曲解『桃太郎』

高木三希

曲解『桃太郎』

むかし、むかし、ある田舎の町外れに十二尺程度の大きな、大きな、桃の木があったそうな。その木は二月になると、青黒いゴツゴツとした樹皮からは思いもよらぬほどの軟い角のとれた花びらを開き、醸す芳醇な香りに下衆どもは口いっぱいの涎を溜め込んでいたと言う。


 「では、父上、母上。私は鬼退治へ行って参ります。」

 その浅黒い肌には似合わぬ真っ白な鉢巻を巻き、見苦しいほどきつく締め上げられた胴の横からは贅肉が浮いて見えるこの男こそ、後の英雄、かの桃太郎である。

「桃太郎や。きっと鬼を倒して、無事に帰って来ておくれよ。」

 彼の母親はそう言うと、手作りのきびだんごを凡そ家宝のように手渡した。

「あんたはこれがむかしっからすきやったやろう?やから、寂しいなったら、これ食べて気張るんよ。」

 こくりと頷くと、桃太郎は一度奥の部屋にいる父親の様子を伺った。彼の父親は息子が家を、それも鬼退治という大義を背負い、出るというのに、無視を決め込み、その見送りに来ないのだ。が、それもそのはず。これは桃太郎にとって実に計七回目の鬼退治であり、彼は鬼退治に行くたび、何の成果も残さず泣きっ面で帰って来ては、近所の笑い者となっていたのだ。


 桃太郎は目一杯息を吸い込むと、胸を膨らませ、凛然と家を出て行く。彼に対する母親の刺さるほどの期待がそうさせるのだ。家が見えなくなったあたりで、彼はやっと息を吐き、身を縮こませる。どうして、自分だけ。そう思いながら、初めての鬼退治よりも六つも多くなったきびだんごを一つ摘む。噛むたびに滲み出る甘い味わいは皮肉なことに、桃太郎の苦しい思い出を蘇らせた。彼はその名の通り桃から生まれた子であるということを両親から長年言われ続けてきた。彼自身それが奇妙だと疑うことはなかったし、誇りであるとさえ感じていた。そこに疑念が生まれたのは彼が生まれて五年、初めて同級生からのからかいを受けた時である。そこで初めて彼は自分が異端者であると知ったのだ。それからというもの彼は自分の生まれに悲観的になり、どんどん消極的な考えをするようになっていった。桃から生まれなければ。人から生まれておけば。そんなことを考えながら指についたきなこをはらはらとねじり落としていると、後ろからツンと小突かれる。飛び上がって見ると、そこには藍色のしなびた小袴を着たみすぼらしい男がいた。

「もう三日三晩何も食べてないんです。ぜひ、お慈悲を。お慈悲を。」

 桃太郎は頼まれると断れない性分の男であったので、願いを聞くや否や小袋に手を入れ、その男にきびだんごを一つ渡してやった。ありがたや、と言い、男は震えた手で確実に口の中へときびだんごを放り込むと目を瞑り、ゆっくりと咀嚼を始めた。そして、男は喉をひくひくと鳴らしながらきびだんごを飲み込むと、一拍おいて桃太郎に有り余るほどの感謝を述べた。男の名は戌田というらしい。桃太郎の事情を知ると、戌田は命の恩人である桃太郎に恩返しがしたいと鬼退治へ共に行くことを志願した。桃太郎は快くこれを承諾したが、内心、焦っていた。桃太郎はまた、鬼退治へ行ったふりをして今回も帰ればいいとそう思っていたのだ。それが、この男の登場によってできなくなった。桃太郎の中でふわふわとした想像でしかなかった鬼退治がこの男の登場によってぼんやりと輪郭を帯びて来たのだ。ああ、まずいぞ。桃太郎はそんなことを思いながらも、やはり、自分を慕う者には良い格好をしたいのが人間の性であるようで、戌田にのせられ、背中の旗まで抜きだして鬼ヶ島へと歩みを進めるのであった。


