。
あざとくて可愛い彼女はいつも男子と話していたけれど、いつも同じメンバーで固まっているキラと話しているのは見たことがなかったゆえ疑問に思った。
それに、あの魔王様がどうしてキティが欠席するかどうかを知っているのだろう。
もしかして昨日別れた後、同じ魔王軍であるキティがつばきや愛夏から何か被害を受けたのでは――?
「あっ、えっと……、このクラスにリコちゃんて子がいるのは知ってる?」
不安で表情を曇らせた私にフォローを入れようと、手をあたふたさせさせながら萌音が説明しだす。
「リコちゃん? そんな子いたっけ?」
「入学式から一日も学校来てない子なんだけど、その子キラの妹で、キティちゃんと幼馴染なんだって。家が近いから親かリコちゃん経由で聞いたんだと思うよ」
「待って情報量が多いです」
入学式から来ていないけどこの学校に在籍しているということは、リコという女子生徒には今は登校できないやむを得ない事情があるのだろう。
そんな彼女と同じクラスで双子の兄なのがあの魔王様。
今年の双子出生率は全種族平均三十パーセント。双子は同じ学校を選びがちかつ、子供が何と言おうと保護者の事情で同じクラスになるから何もおかしなことはないのだが、龍魔キラの妹というそれがパワーワード。
キティは「怪物」と「ノーマル」のハーフだが、ほぼ「ノーマル」として過ごしてきたため「怪物」と知り合うことは殆どないはずだ。しかし幼い頃、「怪物」である父に連れられて「怪物」の居住区に行き、そこでリコと会った可能性は考えられる。
どれだけ考えても解消されない疑問は萌音が説明に挙げたそのどれでもなく――
「萌音ちゃんがキティちゃんと知り合ったのってこの学校が初めてだよね?」
「そうだよ?」
「萌音ちゃんは魔王様と仲良いの?」
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ありったけの愛をあげるから 雫 のん @b592va
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