第17話 美久と順子

 節子と佳子が順子を睨む。「この野郎、いけしゃあしゃあと。このくそったれ。智子をよくも・・・」と節子が言いかけるが、美久が止めた。「鑑別で乱暴な口をきくんじゃないよ、節子。おとなしくしな。順子、まあよかったと私は思ってる。私はおまえを信じていたからね」


「美久ネエさん、お涙頂戴ですか?止めてくれよ」

「なんでもいいな。おまえは、順子、聞く耳を持たないかもしれないけど、私はおまえを信じていたんだ。おまえはそんなに悪い子じゃなかった。昔はわたしら仲良かったじゃないか。私はずっとおまえを信じる、信じている。刑がどうなるかはわからない。でも、どうなってもちゃんとお勤めを果たして、出てくるんだ。そうして、私ともっとお話するんだ。これでおしまいじゃない。これからも人生は続くんだ、順子」


「ケッ、綺麗事を。まあ、私の身から出たサビだかんな」

「順子、思い出してよ。おまえが万引の犯人に仕立て上げられそうになった時だって、私はおまえを助けたよ。まあ、いいよ。恩になんかきせないよ。じゃあな・・・」こういって、美久は立ち上がる素振りを見せた。


 しばらく下を向いていた順子が「美久ネエさん・・・」と言った。

「なんだい?」

「あ、ありがとうございます、ありがとうございます・・・ゴメンナサイ」と言って泣き出した。節子も佳子も驚く。あの凶悪な順子が泣くのか?


 美久も涙目になって「泣くな、順子。また面会に来るよ。また来る。じゃあな、楓さん、節子、佳子、帰ろう。もっといると私泣いちゃうよ。警察のみなさん、ありがとうございました」とお辞儀した。振り返らずに接見室を出てしまう。楓と節子と佳子が後を追う。警官が鑑別所員に敬礼をして接見室を出た。順子が美久の後ろ姿に「美久ネエさん、また」と語りかけた。

 

 帰り道で節子がボソッ「ネエさんも人がいいや。順子も鑑別所の職員の心象をよくしたろうね。あの順子がそうそう泣くかい」と言うと、美久が「節子、おだまり。それならそうでいいじゃないか。わたしは相手がどうこうじゃない。自分の信じていることが正しいと思っているだけさ。順子も変わるよ。出てきたら、オマエラはどうでも、私は受け入れてやる」と言った。

 

(美久さん、こういう場面では人格変わって迫力あるじゃん?私の将来の義理のお姉さまは面白い人だこと)と楓は思った。


 紗栄子は、数日の間危なかったが、手術が成功して、持ち直した。回復してきて、ICUを出て一般病棟に移った。面会できる状態になった。早速、節子と佳子がやってきた。


 病室に着くとちょうど刑事が出てくるところだった。例のお巡りさんも一緒だ。


「お巡りさん、事情聴取ですか?」と節子が聞くと、「節子と佳子か。おはよう。今日はね、あの順子のマンションを出てから彼女が暴行を受けるまでの間、何が起こったのか、兵藤楓さんの音声記憶もあるんだが、紗栄子から直接事情を聞いたんだ。これでハッキリしたよ。小川康夫と他の連中も相応の罪に問える」


「ふ~ん、後藤順子はどうなります?」と節子。

「なんとも言えないがね。他の罪状はあるが、今回の紗栄子と智子と女子大生の件に関しては、康夫たちを阻止しようとして紗栄子と一緒に尽力したのは明白になったよ。美久の妹分だったし、悪い子じゃないって思ってたがなあ。どこかで道を踏み外したんだろう。人間、運ってことだな。それにしても・・・」とお巡りさんは上から下まで節子と佳子をジロジロみて、「節子と佳子、和服とアメカジか?北千住じゃコスプレが流行っているのか?ヤンキーが和服とアメカジに化けて、世も末なのか、いいことなのか。やれやれ。まあ、キミらもご苦労さんでした」と敬礼をして行ってしまった。


「みんな、私らのこと、コスプレとか七五三とか言っちゃって、失礼しちゃうわ」と佳子が言った。

 

 病室に入ると、紗栄子が半身を起こしてお菓子を食っている。不二家 の贅沢グミ。


 節子が「おいおい、紗栄子、それ、覚醒剤入ってないよな?」と言うと「馬鹿言っちゃあいけない。病院の売店でクスリ入りのグミなんて売ってねえよ」という。

 

「元気そうじゃねえか?」と佳子が背中に当てた枕を直してやる。「もう、あちこち痛えや。歯もガタガタだよ。グミくらいしか食えねえよ。あんたらもご活躍だったみたいだな?お巡りに聞いたよ。八人に対して七人だって?」と紗栄子。