 戌田と共に鬼ヶ島へ向かう途中、桃太郎は嫌なものを見た。見て見ぬふりをして通り過ぎようと思ったが、戌田がそれを許さない。

「桃太郎さん!見てください、こんなにも大きな桃の木があるものなのですね。」

 瓦礫を組み合わせて作り上げたような幹が荒々しく延びているその根には「桃の木」と書かれた立札が差してある。そう、この桃の木こそ桃太郎の入った桃の実を落とした木、言わば桃太郎の産みの親であったのだ。桃太郎は重たい首をあげて、その全貌を見ると、下唇をぐっと噛む。桃太郎にはぐんぐんと成長して花をつけているこの木が憎かったのだ。だれにも邪魔をされることなく、空を侵してまで伸びきる枝が、ここに自分がいると主張するように咲く花が。私は自由になれぬのに。私は自分がいないのに。そうして、桃太郎はわざわざ地面の落花を踏みつけて、ぎこちない歩き方になりながらその木を通り過ぎて行った。


 「あんたは桃の子や。きっとできる。できるはずや」

 やめてくれ。

「できるに決まっとる。桃の子やから。」

 痛い。

「できるよね?できるでしょ?できるにきまっとるわ。できる?できた?  だって、桃の子でしょう。桃の子。桃の子。桃の子なのに」

 畳。布団。視界が明るくなって安堵する。夢だったのだ。桃太郎は初めて鬼退治に行った時からときたま、こんな夢を見る。桃太郎の家は子宝に恵まれず、長男は流産、次男は流行病で生まれてすぐこの世を去った。そんな夫婦にとって桃太郎の存在は大きなものであって、夫婦は桃太郎をほとんど救い神のように扱い、大切に育てた。その過度な期待は幼少期の桃太郎には重すぎるほどのものであって、桃太郎は常に夫婦の描く桃太郎と、自分の実情との解離に悩み、そしていつのまにか自分を産んだ桃の木の存在を恨むようになっていた。汗で濡れた寝巻きを脱ぐと、桃太郎はため息をつく。あれは夢であるが嘘ではないのだ。実際自分は期待を掛けられていて、逃げられはしないのだ。そう思うと、夢の中の方がまだましな気がしてきて、桃太郎は裸のまま、また夢の中へと逃げ入るのだった。


 朝になり、戌田が桃太郎の肩を揺すり起こす。別に桃太郎も起きていないわけではないのだ。ただ、雨でも降って、鬼ヶ島へ行けない理由でもやって来ないかと待っていたのだ。が、桃太郎もこのかんかん照りの天気には観念したようで、わざとらしく瞼をこすり、目を開ける。おお、もう朝か、と消え入るような声でぼそっと呟くと戌田が何やら興奮した様子で答える。

 「桃太郎さんが眠っている間に、私、この宿の番頭を勤める猿次郎というものと話していたのですが、彼もこの鬼退治に加わりたいそうで、一人増えるだけでも十分大きな力だと思われます。桃太郎さん、彼も仲間に加えてよろしいでしょうか?」

 桃太郎の布団の中のぬくもりが冷ややかに消える。と同時に、彼の背中から冷たいような温かいような得体の知れぬ物が滲み出る。今度はくっきりと鬼退治の輪郭が見えてきた。桃太郎は震えた声で、必死に口角を上げて取り繕いながら戌田に答えた。

「もちろんだとも。仲間は多ければ多いほど良いからな」

 そう言うと、外から聞いていたのか、顔の上から下まで髭で繋がっている、部屋の天井に頭が擦るほどの大男が部屋の中へと入ってきた。桃太郎にも察しはついていたが、この男こそ戌田の言う猿次郎であった。彼が長いこと宿屋の番頭を勤め、刺激のない人生に飽き飽きしていたのだということをまるで、鬼退治に成功したあとの後日談のように語るのを見て、桃太郎はもう胸がつっかえて仕様がなかった。桃太郎はここでもまた、桃の木のことを思い出す。あの木に生まれなければ。人から生まれていれば。そんなことを思っているうちに、猿次郎の話は終わってしまったらしく、猿次郎はその長い顎髭を一本抜くと、大きく息を吸って、空気を変える。

「さあ!ではいこうか!!いざ、鬼ヶ島!!」

 途中から加わったくせに、なぜこうも興奮しているのか桃太郎には不思議であったが、戌田もこの調子であるので、もうこの流れには逆らえぬと感じたのか、猿次郎に急かされるがまま桃太郎は宿を出て行った。


 波がきらきらと陽の光を反射しているのも、桃太郎には目障りでしかなかった。

「海ですよ、桃太郎さん。鬼ヶ島まで、も少しです」

 波の反射でいつもよりも目を光らせながら戌田が言う。見れば分かるだろ、と愚痴を吐きたくもなったが、喉のところで止めておいた。船場へ着くと、三人は番頭に道を尋ねられる。

「どこにいきやしょう。はぁ、鬼ヶ島??私は滅多にあんなとこ行きませんよ、他のとこ当たってくんな」

 もちろん、こう返されることは三人全員が薄々気づいていた。武勇伝のために死ねるような人間が船場で確かに金を稼ぐとは到底思えなかったからである。ここにきてようやくツキがまわった、と桃太郎は落胆した様子を醸し出しながらも、微妙に口の端を上げて話し出す。

「こうなっては仕方あるまい。また今度に...」

 そう言いかけたその時、船にカンと木と木同士のぶつかる甲高い音が鳴り響く。何事かと思い、目を向けるとそこには左足の腿から先が義足で補われている、坊主頭の頑固そうな親父がいた。彼は自身の義足を指でツーとなぞりながら話を始める。

「わけぇころはさ、俺にも足があったのよ。...それがどうしてこんな木偶の坊なったか分かるか?」

 桃太郎は嫌な予感がして、生唾をぐっと飲み込む。

「うちの村はみいんな優しかった。うちの村はなあんにもわりいことしてなかった。でも、いま、その村はもうねえ。俺の村はもうねえ。鬼が焼き払っちまったんでえ」

 ああやっぱり、そう思ってから先、桃太郎の耳にはもう波の音しか残らなかった。

「...だから、俺が連れて行ってやる」

 一通り話し終えると、船人は早速、船漕ぎの準備に入った。船人の名は雉三郎と言うらしい。桃太郎を除く三人は鬼ヶ島へ行く準備を各々し終えると、あとは便所に行った桃太郎を待つだけとなった。が、待てど暮らせど桃太郎は来ない。しびれを切らした猿次郎が便所へ向かい、その戸を強く叩いて叫ぶ。

「桃太郎!!もう船出の時間であるぞ!!何をしておる!!」

 すると、返事の代わりと言わんばかりに中から一通の手紙が戸の隙間を通してすっと突き出された。それを読んだ猿次郎はその面を真っ赤にして、全身の毛を立たせながら、それでもぐっと言葉を堪えて、そして戸を透かして桃太郎に睨みをきかすと、ぽつりと

「...恥知らずめ」

 とだけ呟いて、その場を去っていった。


 「私には、鬼退治はできません。えぇ、今更こんなことを言って許されることでないのは重々承知でございます。ですが申し訳ありません、できぬのです。私はもとより、勇者、桃太郎ではございません。たまたま桃から生まれた、未熟な生き物なのです。私はみなさまのように、人に対しての忠義もなければ、有名になって花を咲かすような欲望もなく、鬼に対する人一倍の恨みなどもございません。ただ、命令されたからしていたにすぎぬのです。今携えているこの太刀も一度も抜いていないうちに錆びてしまって、使い物にならんようになってしまいました。私は皆の言う桃太郎という飾りをつけて振る舞っているうちに、調子にのって、ここまで来てしまいました。本当に申し訳ありません。三人のご武運を便所の中から祈っております」