「いや、八人だよ。順子が加勢したからな」と節子。

「ああ、順子ネエさんが加勢してくれたのか。やっぱりな。順子ネエさんも昔に戻れればいいんだ」


「だけど、紗栄子、順子は、智子や他の女の子に恭子を使って、クスリでおとして、売りやらせてたんだぜ」と佳子。

「ああ、それはそうだ。だがね、同情の余地もあるよ。美久ネエさんのキラキラで頭がぶっ飛んじまったんだな。私らと真反対の方向にぶっ飛んじまったんだよ」と紗栄子。

「なんだい?キラキラとか、ぶっ飛ぶとか?」と節子が聞くと、紗栄子は順子を探してからのことを一部始終、節子と佳子に説明しだした。


 しばらく経ったある日の土曜日。タケシと美久は東京メトロに乗っていた。タケシの神泉の家に向かっている。またまた、ドアの横で美久がタケシの服の袖を引っ張っている。


「タケシさん、私の格好、大丈夫かなあ?この格好でいい?」

「もちろん、大丈夫だよ。フォーマルすぎず、カジュアルすぎず」

「タケシさんのご両親は私のことどう思うかな。元ヤンだとか、印象悪いよね?」

「カエデがうまく説明してくれてるさ。心配しないで、美久」

「心配だよう。彼氏さんの実家に挨拶なんて、生まれて初めてだもん。ドキドキしてきた」

「え、どれどれ?」とぼくは美久の胸を触る。

「タ、タケシさん、最近、遠慮なくなってきてない?」

「カエデと美久の約束はあるけど、ぼくが美久にこれしちゃだめだ、と約束したことはありません。彼氏が彼女の胸を触ってなにが悪い?」

「いや、そのね、電車の中だよ」

「あれ?美久さん?電車の中じゃなかったらいいんですか?」

「そういう話じゃない!」と腕をバンバンぶたれる。


 神泉の家。ドアフォンを鳴らす。玄関には楓と両親が迎えに出てきた。「美久さん、いらっしゃいませ」と楓の母が言う。

「まま、入って入って。美久さん、上がって下さい」とタケシの父が言う。


 五人でリビングのソファーに座った。正面にはタケシの父と母。対面で美久を真ん中にタケシと楓。


 美久がおどおどとタケシの両親にお辞儀をする。「田中美久と申します。タケシさんとお付き合いをさせていただいています。よろしくお願いいたします」両親も「こちらこそ、よろしく」と言う。


 楓が美久の肩を抱えて「じゃあ、私も紹介するね。こちらは田中美久さん。パパ、ママ、私の将来の義理のお姉さまになる人だよ」と言った。

「カ、カエデ、当事者の兄を差し置いて。お父さん、お母さん、ぼくは美久さんと結婚を前提にお付き合いしたと思います。お許しをお願いいたします」とタケシは言った。


 タケシの父が「去年、再婚したと思ったら、もう、新しい家族ができる。こんなうれしいことはありません。美久さん、こちらこそよろしく」と言った。美久はもう涙目。

 

「お姉さま、すぐ泣くんだから。これで、元ヤンの元総長だからねぇ~」と楓。

「か、楓さん、その話は・・・」と美久が言うと、タケシの母が「楓から聞いていますよ、美久さん。この家の将来のお嫁さんは、元ヤンの元総長で、お茶の水女子大の理学部在学で、楓の先輩になるかもしれないのね。面白いわ。人間の肩書なんて関係ないもの。タケシくんはどうでも、この気難しい楓が『お姉さま』なんて呼ぶ人なんだから、大丈夫。美久さん、もう、籍入れちゃって、うちにくれば?」とぼくと美久がのけぞるようなことを言う。


「お母さん、気が早い!」とタケシ。

「ママ、それは止めて!今、この二人にこの家でベタベタされたら、私は欲求不満で死んじゃうよ。お兄が私の相手を見つけてくれて、決まったら、そうして!」


「お父様、お母様、楓さん、ありがとうございます」と美久はハンカチを取り出しておんおん泣いている。楓は美久の肩を抱きしめている。


 タケシの父が「こりゃあ、お祝いしないとな。寿司でも取ろう。鰻でもいいかな?そうそう、バランタインの30年、開けちゃおう!」と言った。


 美久とタケシが声を揃えて「バランタインの30年はおやめ下さい!」と言った。


 小さな声で楓が「じゃあ、『神泉いちのや』の上うな重、夜露死苦。追加で肝焼きと骨せんべいも」と言った。



※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

※高校生の飲酒喫煙シーンが書かれてあります。

※性描写を含みます。



To be contined;

⚪️北千住物語 Ⅲ、紗栄子編(物語シリーズ①)、未公開

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