 手紙に蠅が飛びついたのを見て、桃太郎は最後に「便所太郎より」と一筆付け加えた。


 便所の中に長い時間いたおかげで、桃太郎にはもう、糞の臭いもそれほど気にならなくなってきた。外へ出ようと戸を押す。ただ、それだけのことであったが、今の桃太郎には戸が鉛のように重く感じられ、まず、押す気にもなれなかった。戸に手を合わせて、少し押してみる。ぎいと軋む音を聞いて、桃太郎はさっと手を離す。分かっていたことであった。立ち尽くす桃太郎の足元に突然風が吹き込む。と同時に、戸の隙間から白い丸い花びらがいちまい、ひらりと舞い込んだ。その花びらを桃太郎は一度、いや、何度も目にしたことがあった。なぜならそれは、桃太郎を産んだ木の花びらであるのだから。桃太郎はその花びらを手で拾いあげると、その花びらを目で焼くつもりで力を込めて睨みつけた。そうすると、桃太郎はまた、思う。お前さえいなければ。お前さえ死ねば。目が乾いて潤み出す。お前さえ。お前さえ。桃太郎はその時、今までに至る全てのことを走馬灯のように思い出していた。初めて桃の木を見た時。初めて父親に武道を教わった時。初めて剣を握った時。初めて負けを知った時。初めてからかわれた時。初めて母親に怒られた時。初めて鬼退治に行った時。そして、帰るたび、何度も何度も落胆された時。一つ一つの思い出が桃太郎の中で泡のように浮かんでは消えていった。桃太郎はしばらくそのまま花びらを見つめていたが、突然、そうか!!と叫ぶと、束の間の静寂の後、持っていた全てのきびだんごを乱暴に地面へ捨て、代わりに小袋の中にその花びらを丁寧に入れ込んだ。そうして、その花びらの入った小袋を軽く撫でると

「お母さん、鬼退治へ行って参ります」

 と言い、勢いそのままに便所を飛び出して行った。


 鬼ヶ島へ向かう途中、桃太郎の顔に迷いはなかった。どころか、長年の謎が解けたようなすっきりとした様子でいつもよりも何倍も溌剌としていた。鬼ヶ島に着くと、桃太郎は真っ先に、すでに向かっていた三人に会いに行った。三人は桃太郎の姿を見つけると、一瞬むっとした顔をするが、桃太郎が頭を下げようと片膝を着いた瞬間、猿次郎が桃太郎の肩に手を置いて、何も言わず、微笑んだ。他の二人も桃太郎のことを責め立てる様子はないようで、猿次郎と同じく、ただ、微笑んでいるだけであった。そして、桃太郎が立ち上がり、目に大粒の涙を浮かべると、戌田が桃太郎の手を強く握り締め、その目をじっと見つめる。

「あなたならきっともどってくるとそう信じておりました。皆、あなたが来るのを心待ちにしておったのです。あとは、あなたが鬼を討伐して、この鬼退治は終わりです。ご武運を。」

 戌田はそう言い終わると、握っていた手を緩め、鬼の待つ縄張りへと、桃太郎を送りだした。


 そうして、桃太郎はついに、鬼の住処の目の前までたどり着くと、腰にかけた太刀を思いっきり引っ張った。抜けぬ、抜けぬと言っていた太刀がするりと抜けて、驚いた桃太郎は思わず、肩が抜けかける。錆びついていたと思われていた太刀は、初めて父から貰ったその時の輝きを未だ失っておらず、刃に反射する光は今の桃太郎に心地よい、興奮をも覚えさせた。

鬼の住処は粗末な掘立て小屋で、その中では二匹の鬼どもが猛々しい様子で何かを話し込んでいるようであった。桃太郎は草を踏むのにも用心しながら、恐る恐る戸を開け、一匹の鬼の背後へと忍び寄ると、息を殺し、その鬼が一匹になる時を伺っていた。そうして、もう一匹の鬼が何の用事か、竹籠を背負って、鎌を携え、小屋をでて行ったのを見計らって、桃太郎は鬼の背中を上から下まで叩き切ってやった。言葉とならぬ大きな鳴き声をあげると、鬼は床を這いずり回りながら、必死に小屋の外へと逃げようとする。桃太郎は次に息の根を止めるつもりで頭上から脳天目掛けて太刀を思いっきり振りかぶる。すると鬼は先ほどよりも大きな鳴き声で喚き、小指をも動かせなくなると、やっと息が止まった。桃太郎は鬼の身体からとくとくと、どす黒い血が流れるのを見て、ただ茫然と立ち尽くしていた。


 先ほど小屋を出た鬼は小屋の周りの鴉が一斉に飛び回るのを見て、何か不吉なものを感じとり、早急に小屋へと踵を返す。小屋の中はいつも通り仄暗いのであるが、その日はそれが色でなく、何か、異様な雰囲気として鬼には感じられた。中へ入ると生魚のような香りが鼻をつく。一瞬、不味い予感が頭をよぎるが、見て見ぬふりをし、今日の晩ご飯は刺身であるのかと自分を落ち着かせ、茶の間の襖をそおっと開ける。ああ、なるほど。思いつく限りで、一番最悪の状況であった。妻は血を流して倒れ、その前には見覚えのある男が立っているではないか。「日本一」と書かれた旗を背負った、朱色の太刀を携えた男。自分の書いてやった旗であった。自分の与えてやった太刀であった。自分の育ててやった息子であった。鬼、もとい桃太郎の父は力なく膝から崩れると口を開けたまま、ただ一点を見つめていた。桃太郎は後ろに鬼がいることに気がつくと、小袋を取り出して、その袋の中へ囁く。

「母さん、もう、安心してね。あなたを殺そうとした鬼たちを今、殺すからね」

 そう言うと、桃太郎は力一杯に太刀を振りかぶる。が、その瞬間、隙をついた桃太郎の父が桃太郎の手に持っていた小袋を奪い取る。桃太郎が小袋へと囁くのを見て、この小袋には何か、息子を狂わせた何かがあると確信して、その中身を知ってから死んでやろうと思ったのだ。そうして、桃太郎が動揺している隙に父が小袋の中身を取り出すと、なんてことはない、たった一枚の梅の花びらであったのだ。父は数秒、その花びらを見つめると、唇を震わせながら桃太郎に聞く。

「これが、お前を狂わせたのか?こんな花びら一枚で俺の妻は死んだのか?」

桃太郎は話も聞かず、太刀を頭上まで振りかぶると、そのまま首筋を一思いに断ち切った。鬼は目を開けたまま倒れ、その目には少し膿が溜まっていたようにも見えた。桃太郎は二匹の鬼を退治し、ふと、我に返ると、おお、いけない、いけない、勇者、梅太郎が鬼を退治したというのにこんな血まみれの格好では皆に示しがつかんではないか、と思い、まだ一度も着たことがないであろう皺のない、わざとらしいほどの白色の袴に着替えると、そのまま桃太郎を産んだ、桃の木へと足を運んだ。


 桃太郎は木の前まで着くと、その根に刺された立札をぐいぐいと引っ張って抜こうとする。が、地下深くまで刺さっていたのか、これには思いの外、力が必要で必死になっているうちに周りには桃太郎を囲うように野次馬ができていた。その野次馬の中の誰かがぼそりと呟く。

「今更、気付いてんのよ」

 さらに、また誰かも

「そりゃあ、恥ずかしくてしょうがないわよ」

 桃太郎にはこれが何を揶揄していたのか、はっきりと分かっていた。桃太郎の生まれたとされるこの木には根に滲んだ字で桃の木と書かれた立札が刺されているのだが、実はこの木、桃の木ではなかったのだ。この木は実際には梅の木であって、村の皆がそれを知っていて、桃太郎にわざわざ伝えないで、からかっていたこと、桃太郎はようやく、それに気付いたのだ。そうこうしていると、野次馬の中の一人の男が意地悪そうな上目遣いで桃太郎に聞く。

「桃太郎さん。どうして、その立札を抜いてるの?あなたは桃から生まれた桃太郎なんだ、抜く必要なんてないじゃない。」

 一部の人間はもう笑いを堪えるのに必死な様子で、これを聞いていた。すると、桃太郎は、一度も出したことがないほどの大きな声で、怒鳴るようにして、その男に答えた。

「私はもう、全て分かっているぞ!!貴様らが俺をコケにしてからかっていたのも、どうして、こんなことを聞くのか、その意図も!!第一、この木は梅の木であるのだから、私の名は桃太郎でない!!梅太郎だ!!」

 そう言い終えると、束の間の静寂の後、野次馬全員がどっと噴き出す。

「....何が面白い!?」

 一通り笑い終えると、先ほどの男が桃太郎の耳元にすっと囁く。

「お前は、梅からも産まれちゃいないよ」

 動揺する桃太郎を見て、野次馬たちはまた笑い合う。そうして、男は全てを白状するように大きな声で桃太郎に言うのであった。

「桃とか、梅から人が生まれると本気で思ってらっしゃるの?そんなわけがないだろ歌。お前は人から生まれた、ただの人。言うなれば、人太郎だよ!」

 さっきよりも一層、野次馬どもが湧き上がるが、今の桃太郎にとってはそんなことはどうでもよかった。

「そんなはずはない!!ただの人間じゃないという証拠だってあるぞ!!この太刀。この太刀は鬼の血の付いた太刀だ!!」

 そう言って、太刀を引き抜こうとしたが、血を帯び、刃が腐ってしまったのか、なかなか引き抜くことができない。その姿を見て、観衆は大いに盛り上がる。そのうちに桃太郎はだんだんと顔を赤くして、目には大きな涙を浮かべ始めた。

「泣き虫桃太郎だ!泣き虫桃太郎!それ、泣き虫!!泣き虫!!」

この男を先頭に、野次馬全員が桃太郎に音頭を始める。そして、ついに桃太郎はその場の空気に耐えられなくなり、下を向いたまま、家へと走り帰った。家へ着くと、これでは、いつもの鬼退治と一緒ではないか、と桃太郎は悔し涙を流す。鼻を啜りながら、家の戸を開けると、家には人気がなく、母の声も父の声も聞こえなかった。なにやら、酢い香りが漂う中、茶の間の襖の前まで行くと、桃太郎は嫌なことを思い出す。そして、一目散に外へ出ると、蔵に籠った。桃太郎はその蔵の中で昔を思い出していた。よく、母に叱られると、この蔵に入れられたのだ。母が怒る理由は大概、桃太郎の不甲斐なさが原因であった。そうして、蔵の中のぼんやりとした黒色に桃太郎は心を落ち着かせていると、なぜか机の上にある、きりの箱に目を奪われた。なんの変哲もない、ただのきりの箱であるのだが、その時の桃太郎にはこのきりの箱が、蜘蛛の巣が至る所で張り巡らされている蔵には似合わぬほど妙に丁寧に保管されているのが奇妙に感じられたのだ。そうして、きりの箱を見ると、その上には何やら紙が貼ってあって、滲んだ文字で桃太郎の生年月日が書かれている。この時点で辞めておくべきであった。確かに大きな黒いなにかを感じたのであったが、もう、桃太郎には遅すぎた。入っていたのはしわくちゃの茶色いミミズのようなもの。これが自身の臍の緒だと気付いた時、桃太郎は、いや、やめておく。


この桃の木、やっと実をつけたものの、こんどは高くて、下衆どもには手が届かない。それで、しょうがないからといって、実が落ちてくんのをまってたら、もうその実の果皮はズルズルにめくれて、茶色に色を変えているではないか。それでも下衆ども食べれるとこだけでもと、実を削って削って、ほとんど種のような部分を頬張る。これが、彼らにとっては幸せなことなのである。梅と知っても、その頬を決してすぼませないことこそ幸せなのである。

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曲解『桃太郎』 高木三希 @TakagiMiki

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